Please not calling me
「真守さんが電話に出てくれない?」
イタリアの某所、秘密基地のようにな地下で経営してるお店のカウンターで聞き返す。
隣でショットグラスを揺らして、お酒に顔を赤くした同級生は長いため息をついた。
「そうなんだよ…、仕事のときとか長期任務のときとかに必要以上に連絡しないでくれって。何でなんだろーなぁ」
「鬱陶しいからじゃねーの?しつこいヤツは嫌われるからなぁ」
「ちょ、ちょっと獄寺くん!」
「そんな頻繁になんてしてねーよ、精々夜にちょっと話する程度。でも仕事以外の話をしようとするとすぐ切られちまうんだよ…」
「仕事に集中したいからとかじゃないのかな?真守さん真面目だし」
「でもさ、長期任務の時とか会えないわけだろ?飛んでいける場所ならまだしも遠くちゃそれも出来ないし。せめて声ぐらい聴きたいじゃん。でもダメだって………、真守さん俺のこと気にしてねーのかなぁ…」
「あの女なら寂しいとかなさそうだけどな」
「なーツナ、どう思う?!」
「え、えーっと……」
うるせぇ十代目に絡むんじゃねぇと右から、なあなあツナと左から。挟まれた俺は一体どうすれば。
「と、とりあえず獄寺くんは落ち着いて。山本は真守さんに何でか理由聞いてみたら?そしたら何か解決策見つかるかも」
「聞いたけど教えてくんなかった。どうしてもですって。あーもーどうすりゃいいんだよーっ!」
「乙女心は複雑ですからな…。あまり執拗に聞くと遠退かれる。かといって引いていては何も分からぬ…」
「マスター……、分かってくれるのか!」
「ええ、わたくしも経験がございますので」
「てめぇ独身じゃなかったのかよ」
「未婚であることと経験がないことは決してイコールでは御座いません故」
現在彼女には支部でいざこざが起きているため国外に出向いてもらっている。直ぐに此方に戻ってくることは難しいだろう。その状態での私用の連絡は断られるのも確かに無理はないかもしれない。
でも毎回…、うーん。
「あの人大人だからなぁ…」
「俺だって大人だぜ?」
「俺たちよりもってことだよ。歳上だし山本に甘えるのは気が引けるのかもしれないね。自分がリードしなきゃ、みたいな」
「やっぱ、仕事の時間割いてまで連絡したくねーんじゃねぇの?もしくは、その時間をも睡眠時間に宛てたいとかな。体がついてこねーとか」
「否定できねぇ…。72時間ぐらい余裕で寝れるって言ったことあったし。確かに、大変な思いしてんのに俺の都合で連絡したいっていうのは迷惑なのかもしれねーな…」
お付き合い、というより仕事上のパートナーとしての関係の方が色濃い気がする。彼女自身、あまりそういう雰囲気を出さないし。山本は割りとワンコ系で付いていくタイプだけど、真守さんは猫系でさっぱりしてるタイプなんだよなぁ。山本を待てハウスさせてることが多そう。実際のところどうなのかは分からないけど。
迷惑かもいやでもなあうーんうーんと悩む山本がちょっと不憫な気もする。真守さんのこと本気で気にしてるんだもんな。
よぉし。
「じゃ、じゃあこういうのはどうかな」
「………?」
あれから数日後。
休憩がてらツナところに顔を出しに行ったら、丁度ツナたちも仕事が一段落したところだったようで珈琲を嗜んでいた。俺も、と言ったらお前にくれてやる珈琲なんてねぇと獄寺に断られちまったが、アシスタントの子が淹れてくれた。優しいのな。
珈琲の香りを楽しみつつ雑談してると、ツナがそう言えばと切り出す。
「最近どう?」
「あー……、うん、相変わらず全敗」
「そ、そっか……」
「だからしつこく行くと鬱陶しがられるんだよ、たとえ夜少しの時間でもな。そもそも声なんて聞かなくてもあいつぐらいになりゃやってけるんじゃねぇの」
「ちょっと獄寺くん!」
「そういうもんかなぁ…」
と、その時デスクにある端末が震えた。ツナのだ、誰だろう。ちょっとごめんねとツナが端末を手にして受話すると、どうやら相手は真守さんのようだ。そうか、丁度定時連絡なのか。相変わらずきっちりしてる。電話の声は聞こえないが、話の内容としては事態は収拾つきそうで二、三日後には戻れるという旨のようだ。
「うん、うん。わかった、もしまた何かあれば連絡して」
「あ、ツナ。切るのちょっとタン」
マ、と言い終わる前にしーっ、と人差し指を顔の前に立ててジェスチャーをされる。
ずりぃなあ、俺は真守さんと話せねぇのにツナは話せるなんて。いや、話しはしてる。してるけど、仕事の塩梅とか状況報告とか業務的なものしかない。まあツナに対してもそうなのかもしれないけど。
でも、腐っても俺らは男女のパートナーだ。彼女の方が歳上だし仕事に関しては色々リードされてるけど、それでもパートナーだ。こうして離れていたら心配だし、寂しいとか普通に思う。直ぐに会いに行けない人のための、相手と繋がる手段を使いたいと思うのも、考えとしては間違ってないと思う。
だけど、
「(それを、一方的に理由もなく拒否られるのはなんか……なぁ)」
もしかしたら、彼女にとって俺はそんなに大した存在じゃないって思われてるのかなって、子供のように女々しくも思ってしまう。
あーもー、女かよ俺。
『それでは失礼致します』
「あ、真守さん。ちょっと待って、少し聞きたいことがあるんだけど」
『……はい、どこかご不明な点でも御座いましたか?』
「ああ、えーっと……大したことじゃないんだけど…。山本、真守さんの声聴きたがってるよ。少しぐらい話してあげたら?」
『……そのことですか。彼に何か吹き込まれたのですか?それともあなた様の気遣いでしょうか』
「(うっ、鋭い。彼女千里眼でも持ってるんじゃなかろうか)山本がぼやいてたからちょっと気になって」
『……、大変プライベートなことですので、興味本意で尋ねられているならあまり踏み込まないで頂けると助かるのですが』
「う、うん。それはごめん。でも真守さんのことすごく心配してるし、そういう意味でもしてあげてもいいんじゃないかな…?」
『それはできません。仕事中ですから』
「そうかもしれないけど…、ずっと仕事してるわけじゃないでしょ?それに、何だか誤解を招いてそうな感じもしたから」
『……………………、』
流石ツナ…、俺の心境を悟ってる。いや、別に誤解してるとか不満だとかそういうわけじゃないし真守さんのことは信じてるんだけど、ちょっと不安になっただけっつーかなんつーか。………うーん、俺もまだまだ子供ってことか…。
電話相手の返事は聞こえないが、ツナがうまく話を進めてくれてるようで少しドキドキする。
『彼はそちらに?』
「いや、居ないよ。今仕事に出てるから」
ちらりと俺に視線を送られたが勘の鋭い彼女のことだ、ここでひとコンマでも間を空けたり動揺したら怪しまれると思ってのことだろう。相手が暫し無言なのか、ツナがこちらに端末を差し出した。代われと言うことか。今代わって大丈夫だろうか。少し不安がありつつも、ツナがせっかく作ってくれた機会だ。彼女の真意を知るためにも、ここは俺が出なければ。
ツナから端末を受け取り、耳に宛てる。
『……彼には、内密にお願いします』
久しぶりの彼女の声だ。いつものハキハキした様子とは違い、なんだかしどろもどろとしている。姿は見えなくても、視線を泳がせて言い淀む様は容易に想像できる。
『彼と必要以上に連絡を取らないのは、仕事に集中したいというのが本音です。ボンゴレの看板を背負い出ているのですから、粗相はできません。個人的な用事に割く時間すら惜しく、そこに時間を割くなら睡眠か仕事に宛てる方が現実的なのが実情でして』
そう、だよな。遊んでる訳じゃねーんだし、やること山積みなんだから雑談する余裕なんてないよな。相手は俺より自分を律することができる大人、恋人にうつつを抜かすようなことはしない。
分かってたにしても、やっぱり期待してたところもあってちょっとショックなのが正直なところだ。もしかしたら仕事だけが理由じゃなくて、なんて。そう甘くはないよな。
『………、まあ、これが彼用の理由です』
そうだよな、俺も多少我慢しなきゃいけねぇよな。ポジティブに考えていこう。長く離れている分帰ってきたときの喜びは増えるや一緒に居る時間を大事にしなきゃってより思える。ほんの数十分の間でも、一分一秒無駄にすることなく……、
「(ん?今、俺用の理由って言ったか?)」
はた、と無理やりポジティブシンキングしていたが今の言葉で途切れた。
電話の向こうでは彼女が口籠っている。
『こんなこと、子供じみてて言うのはみっともないと思いますが……仕事中や長期任務で本国を離れたとき、電話で彼の声を聴いてしまうと…その、…………ひどく、寂しくなってしまうので…、』
……………………んんん?
『すぐに会える距離でもありませんし、通話が切れると余計に…。そうなると仕事にあまり身が入らなくなってしまって。彼が連絡を取りたがっていたのは承知しています。余計な誤解を生むことも、不満にも思うことも予想していました。しかしこんな理由を彼に言うこともできず……、彼には申し訳ないですが必要以上の連絡はしないよう釘を刺しているのです』
えっと。えっと。ちょっと待って。これは一体、どう言うことだ?
真守さんは仕事が忙しくて電話には出れないししてくれるなと言っていたけどそれは違くて?俺の声を聞くと寂しくなって仕事が手に付かなくなるから遠慮してた?そう言ったよな?
「(てことは、真守さんも俺と同じ…ってことか?)」
思った途端、陰鬱な気分は吹っ飛んで身体中が熱くなった。
やべぇ、今俺どんな顔してんだろ。勝手に口許が緩む。顔も熱い。安心した以上に違う意味でドキドキしてる。
返答がないことに疑問を持った彼女から訝しげな声色で、
『…………十代目?』
「そ、っか」
『っ、?!な、』
あ、やべ。思わず声が出ちまった。咄嗟に取り繕おうとするが彼女の電話をしない理由が嬉しすぎてツナと代わってる言い訳が浮かんでこない。
「そっかー……。そうだったんだ、真守さん、そう思っててくれてたんだ。へへ、へへへへ」
『は、え?た、武さん?何故あなたが……、はっ!十代目!謀りましたね?!』
話していた相手が当人にすり変わってることに激しく動揺してるようで、電話の向こうであたふたしてる。きっと顔真っ赤にしてるんだろうな、見えなくても瞼の裏で分かる。その様さえ可愛らしくて仕方ない。こんな大人どこ探しても居ない。天然記念物並みじゃねぇか大事にするしかないだろこんなの。ツナにも聞こえたようで、ごめんね真守さん、と苦笑いしてる。
一通り慌てたあと、思いの外深いダメージを負いながら恨めしそうに呟く。
『こんな子供騙しに掛かるなんて…。…くそっ、殺せ………』
「悪い、騙すような真似して。でもツナの言う通り、ちょっと心配だったのは本当でさ。俺より確りしてるし、離れててもやってけちゃうなんだろうなって。子供じみててごめんな」
『………、』
「そういうことなら、あんたの約束守るよ。なんだか待つのも楽しみになりそうだ」
『楽しそうなら何よりですでは私は失礼し』
「あ!ちょっとタンマ!」
切られる前にすかさず止めに入る。向こうからは、ややふてくされたような拗ねたような声が返ってきた。
『………まだなにか』
「あのさ、あんたの約束守るからあんたも俺の約束守ってくれね?」
『……あなたからの約束はないはずですが』
「それを今から取り付けるの」
『……、聞くだけ聞きます』
電話をすることは、今まで通り必要以上にはしない。
その代り、
「これから仕事から戻ってきたら、一番に抱き締めさせて」
『……………………………………………………………………………好きに、してください』
「おうっ!サンキューな!」
非常に長い無言のストロークを経て、溢された返事にまたボルテージが上がる。自分でも分かるぐらい表情筋が仕事してない。このまま溶けちまうんじゃないかって思う位には仕事してない。声がちょっと大きくなったけど許せ。そんくらい俺のテンションはメーターぶっちぎってんだ。
では、十代目にはよ・ろ・し・くお伝えくださいと半ば自棄気味に言って通話は切れた。簡素な終話音を聞いて、こちらも通話終了ボタンを押す。
じっとりした雨模様から一転して花が舞うぐらい晴れやかで幸せな気分に浮かれる俺から、ツナが微笑を交えながら端末を受け取る。
「よかったね、山本」
「ああ。ツナも獄寺もサンキューな!」
「ったく、にやにやにやにやしやがってみっともねえ。気持ちわりぃ」
「へへっ、わりっ。へへへへへへ」
「思ってねーだろこの野郎!!」
「まぁまぁ」
ヘッドロックを掛ける獄寺とへらへらしてる俺と、宥めてるとツナをちょっと遠く眺めてるアシスタントさんは微笑ましそうにしていた。
あー、真守さん早く戻ってこねーかな!
三日後、本部のロビーで約束を果たす山本と真守さんが目撃されたとさ。(ツナの談)
Please not colling me
(あなたが恋しくて堪らないから)
(2018.4.21)
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