スクアーロ 中編 | ナノ

  イタリア旅行記D


それから少し茶色くなったウサギのリンゴを食べて、レモンティーを一緒に飲んでのんびり談笑した。もう目眩も何もなく、完全回復を果たしたが流石にお腹が減った外で食べようと申し入れるが、今日一日大事をとれと一点押しされてしまった。昨日のような襲撃のことも配慮してくれてのことだろうか。彼はダイニングルームでの食事も嫌がったが、ずっと部屋の中では根が生えるというと渋々承諾してくれた。
スクアーロと一緒にダイニングルームへ移動する。
少し早めに来たこともあり、人は疎らだが料理は既に準備万端だった。バイキング形式で様々な種類の料理が顔を揃えて、嗅覚と視覚から楽しませてくれる。
水と食器をテーブルに準備し、トレーを持って早速料理を運ぶ。

「食える分だけにしろよぉ」
「子供じゃないんだからそのくらい分かるわよ」

昼間まで寝ていたこともあり、胃は腹が減ったと文句を言って煩いので、取る量が多くなってしまうのもこれもまた仕方無しだ。
いただきます、と手を合わせて自分でも分かるぐらいうきうきして食事に手をつける。料理美味しい…、べネ。流石豪華ホテル、料理も一流だ、空っぽの胃に染み渡る…。
もくもくと食べてる私とは反対に、スクアーロはこちらをちらと見てしかめっ面をしている。

「……本当に調子は良いのかぁ?」
「心配しすぎると禿げるわよ。食欲が出るのは回復してる証拠なんだから問題ないわ」

…まあ、それだけ大事にしてくれてると思えば悪い気分ではないのだが。しかしこんなに心配するのを誰かが見たら、きっと二度見、いや三度見ぐらいして狼狽することだろう。これがあのボスの右腕、豪快で傲慢なS・スクアーロだと誰が思うか。信じられないかもしれませんが正真正銘本人です。
暫くすると疎らだった人がいつの間にか賑やかになっていた。多くは著名人や政治家、金持ち、奮発して来た一般人だ。ボンゴレのお抱えとはいえ、あくまでそれは裏の顔で表向きは豪華なホテルとして開放しているらしい。
すでに食事を終えたスクアーロが持ってきてくれた珈琲を受け取って、一口含む。

「最終日はどうするの?予定、随分狂ったんじゃない?」
「概ね行く場所は決めてたがそんなに毎分刻みで予定立てたわけじゃねぇからどうってことはねぇ。基本はお前の行きたいところに行く、ってとこだからなぁ」
「完全に私合わせなのね。んー…有名な観光地としたらサン・マルコ寺院、リアルト橋、カナル・グランデ大運河…とかかしら」
「行ったことあるかぁ?」
「あんまり。名所があるのは知ってるけど…」

仕事自体少ないこともそうだが、そもそも観光目的ではないからそういったスポットには足を運んだことはない(通る道でちらりと見たりとかはあるが)。知識として観光名所であることは知っているが、詳しい由来だったり建造物の中身だったりは案外案内もされなかったりする。私自身も知ろうとは思わなかったし、相手からしたら知っていて当然、という扱いなのかもしれない。
いまいちピンとこない私は、逆に話を振ってみる。

「あなたはどうなの?私の行きたいところ以外でないの?」
「…ため息橋」
「ため息橋?」

聞いたことのない名前の橋だ。有名…なんだろうか。

「ゴンドラの定番コースで通るんだが、行くならそこだなぁ」
「じゃあ行こうよ。いつ頃行くの?」
「日没前だ」
「日中じゃなくていいの?」
「日没前じゃねぇとダメだぁ」

ピンポイントにそこなんだ…。限定された時間に見ると何か不思議なことが見られるとか早朝に見れるダイヤモンド富士みたいな、見れたらご利益ある的な開運スポットだったりするのだろうか。如何せん知識がないために首を傾げるばかりだ。
何があるの?それは行ってからのお楽しみだとお決まりの言葉が出た。秘密至上主義か、サプライズ好きか。調べようと思えば調べられるが、それは流石に無粋だろう。

「あ、そういえばお土産買ってない。何買えばいいかしら」
「…要るかぁ?」
「なかったらなんで買ってこねーんだよとか言われそうな気がしてたんだけど…要らない?」
「自分の欲しいものぐれぇ自分たちで好きに買うだろぉ」
「…確かに。それぞれ趣味違い過ぎるし…あげたものを素直に喜ぶとも思えないわね」
「やめとけやめとけ。買うだけ無駄だぁ」
「じゃあせめてあのヴェネチアンマスクだけでも…」
「なんでそれなんだぁ!!余計にいらねぇだろぉ!」
「オペラ座の怪人みたいで格好良いじゃない。ほら、付けて暗闇から行けば敵の不意も」
「ゴキゲンな部隊にしてどうすんだぁ!却下だ却下ぁ!」
「斬新だと思ったんだけどなあ…」
「お前…ヴァリアーを何かの面白集団と勘違いしてねぇかぁ?」

そんな話をして、随分お腹も膨れたことだしとダイニングルームを後にした。




部屋に戻って交代でシャワーを浴びることにした。来た当日と同じようにベッドメイキングされ、浴衣やタオル、使ったものが新品に取り替えられている。
しかしまあ、浴衣というのは日本の代表的衣類というのは知っているが、たった一枚の布でどうやって全身を覆うのかが不明だ。オビ、というものを腹か腰辺りに巻くようだが…、正しい着方が分からない。…まぁいいか。どちらにしろ、寝てる間にはだけてくるのだから正しく着ようが着まいが関係ないか。
適当に着て、タオルを首にかけて浴室から出る。

「う"ぉ"おい、あがったぞぉ」
「ああうんわかっ……、て、浴衣着れてないけど。全面覆いきれてないじゃない」
「…こうじゃねぇのかぁ?」
「それで外出歩いたら通報されるわよ。帯だって固結びになってるし…、」

そう言われ、帯を外され浴衣を手直しされる。浴衣を体に合わせてシワにならないように整え、自分の腹回りに手を回して帯を締める。なるほどなぁ、これで全身を覆えるわけか。比較的簡単に思えたが、浴衣を着る機会もそうそうないだろう。一応頭には入れておくが、彼女がいる時には彼女に頼むとする。何故?やってる時の姿が可愛いからに決まってんだろぉ。
直し終わり、締めるようにぽん、と帯を軽く叩く。

「はい、完成」
「悪ぃなぁ」
「どういたしまして。じゃあ私もシャワー浴びてこようかな。……覗かないでよね」
「するかぁ!俺をそんな変態にするんじゃねぇ!」

冗談だよ、と笑ってシャワールームに入っていった。
流石に覗いてこっそり見ようだなんて思わない。やるならそんなまどろっこしいことせずに堂々とやる。

「(そういや以前、何でそう堂々としてられるのかと聞かれたことがあったな。自分の女だろぉが何でこそこそしなきゃならねぇんだと返したら万年筆で刺されかけたっけなぁ…)」

照れ隠し、と思っているが目を確実に潰しにかかってきてたことを、果たしてそれで収めて良いものかは複雑なところだ(目が据わっていたことも追加すると比重は怪しくなってくるが)。
シャワーの音が耳に届く。壁や扉で隔てているとはいえ、浴室が同じ部屋にあるのだ、完全に音を取り除くことは難しいようだ。しかしシャワー音を聞いているのも変態じみてる気がして、音を掻き消すようにテレビをつける。がしがしと水気のある髪をタオルで拭きながら適当にチャンネルを変えるが、どの内容は大して面白くはない。BGMとしてつけておくか。

「にしても、明日で最終か…」

ゆっくりできたようなできなかったような…。一日目はバールに行ってのんびりできたが襲撃にあって、二日目は大事をとってホテル内に居た。少し過保護だったかもしれないが、彼女は無理をしても口に出さないタイプの女だ。だからこちらである程度セーブをかけてやらないと体を壊しかねない。
そう思っていたわけだが、矢張本音を言えば…。

「(別にがっつくつもりじゃねぇが……、好きな女が側に居て二人きりなら、期待もすんだろぉ)」

ふぅ、と頬杖をついて思わず溜め息が出る。
結局、『待て』は解除されず『おあずけ』になってしまった。期待していたこともあって、どこか拍子抜けな部分は否めない。
しかし今回は予期せぬ敵とのエンカウントがあり、彼女が体調を崩したりとアクシデントに見舞われたこともある。彼女に何事もなく始終居れたことを思えば、それで満足しておくのがいいのかもしれない。
そんなことを思ってると、がちゃりと扉の開く音を捉えた。

「ふぅ……、気持ち良かった」

そんな俺の苦労など露知らず、真守はタオルで髪を拭きながら出てくる。
体が暖まって赤らむ頬、お湯を浴びて水分を含んだ滑らかな肌に風呂から上がった後の謎の色気。浴衣姿というのも相俟って深まる魅力…これで三十路なんだぞ?信じられるかぁ?俺は信じる。
自分の前を通って向かい合う形で昨晩寝ていたベッドに腰掛ける。

「ええっと、コンセント…」
「そこにあるだろぉ」
「ああホントだ。スクアーロ、もういいの?まだ濡れてそうだけど」
「あとでやるから先にやれぇ」
「ダメよ、折角のキューティクルな髪に枝毛が出るでしょ」

ほら、とぽんぽんと自分の隣を叩いてこっちへ来いと呼ぶ。俺は犬じゃねぇんだぞと言いつつも動いてしまうのは、言葉とは裏腹な思いが強いせいか。
彼女の隣にぼすんと腰掛け、背中を向ける。
髪をひと房手に取り、熱風を掛ける仕草が見えないなりに感じ取れる。

「ホントに綺麗な髪ね。後ろから見たら女の人だと思われるのも分かるわ」
「こんな背のたけぇ女いねぇだろぉ」
「いやぁどうかしら、後ろ姿なら男か女か分からないものよ。あなた細いし」
「嬉しくねぇな」
「でしょうね。今日洗い流さなくていいトリートメント持ってきたんだけどつける?甘すぎない匂いだから男の人でも使えるのよ」
「…好きにしろぉ」

じゃあ付けるね、と一旦離れて荷物から持ち運びができる小さいサイズのボトルを持ってくる。ふたを開けられるとそのトリートメントの香りが鼻をくすぐった。これは…石けんの匂い、か?これなら確かに甘ったるくなくていい、こいつらしいチョイスだ。
暫くしてドライヤーの音が止まった。櫛で髪を梳かされる感覚が、何とも心地よい。

「はい、終わり。んん〜…やっぱり良い匂い」
「う"ぉ"い、終わったなら今度はお前が後ろ向けぇ」
「やってくれるの?」
「…お"う」

じゃあお願いします、と笑ってくるりと後ろを向いた。
櫛で髪を梳かしながら熱風を当てていく。水気が熱で飛んで、重たかった髪が次第に軽さを取り戻して容易に風に舞うようになっていく。髪を伸ばせばと提案したことがあるが、くせっ毛だから伸ばしてもくるくるしてくるから肩までしか伸ばせないと却下されたことを思い出した。しかしその後、その提案を受けて少しの間だが肩よりも少し伸ばしていた時期があるのを俺は知っている。
髪が短い分、すぐに髪は乾いた。彼女が持っていたトリートメントを同じように髪になじませていく。

「…終わったぞぉ」
「ん、ありがとう」

しかしここで問題なのは、やってもらったから自分もと思って言ったことだが、どうもそれは間違いだったということだ。
普段隠れていたこともあって、項というのはこうも艶めかしく映るものかと初めて知った。浴衣と風呂上りという相乗効果でよりその危うさを強調させる。ああくそ、何だぁこれは。生殺しか?確信犯じゃねぇだろぉなぁ。
実際のところ、しようと思えばできるのだ。彼女の調子が戻ったことも事実で、ヴァリアー幹部がそれしきでダウンしてたらここまでやってはこれない。
だがそれはあくまでも俺の意見で、彼女が同意してるわけではない。
大事にしたい女だからこそ、無理はさせられないというのが本音だ。世知辛ぇなぁ。世界中の女持ちの男性諸君には俺の気持ちがよっく分かるはずだぁ。
しかしまあ、仮にそこまでいかないにしろハグする程度なら差し障りねぇだろ。

「わッ」
「……、確かにいい香りだなぁ」
「つけたのは同じでしょう?」
「それとお前の匂いだ」
「…それはどうも」

後から抱き締め、肩に顔を埋める。俺よりも幾分小さい身体は腕の中にすっぽりと収まった。抱き締めるには丁度いいサイズ感だ。

「休暇が終わりだと思うと、戻る気が失せるなぁ」
「ボスに一生ついてくって意気込んでここまで来た人が何を言うか」
「ボスについていくのと仕事をするのは別問題だろ。お前はどうなんだぁ?」
「そりゃあ出来れば戻りたくないけど…。でもボスにカッ消されるのは嫌だし、何より心配なのよね」
「なにがだぁ?」
「他の人たちがちゃんと私たちの雑務こなせてるかなって」
「……あ"ー…」

それは俺も不安なところだ。戻ったら期限ギリギリの書類が山のようになってるんじゃないかと頭をよぎる。暗殺業が嫌だとは言わない、デスクワークが厄介なのだ。だから戻りたくないというのが本音だ。

「どちらにしろ、明日で戻るとなると名残惜しいなぁ」
「あら、明日戻るなんて誰が言ったの?」
「は?」

まるで俺の方がおかしなことを言ったような返しに、思わず間抜けな声が出た。

「何言ってやがる、俺のとった休暇は三日だけだぁ。仕事したくなくて現実逃避か?」
「違います。実は昨日の襲撃の際に本部に連絡して、状況報告を兼ねて休暇を一日延長の申請を出したの」

彼女の言ってることが、何の事だか理解が追いつかない。
そんな俺の様子を知ってか知らずか、真守は話を続ける。

「無条件ではないけど、申請は通ったって連絡も来たのよ。書面とかはないから、証明しようがないけど。ああでも延長できたのは本当よ?すぐに伝えても良かったけど…あなたがどこ行くのかとか秘密にするから、私も倣ってみたの。ふふふ、そんな顔が見れるのならたまにはこういうのも悪くないわね」

これは一体、どういうことだ?俺は騙されてるのか?まさか扉の向こうでスタッフが待ち構えてて、ドッキリ大成功の看板を持って突撃してくるんじゃねぇだろうな?仮にそうだとしたら三枚に卸して人間不信になるぞ。
しかしその疑心を塗り替えるほどの、沸き上がる強い期待に柄にもなく心臓が速く打つ。
緩んだ腕の中で真守は身を反転させて向き合う。いつもなら気にならない距離のはずが、熱で浮かされて頭がくらくらする。今まで堪えていたものが、なし崩しにされる。
彼女も同じなのか、緊張を緩和させようと大きく、深く、息を吸って、

「ずっと『待て』させてごめんね。はい」

慕うような眼差しで、揺るぎもなくその意思を向けて、腕を緩やかに広げた。

「『おいで』、スクアーロ」

ああ、もう。どうしようもないな。
血生臭い世界の上で繰り広げられる恋愛や愛の告白、一線を越える行為は、別に互いの思いを確認する行動ではない。如何に相手を手中に収めるかの探り合いの手段でしかないのだ。
しかし彼女には。
思考も心も、愛しい以外見つからない程に俺は落とされたのだと思い知らされる。
悔しい?そんなバカなことあるわけねぇだろぉ。

「……はッ」

最高に愉快で、最高に甘美な。
最高の女に、ありったけの愛情を注ぐ。

「おせーぞぉ、真守」

同じところまで引きずり込むように、深く、深く。




翌日、九時四十分。
気づけばすでに日は高く、外からは窓越しに街の活気が音となって伝わってきていた。
しかし異様に身体がだるい。日が高いとはいえ動く気になれない。もぞりと身じろぐと足が何かに当たった。一度浮上した意識が外の音や感覚を引き連れて瞼を開けようと試みるも、まだ寝ていたいという私の意思はそれを頑なに拒む。

「ん、ぅ……」
「…起きたかぁ?」

聞きなれた、声。それに釣られて薄く目を開けると、そこには光が当たって艶を見せる銀髪と、見たことのある自信に溢れた、しかし優しい笑み。

「…Buon giorno.」
「Buon giorno.」

まだ半分寝ている私にスクアーロが頬に口づけを落とす。伸びてきた手に、着ていたはずの布一枚がなくなっていることからお互いが裸である事を、此処で漸く認識した。
ぼんやりする頭の中で比較的新しい記憶を引き出す。

「(そうか、昨日は確か…)」

……いいや、思い返すのはやめておこう。途中から記憶が曖昧になってるようなそうでないような感じだがとても恥ずかしいのは確かだ。

「よく眠れたみたいだなぁ?動けるか?」
「……、」

にやりと笑う彼は、確信犯なのか。いや、彼は別に他意を含んだつもりはなく、私が勝手に『そういう意味』だと取ってしまっているだけなのかもしれない。そう思うと、こちらが過剰に反応するのは彼は面白くても私は面白くない。だから反応してやらない。そういう意味ってなにか?それは察してほしい。
動こうにも、独特の倦怠感と腰の痛みが邪魔をしてくる。ゆっくり体を彼に向けて、向かい合う。

「……手加減してって、言ったじゃない」
「でも良かっただろぉ?」

ああ、この屁理屈を言う傲慢な鮫を刺してやりたい。だが体が動かない…、後で覚えておきなさいよ…。
初めてではないのだが、互いに仕事が忙しく『そういった事』は随分久方ぶりだった。それ故に興が乗ったのはいいのだが、鮫は止まったら死ぬ、まさにその通りで。こいつの体力は底無しなのかと思った…。

「ん"ー………体が重い…でもお風呂行きたい…」
「湯を張っといて正解だったな。なら入るぞぉ」
「いや、私動けないから先に…」

入って、という前に布団を捲られ体の下に腕が入り込んだ。動揺の言葉が出る前に体が宙に浮いて、抱き抱えられる。

「わ、えっ?ちょっと」
「お前一人じゃ入れねぇだろぉ」

誰のせいだと思ってるんだろうか。しかし、悪い気がしないと感じている時点で絆されているんだと思うと文句をいう気も失せてくる。床に散乱した浴衣には気づかない振りをして、浴室へ。
基本ホテルの備えつきの浴室は、大人数で入ることを想定していない。浴室自体が狭く、浴槽は一人分程度の広さであるのが一般的だ。しかしここのホテル(VIPルームに限るかもしれないが)は、普通に広い。下手をしたら一般宅の浴室より広いかもしれない。浴室は宿泊中目にしているから今更なのだが、お金かけてるなぁ、と思わず喉元まで言葉がせりあがってくる。
いつお湯を張ったのか知らないが、二人して浴槽に身を沈める。身に沁み渡る温度に、思わず声が漏れた。

「はぁー……あったかい…」
「あ"ー……、いい湯だぜぇ…」

彼を背もたれにして、ぬくぬくとお湯に浸かる。シャワーぐらいなら日中に浴びるのはしょっちゅうだけど、真っ昼間からお風呂に浸かるだなんて、何だか変な気分。だけどのんびりして、これはこれで悪くない気分だ。
その時、うなじに柔らかい何かが触れた。

「…ちょっと。私もう体力ないからね」
「俺はまだまだ足りねぇんだがなぁ」
「おいおい…」

勘弁してくれ。あなたがよくても私がもたないよ、というともっと体力つけろと言われた。そんな無茶な。
腕や足を動かす度に、お湯が波を立てる。お腹に回っていた腕が片方外れ、優しく頬を撫でる。
そこで目に映るのは、何時もの豪快に敵を凪ぎ払う細身の腕と普段服で隠されている死地を乗り越えた数々の証だ。
腕だけでなく、主にその身体。どれがどの傷なのかなんて覚えているわけはないだろうが、どのようにして彼がここまで生き残ったのかが何となく分かるだろう。まぁ傷跡なんてものは彼に限ったことではないのだが。あの物騒な組織にいれば自然と増える。それは彼に限らず私にも言えることで。
そっと、自分の身体に触れる。

「…どうしたぁ」
「別に。どうもしないよ」

馴れたこととは言え、やっぱり私も女だ。朝のちょっとした寝癖程度には気になるものだ。
人間、集団で生きる以上他人からの評価を気にする生き物だ。人の視線、見られた反応、それに対する言葉。諦めを多分に含んではいるものの、少なからず意識が向いてしまうのは仕方ないことだと思う。
自覚はしているし、だからどうしようということはないのだが。

「あぁ、やっぱり綺麗だな」

彼は、言う。

「誇り高い、綺麗な身体だぁ」

そう言ってくれる。
私の思いを見透かしているように、嫌みでも皮肉でもなく、
心の底から、淀みなくそう言ってくれる。
それが純粋に嬉しくて、とてもこそばゆい。
私は、なにそれと肩を竦めて笑った。

「それはあなたもでしょう?」
「はっ、ったりまえだろぉ。数々の剣技を身に付けた、俺が俺である所以だからなぁ」
「相変わらず自信家ね。それがいつか仇にならないことを祈るわ」
「そういうお前もさっさと甘さを捨てろぉ。敵に情けなんか掛けてんじゃねぇ」
「あれはあなたがみんな倒しちゃったからでしょ。残しといてって言ったのに」
「あの状態でそんな気遣いができると思うのかぁ?」
「そんな開き直って言うことじゃないのは確かよ」

なんだとぉ?と頬を引っ張られる。
何するのと長い髪を引っ張り返す。
私は顔をあげて、彼は顔を下に向ける。視線が合うと互いに手をおろした。

「お前みたいな強情な女、余程の物好きじゃなけりゃ近寄らねぇぞぉ」
「あら、そんな物好きなあなたがこの傷も含めて受け入れてくれるんでしょう?」
「はっ。何言ってやがる」

したり顔で、相変わらず自信たっぷりの、
最高にイイ笑みを浮かべて、言い放つ。

「今更、俺以外に務まるかよぉ」

唇が、重なる。


波立つお湯の音以外、声を潜める浴室で二人きり。
身も心も、ぽかぽかになった一時だった。






(2017.11.18)


prev / next

[ back to Squalo story ]


×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -