S・スクアーロ 短編 | ナノ

  寂しさをくれた人


「……はッ…ぁ…!!」

ひどい夢を見た。胸くそ悪いなんてものじゃない、夢にしてもあれはやりすぎだ。内容なんて語りたくも思い出したくもない。
飛び起きて夢だと理解したときは安堵したが、どこか心がざわつく。嫌な予感だ。こういうときの予感というのは大体当たるものだ。神なんてものは信じちゃいないが、今回に限っては当たらないでくれと強く願う。

「(あいつは居るのか?)」

今日は非番のはずだ。どこかに出掛けるとも聞いていない。屋敷の中には居るはずだ。
本人の生きてる姿を確認しなければと、弾かれたように部屋から出て彼女の部屋に向かう。
が、そこに居たのは件の彼女ではなくベルだった。テーブルにトランプが並べられているが、一セット分の手札は伏せられて置かれている。

「ぁん?なんだよカスザメ」
「……シバノはどこ行ったぁ」
「シバノ?あいつなら飲み物取り行くって談話室行ったぜ」

談話室に向かい雑に扉を開けると、そこに向かったはずの彼女の姿はなく、ルッスーリアが優雅に紅茶を飲んでいた。

「あらスクアーロ、どうしたの?怖い顔して」
「奴はどこだぁ」
「奴?……ああ、シバちゃんのこと?あの子なら茶葉を持ていくついでにレヴィに次の任務書渡してもらうよう頼んだわよ?」

イラッ、と焦りの他に怒りが湧いたが、構ってる暇はないと返事もロクにせずに踵を返す。
何でこういう時に限ってあいつはいねェんだクソカスがァ…!

「なぬ?シバノだと?あやつなら書類を渡したあと菓子を持っていくとキッチンにぐぼぁ?!」

…苛立ちが焦りを上回り始めた。上回った分の怒りをレヴィの鳩尾に叩き込み、言われた場所へ。

「し、シバノさんですか?あの方ならここのお菓子を持って戻られましたが…」

もしかして俺はからかわれてるのか?それとも俺は幽霊でも追ってるのか?そう思わずにはいられないぐらいの空振りっぷりだ。ああ、思考も狭い。俺らしくもない、そんなことは分かってる。
だが実際、幽霊であってもらっちゃ困る。見えて、触れられる、実物が居てくれないと話しにならねぇんだ。
結局元の部屋に戻って、今までの怒りと焦燥を込めて扉を蹴り破る。
そこには、先ほど同様にベルが居た。
そしてもう一人、

「あ、スクアーロ。なんか私を探してたみたいだけどどうし」

ガタガタガタンッ!と物がぶつかり落ちる音がした。最後まで言葉を聞くまでもなく、すでに身体は動いていた。
何で居なかった。勝手に行くな。どこに居た?傍を離れるな。色んな言葉が溢れる前に。
その存在を確かめるように、
身体の温かさを沁み込ませるように、
強く、強く。
その小さな体を、腕の中に仕舞い込んだ。

「え、あ。スクアーロ?ちょ、どうしたの?」

腕の中で身じろぐが、それをも許さない。
ここに居ろ、居ろ、居てくれ。
頼むから、今だけ。

「…つまんねーの、王子戻ろっと」

面白くない映画でも見たような調子でいう第三者はため息をついて部屋を後にした。足音が遠のいていく。
シバノもどこか様子が変なのは察したのか、腕の力が緩むまで大人しくした。
数十秒、いや数分その状態でいた頃、
ぽんぽんと優しく背中を撫でて、まるで喧嘩して泣く子供を宥めるように優しい声で問いかける。

「…何かあったの?」
「…何もねぇ」
「何もなかったらこんなことしないじゃない」
「……、」

夢の話をしたら、お前は何て言うだろう。夢は所詮夢だと、らしくないと笑い飛ばすだろうか。
分かってはいる、夢なんてそんな曖昧なもの、信じる方が可笑しい。
だが、こんな仕事をしてるんだ。いつかは命を落とすかもしれない、その日ここに戻って来れる理由も保障もない。
ああ、だめだな。こんな弱気じゃあ他の奴に笑われる。

「ねえ、ホントにどうしたの?」
「…死ぬな」
「え?」
「俺の前で死ぬな」
「そうなる前に、助けに来てくれるでしょう?」
「俺の居ねえところでもだぁ」
「それはどうかしら」
「死んだら三枚に卸す」
「うわあ酷いことするのね。死体蹴りみたいな真似しないでほしいわ」
「いいから、約束しろぉ」
「守れないことを、約束なんて出来ないわよ」

あはは、とこっちの気も知りもしないで何の気なしに笑う。
そりゃそうだ。いつ死ぬかなんて誰にもわかりゃしねェんだから。
それでも、例えそうでも、
そんな確証も何もない口約束が、今は欲しい。

「俺をこんなにしたのはお前だぁ、最期まで責任持たねェと刻むぞぉ」
「もー、分かったよ。分かったから、『そんな顔』しないで?」

『そんな顔』?俺は今、一体どんな顔をしている?自分が今どんな顔でいるのか、どうやって表情を作っているのか分からない。
ただ、俺の目に映るシバノの顔は、
困ったような、不安そうな顔で、笑っていた。

「俺は、どんな顔してんだぁ?」
「んー?変な顔」

ふふ、と笑って、頬に手が触れる。その小さな手に、自分の手を重ねた。ああ、あったけえ。生きている、ということを教えてくれる温度だ。
頬に触れていた手がするりと抜けると、今度は俺の手を握って引っ張った。

「今日は昼寝でもしよう。他の人は仕事なのに私たちはこの青空の下で悠々と昼寝、この背徳感、最高でしょ?」
「…相変わらず、悪趣味な理由だなぁ」
「それくらい許されたっていいでしょ、こっちは命懸けて仕事してるんだから」

のんびりしよう。
そうすれば、気分も晴れるよと。
あんな夢を見た後で気が進まないが、
こいつとなら、悪い夢は見ないような気がする。

今までの気分を流してくれるような心地いい風が、部屋の中に吹き込んだ。




(2017.9.10)


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