お子様の取り扱いにはご注意をB
今、この場所に不釣り合いな奴と対峙している。
「………、なにオマエ、誰?」
「………、」
リンゴのベレー帽を被ったチビも、誰?という目で黙って見上げてくる。
数秒間お互いに黙っていると後ろから間延びした声が近付いてきた。
「ちょっとベルせんぱーい、廊下にナイフ仕掛けるの止めてくださいよー、めっちゃ痛いじゃないですかー」
「掛かったんならそこで倒れてろよ。平然と歩いてきてんじゃねえ」
「致命傷ではないのでー。……何ですかこのお子様、侵入者ですかー?」
「こんな子供に侵入されるなんて、ヴァリアーもそろそろ終わりかあ?」
みたところ普通のチビだが…、騒ぎにもなっていないということはノーチェックでここまで来たということか。まあ、赤ん坊が凄腕のヒットマンをしてるんだ、不思議はないのかもしれない(奴等は元は成人だが)。
チビは見上げるのが疲れたのか飽きたのか、逃げるわけでもなくうろうろし出す。
「つーか、こいつ何なの」
「どこかの令嬢とかじゃないんですかー?前に副隊長が面倒みてたりしてませんでしたっけ」
「あいつは今留守だし、チビ一人置いて仕事にいくとは思えねーよ」
「でもミーが任務に出る時には談話室でくたばってましたよー?仕事に振り回されてる副隊長のことですしー、良いように上から押し付けられたんじゃないですかー?」
「ま、無くはねーな。あいつホントにノンノって言えねーよな。流石日本人」
「とりあえず、花瓶割られる前に動けなくしときますー?先輩の仕返し用に準備した超グロくてスプラッタな幻覚ならいつでも行けますよー」
「誰用にだって?このクソガエル」
被り物に横一直線キレイにナイフを並べたところで、このチビの処遇を考える。
侵入者は問答無用で蜂の巣にするのがこの組織、それは女だろうが子供だろうが例外はない。ただ事情が分からないまま処理すると上やシバノのやつが煩い。
「(裏の政治が混乱しようが滅茶苦茶になろうが知ったことじゃねーけど、あーだこーだと文句を言われるのはメンドくせーし)」
処理云々は後にして、少し様子を見てもいいだろう。子供一匹程度になにか出来るとは思えない。
自前のナイフを手にして、花瓶に手を掛けるリンゴのベレー帽を被ったチビに切っ先を向ける。
「おいチビ、あんまあちこち触んじゃねーよ」
「……、もさもさ!」
「ぁん?」
「もっさしゃん」
ぶふぅッ!と吹き出す音が隣から聞こえた瞬間にナイフを頭部に突き刺す。
このチビ、皮肉もなく悪意ゼロ%で言ってくるのが余計腹立つ。
「だァーれがもさもさだこのチビガキ、王子に向かって無礼なんだけど」
「……おーじ?」
「そうだぜ。愚民は王子を敬わなきゃなんねーんだよ」
「せんぱーい、大人気ないですよー」
「ばーか、チビの時からそう覚え込ませんだよ」
「…ホント、性格悪いですよねー」
「……ようせいしゃん」
「はい?」
チビはフランを目にして目を輝かせる。
「かえるのようせいしゃん!ようせいしゃん!」
「えー………、何ですかこれ。すっげー目がきらっきらしてるんですけどー」
「しししっ!妖精だってよ!ウケんだけど!」
「チッ。うるせぇなーこのもっさ野郎…、あ、すみません本音が出ちゃいましたー」
「丸聞こえだっつーのッ」
減らず口の絶えない後輩の脇腹に回し蹴りを食らわせるこの様子を、チビは小さな手を叩いて喜んでいる。ブラックジョークに慣れてやがる、将来有望かよ。
床に伏せてるフランがチビを目の前にして、ぽつりと呟く。
「……ていうかー、これもしかして副隊長じゃないですかー?」
「はぁ?」
しゃがんでまじまじと見てみれば、確かにそういう気もしてくる。この髪型に顔立ち、何となくあいつの面影がある。
「ほらー、似てません?」
「アホ言え、似ててもあいつがこんなチビなわけねーだろ。つい数日前まで大人だったヤツが肉体レベルでサイズ変更するなんてどこのフィクションマンガだっつーの」
「でも十年バズーカーなるものがあるなら若返らせる物もあっても不思議じゃないですよー」
そう言われるとなくもない話なのかとも思えてくるが、俺には関係のない事だ。どういう経緯でこうなったのか知らないが、こいつは面白い。
チビシバノのマシュマロみたいな頬をナイフの柄でつつきながら、
「おいシバノ、鬼ごっこでもするか?」
「……?する!」
「先輩、子供との戯れ方の心得とかあるんですー?」
バカ言え、とフランを一蹴した。ぎらりと扇状に広げたオリジナルナイフを歯と一緒に見せ付け立ち上がる。
「俺は俺がやりたいようにやるだけだぜ」
危険を察知したのか鬼ごっこが開始されたと思ったのか、チビシバノは背を向けて逃げ出した。何とまあ覚束ない、アヒルのような歩き方だ。こいつの二、三歩が俺の一歩分の歩幅でしかないため、悠々と歩いてても追い付いてしまう。
「ししっ、それじゃ王子からは逃げらんねーぜ?シバノー」
「あんまりやると泣いちゃいますよー?」
「今のこいつの顔見りゃ、泣く気配なんて微塵もねぇけどな」
ナイフをチビシバノに目掛けて投げながらのんびり歩く(勿論当たらないようにしながら)。普通ナイフを見せられたらビビるか泣くかだと思ったが、本気でないというのが分かってるのかそんな様子はみられない。こいつ的には本当に遊んでるぐらいの感覚なんだろう。
はしゃいで走るチビシバノの足元に的確にナイフを投げると、どて、と情けない音を立てて転んだ。後ろから見てる俺らにはスカートの中がバッチリ見える。
「うわー、何か有り難みも何もないパンチラですねー。いや、イチゴ柄とか逆にレアですかねー、今時誰も穿いてないっていうところで」
「ガキのパンツ見て有り難み感じてる時点で変態の仲間入りだぜ?」
「別に喜んでませんよー。喜ぶのはあの変態雷親父ぐらいですって」
「ししっ、そりゃ同感だ」
「う、っしょ。ふふ、えへへへへへ」
「う"ぉ"お"お"い真守!どこ行きやがったぁ!」
「あん?この地球の裏側に居ても聞こえてきそうなウルセー声は…」
チビシバノが曲がり角を勢いのまま曲がると、何かにぶつかったのかその小さな体が後方へごろりと転ぶ。足を止めてさっきの声の主…なんて目視しなくても分かるが、一応確認する。
「……んぶっ、んぅ……」
「真守?!こんなとこに居やがったのか!」
「あ、スクアーロ隊長」
「保護者の登場ってか」
「ベル!それにフラン…、戻ってやがったのか」
どうやらチビシバノのお守りはカス鮫がしていたらしい。手には何故か氷の入った袋を手にしてる(しかも半分溶けて水になってる)。面白くなってきたところだったが、こいつもこいつでメンドくさい。
ぶつかってぐずつくチビシバノを抱き上げる父性マックスのカス鮫にオモチャを取り上げられた気分になりつつもナイフを手の中で弄びながら、
「放し飼いしてんじゃねーよ、監督不行き届きで極刑にすんぞ」
「うるせぇ!てめぇら、こいつにケガさせてねぇだろぉな!!」
「させてませんよー、さっきそこで先輩がちっちゃい副隊長転ばせてましたけど」
「んだとぉ?!」
「そんくらいで怒んなよな、クレーマーかよ。むしろ、この王子が相手してやってたんだ感謝されてもいいと思うんだけど?」
「するかぁ!大体、ガキ転ばせて楽しんでんじゃねぇ!」
「そいつだって楽しそうだったぜ」
嘘言うなみたいな目をされても事実だから仕方ない。
大した外傷がないのを確認したスクアーロはチビシバノを宥めながら声のトーンを落とす。
「ところで、テメーらがここに来るまでに不審な奴は居なかったか?」
「そのちっちゃい副隊長じゃなくてですかー?」
銀色の長髪を弄って引っ張るチビシバノを指差すが、本人は少女を制止しながら首を横に振る。
「俺が任務から戻ってきた時にはこいつはこの姿になっててなぁ。こいつの持つ情報を奪いに来たと思ったが部屋が荒らされた様子も騒ぎが起きる様子もない。もう本部内には居ねぇかとも思うが…、一応ルッスーリアとカス共には内部捜索を続けさせてる」
「結論的にはー、副隊長がちっさくなったのも相手の目的もなーんにも分かってないってことですねー?」
「こいつが小さくされたことについては目星はついてる」
そう言ってポケットから取り出したのは、ガラス製の小さな小瓶だ。キレイなキラキラしたものに惹かれるのは女とカラスぐらいなものだが、チビシバノもしっかり興味を示している。
長髪から対象が移るチビシバノの手が届かないようにガラスの小瓶を遠ざけながら、
「談話室にあったモンだぁ。これで縮んだのは筋は通る」
「縮ませてどうすんだよ」
「それがわかりゃこんな苦労してねぇだろぉ。…外部からの侵入を考えれば幻術もと思ったが…どうなんだぁフラン」
問われたフランはチビシバノをちらりと見て、
「そんなことないと思いますよー多分。絶対とは言えませんがきっと違いますー」
「曖昧すぎんだろ。幻術見破んのはテメーの領分だろーが」
「簡単に言いますけどー、幻術見破るのって超難度高いんですよー。師匠も結局最後は勘だって」
「だとしてもそれがテメェの仕事だろおがぁ!」
生意気な後輩は如何にも面倒くさいという雰囲気を漂わせているが、ここでふとあることを思い出す。
「つーかこいつがシバノだって気付いたのオマエだよな?何か心当たりでもあったのかよ?」
「そんなの勘ですよ勘ー。面影とかあったじゃないですかー」
「似てるとは思ったけどな。確信には至らなかったぜぇ」
「ししっ。そもそも混入物入りのお茶を飲むなんて危機感なさすぎだろ」
「仮にも俺たちに並ぶあいつがそんなヘマするとは思えねぇがなぁ」
「でも副隊長って普段こそああですけど、ちょっと抜けてるとこありますよねー」
「…ま、あいつ、疲れてくると思考がポンコツになって変なものも受け取りそうだしな」
「そうですねー、実際お茶に混ぜちゃえば分かんないですよねー」
「……やっぱオマエ何かしたんじゃねーか」
「あ、やべ」
片手で口元を隠してはいるが、言っちゃった☆と隠す気はさらさらない。
外部を想定したがまさかの内部犯だったことに衝撃もあるだろうが素知らぬ態度でいることに、ギギギと油の刺さってない機械の様にゆっくりとした動きでフランを睨みつける。
「どういうことだぁクソガキ…」
「チッ、誘導するとか性格わりーな堕王子……」
「誰が堕王子だッ!」
「フラン…、そこに座れぇ!活け造りにしてやる!!」
「うわー、隊長こわーい」
「…ふ、ぅぅ………」
ここで一発触発のバトルが繰り広げられるのかと期待したが、結果としてはそんなことはなかった。
何故かと言えば、スクアーロの腕に抱えられてるチビシバノが眉を寄せてぐずついているからだ。
「ほらー、隊長がバカみたいにでかい声だすからですよー」
「…ちっ!てめぇあとで洗い浚い吐いてもらうからなぁ!」
切っ先を向けてそう捨て台詞を吐いては、地面を踏み鳴らしてその場を去って行った。
フランはその後ろ姿を見てぼそりと呟く。
「…なんか、スクアーロ隊長って副隊長のことになると若干緩くありませんー?」
「単純にあの姿のシバノを堪能してるってだけだろ」
(2018.1.22)
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