山本武 短編 | ナノ

  休日の過ごし方


玄関先のベルを鳴らして、待つこと数十秒。扉の向こうから慌てる様子のない足音が聞こえ、ノブが回されるとそこには今起きたばかりですと言わんばかりに眠そうに目を細める彼女の姿があった。
見つめ合って五秒ほどして、薄く開いた目を瞬きさせて漸く口が開く。

「………、おはようございます」
「ん。おはよ」

まるで誰が来たのか分かっていたかのような、無防備な様だ(しかも四字熟語森羅万象Tシャツ姿)。この様子じゃ、仕事持って帰ってたのかな。
真守さんは何故俺がここに居るのか理解がおっつかないようで、

「……、何故あなたがここに?」
「仕事早めに終わって、今日は特別やることもないから引き上げていいってツナが。あと……はい、前に真守さんが気にしてた茶葉も持ってきたよ」
「……、どうぞ」

お邪魔します、と彼女の許可を経て家に上がる。彼女も一応日本人なのでイタリアの地と言えど家へは靴を脱いで上がるのがルールだ。
玄関を歩いて正面にオープンキッチンのリビング、右手には書斎と畳部屋。和洋折衷、といったところだ。
テーブルにお土産を置いて彼女をみると、ふわりと欠伸をしていた。

「真守さん、ねみぃなら寝直してきてもいいぜ。急に押し掛けて悪かったな」
「何を今更言ってるんですか。最早暇があればここに来るのなんていつものことでしょう」
「そりゃそうだけどさ。迷惑じゃねーかなあって俺なりに心配したんだけど」
「それは自分の心配であって私に対してではないのでは?」
「はは、手厳しいのな」
「そもそも、迷惑であったなら迎えるどころか扉だって開けませんよ」

そう言えばそうか。なるほど。

「なんであれ、寝てたとこ起こしちまったわけだし。寝てこいよ」
「だめですよ…、例えあなたでもお客さんが来てるのに寝てるなんて出来ません。どちらにしろ、目は覚めてきましたし大丈夫です」
「そう?んじゃ、起き抜けのお茶でも用意すっか?」
「私がやるのでお構い無く、客人は座っていてください」

少し髪を整えてきます、と彼女はリビングから離れていった。
座ってなさいって言われたが……、ただ座ってるだけってのもな。お湯ぐらい沸かしておくか。リビングでも仕事をしてるのか、テーブルに書類が何枚かあるが触らない方がいいだろう。
キッチンに立ってやかんをセットして火をつける。キッチン周りは割りと片付いてるというか、流しにお茶碗とお箸のワンセットしかない。またお茶漬けか卵かけご飯だけだったのかな。休みのときでもきっちりしてるように見えて、割りと色んな機能がオフになっちゃうんだよなあ。
彼女が離席して数分後、少し髪を整えたようで跳ねの少ない頭で戻ってきたら不機嫌な声で、

「……座っててって言ったでしょう」
「そうだけど……、キッチンとか弄られるの嫌いな人?」
「礼儀の話です。お客さんにお茶の準備させるなんてマナー違反ですから」
「眠そうだったからさー、火傷しちゃうと大変だろ?」
「……そこまで抜けてはいません」

ほらソファに居なさいな、とキッチンから出されてしまった。
仕方ないとソファに座って、リモコンを弄る。適当な番組を付ければ、何やら日本人が外国の現地人に駄菓子を振る舞って感想を聞いていた。

「なあ、あんたちゃんとご飯食べてるのか?」
「概ね食べてますよ、大半は外ですがね。気分転換に外で仕事することが多くて」
「食べてるならいいけどさ。流しに食器少ないのが気になって」
「お母さんみたいな目線で見るのはよしてほしいところですが、お気遣いありがとうございます」

キッチンから出てきた彼女の手にはお盆、その上には魚の名前(全て漢字)がびっしり彫られた俺用の湯飲みが出てきた。寿司屋の倅なんだからこういうのがいいのでは?と陶器店に行った際彼女が選んだ湯飲みだ。なんというか、服といい湯飲みといい、ギャップだよなー。
ローテーブルにお盆を置いて、湯飲みを手渡される。

「あなたこそ、人のこと言えるんですか。お寿司ばっかりじゃないでしょうね」
「流石に寿司ばっかりじゃねーよ。海鮮丼にしたり刺し身にしたり工夫してるんだぜ」
「全部生魚じゃないですか」
「お茶漬けにひと切れ乗せると旨いんだぜ!」
「美味しそうですが魚から離れてください」

やれやれ、とため息を付かれたがお互い様だと俺は思う。
お茶をすすりながら、一緒に出されたチーズを摘まむ。ひと息ついたところで、そうだと彼女は言い出した。

「前に言ってた映画でも観ますか?」
「おう、観る観る」

そう言って俺が観たいと言っていた映画を一緒に鑑賞することにした。




「っ?!……………………、」
「……………、」
「……………、」
「……………、」
「………ぅ、っ!……」
「…………、真守さんって仕事が仕事だしホラーとか平気そうだけど、意外とそうじゃねーんだな」

ギクリ、と彼女の体が固まった気がした。

「……誤解を招かぬよう弁明しますが」
「うん?」
「物理的に蹴れない殴れない斬れないものは現実では起こり得ませんそもそも現場と映画とじゃ設定も演出も相手も違うんですから心構えから違って当然でしょう逆にホラー映画は怖がらせることに特化してるわけでホラーから怖さや驚きを取ってしまったら真っ昼間から肝試しをするようなものです炭酸の抜けたコーラなのです因って驚いたりするのはこの映画が良作であることの証明になり私は正しい反応をしているまでで決してビビっているわけでは」
「あー分かった分かった、悪かったって。続きみよーぜ」
「………………………………、」

都合が悪くなっても顔や動きには出ないんだけど、分かりやすいよなあ。こういう人には、思いっきり驚かせてやりたいという悪戯心が働くと思う。俺もそうだ。それは人間の性のようなものだと考えている。
しかし、彼女に限っては絶対にやらないと決めている。別に可哀想だからとかというわけではない。前に一度やってみたら、ほぼ反射的に固く握られた拳が鳩尾にめり込んで三十分ぐらい動けなくなった事案があるからだ。あれは出来れば二度と受けたくないぐらいに痛かった。次やったら握り潰してやると目で宣言されてはやる気も失せるというものだ。
その後、驚かせたい気持ちを抑えぎりぎりと手の甲を摘ままれて涙ぐみながら映画を最後まで観た。

それから積んでいた二本目が終わる頃には、真守さんは転た寝をし始めていた。

「…………………、」
「………、っ、ぅあ。いえ、寝てません」
「まだ何も言ってねーけど」

何とか起きていようとするが、意識の方はドロップアウトしたいようで船を漕いでいる。睡魔に敗北しかけている様子。しかし頭が重力に沿って垂らしていると寝にくいのか、ソファの背もたれに変更する。

「真守さん、頭乗せるならこっち」
「ん…………、」

手招きすると重い瞼を持ち上げてこちらを見る。非常にのっそりした動きでぴったり隣にくっついて俺の肩に頭を預けた。頭の位置が決まらないのか、ぐりぐりすりすりとすり寄ってくる。うん、可愛い。普段の姿が姿だから、こういう時の仕草に結構『クる』ものがあるっていうのはきっと分かってもらえると思う。
画面の中でドンパチしてる人たちにはちょっとご退場願って、ボリュームを下げた。暫くすれば身動きもなくなり聞こえるのは映像内で喋る声と小さな寝息だけとなった。

「……………、」

こういうタイプって、敏感に起きるもんだと思うけど機能がオフになってるときはちょっとしたことじゃまず起きない。意外と爆睡型だからなあこの人。まあ、この人の前なら気張らなくても大丈夫って思ってくれてるから出来ることなんだよな。すげー嬉しいから文句はねーけど。つんつんと柔い唇をつつくと、もにょもにょと口を動かした。ははっ、可愛い可愛い。
映画はいつの間にか終盤に差し掛かっていて、ヒーローとヒロインが夕焼けをバックに見詰め合っていた。

「ああ、何か俺まで眠くなってきたな…」

欠伸が漏れる。俺も寝ようかな、良い塩梅に眠気がきた。
休みの日はバイクでツーリングとか、ショッピングとかに付き合ったり付き合ってもらったりしてそれはそれで楽しいし好きだ。でもこういう、家で映画みてお菓子を摘まんで昼寝してって時間も結構好きだ。用事とか入れなくても普段の生活と変わらない時間を一緒に過ごせるってのがミソ。この世界に居るからそこ、この在り来たりな風景が大事なんだから。

「おやすみ、真守さん」

絡めた指に力が込められたのを感じながら、意識を静かに落としていった。

そんな、休日のひととき。



(2018.5.30)

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