「ひ、姫…っ」
「なぁに?」
「な、なぁにでは、なく」
「ん?」
俺の足に手をついたままこちらを真っ直ぐ見上げてくる黒い瞳。
「ひ、姫っ!」
「だからなぁに?」
そのように首を傾げてみせる姫はかわいいが、しかし、困る。
ああ、とてつもなく困るのだ。
「姫…とても、ち、近いです」
「カクさん困ってる?」
「困ってる訳では、」
「嘘、だってここに皺よってるもん」
ふふっ、と笑いながら姫の指先が俺の眉間をそっと撫でていく。
その不意打ちにびくりと肩が揺れ、更に眉間の皺が深くなったのを自覚した。
息を吐き出して深呼吸ひとつ。
そうして触れられたままの小さな手を取る。
「姫…」
「なに?カクさん」
触れるだけ、呼ぶだけ、それだけのことにも姫は嬉しそうに笑うだけ。
それに困ったように笑い返すだけで精一杯だ。
「あまり、かわいい顔を向けないでください」
そう言って、額を重ねる。
「ごめんなさーい」
目の前の大きな瞳が悪戯に成功した子供のようにうれしそうな色を滲ませる。
…まったく、困ったものだ。
こうして振り回されることさえうれしいだなんて。