S・スクアーロ 短編 | ナノ

  モノヨリオモイデ


旅行、素敵な夜景、豪華な料理、フラッシュモブ、高価な贈り物、両手一杯の花束。

「(先日の会合では例の一件についての関わりがあったことがーーー、ーーー恐らくボンゴレに隠れ敵対組織との繋がりがあると考えられーーー。ーーー御足労頂ことになりますが一度…………、ああ、しまった。脱字が)」

思い付くものがあるがすぐに、ないな、と却下する。それらはすでに彼が私にしたことで、同じ事を返してもいいがそれも何だか芸がないような気がしてしっくりこない。というか、誕生日にする一通りのことはやり尽くしたような気がする。
ボスに提出する報告書を作りながら、しかし気持ちは違うところに向いている。

「(そういえば去年、」)

パソコンのキーを打つ手が、止まる。

「(何をしたんだっけ?)」




「何もねぇだろぉ」

本日誕生日を迎える銀髪上司は、べらべらと書類の束を捲りながらあっけらかんとしてそう言った。
ボスに提出する前に見てもらおうと彼に報告書を渡して、その傍らで結果待ちしながらさっきの疑問を彼にぶつけた。返ってきた答えに、思わずワンテンポ反応が遅れる。

「………………え、」
「去年は長期任務で暫く此処を留守にしてたからなぁ。お前もお前で別のとこに飛んでて本国(イタリア)に居なかったじゃねぇか」

忘れたのかぁ?と言われて、正直に忘れたと言えずそうだったかしらととぼける。

「……でも、今日はあなたも私も居るでしょう?何か希望とかないの?」
「希望?それならこの書類の山、片してくれるかぁ?」
「うっ。………………………………、」

デスクに置かれた、ピサの斜塔のような書類の山。思わず言葉が詰まる。
冗談に決まってんだろぉ、と私の渋い顔を見て彼は笑った。何よ、こっちは(割りと)真面目に話してるのに面白がっちゃって、嫌な上司。
ばつの悪い顔をしながら、ため息をつく。

「冗談はいいのよ。何か欲しいものとか」
「ねぇなぁ」

あっさりと、素っ気なく返された。
目的の書類が見つからずデスクに広げられた紙を捲りながら、

「泊まりが出来るほどの休暇もねぇし、日帰り旅行に行くにしても時間が足りねぇ。誕生日に割けるだけの余裕がねぇだろ、今月はお互いちっとバタバタするだろうしなぁ」

そりゃそうだけど、とその先に続く言葉はない。
お互い中間管理職で上からも下からも仕事を持ってこられるワーカーホリック御用達の職。普段から任務やらデスクワークやらに追われている身だ。しかも今は少し大きそうなヤマが動きそうで、作れる時間は精々バールで食事を取るぐらいなものだ。とても誕生日どころではない(そもそも毎年きっちり誕生日を祝えているわけではなく、祝える方が少ないので今更感はある)。
誕生日に割く余裕がない、確かに理由の一つではある。
しかし彼が誕生日に差ほど執着してないのは一様に、

「(誕生日で浮かれるほどの歳でもないし、何が欲しいとか無いのはある意味当然なのかしら)」

彼は周りが思っているより欲の範囲が狭い人間だ。執着してるものには深く深く追及し、どこまでも追い求める。けれどそれ以外のものに関しては差して頓着しない。勿論好みや好きなものはあるが、決して譲れない拘りがあるわけではないのだ。
そして何よりも、私は知っている。

「(何より彼が欲しがってるものを、私は知っている)」

マグカップ、万年筆、ループタイ、ネクタイ、世界の剣豪大全集、腕時計。彼に合いそうで且つ実用的なものは贈った。時間があれば食事に行ったり苦手な手料理を振る舞ったり、……余り口にするのは躊躇われるようなことをしたりもした。しかしそれはあくまで私の想像の範疇で、真に彼が望んでいたものとは恐らく違うだろう。

「そう言えば今回のヤマでターゲットになってる主格組織のメンバーリストは見た?」
「あ"あ"、見てねぇな」
「見てないくせになんで堂々としてんのよ。前にリスト渡したじゃない」
「向こうには名の知れた猛者を伏せてきた用心棒と剣士がいるって話だろ?情報見ちまったら戦う楽しみが半減するじゃねぇか」
「試合じゃないのよ。各国にあるボンゴレ支部の一部が情報と引き換えに外部組織からブツを受け取ってるって、上は大慌てなのに」

この数日の仕事量を思い返しながらため息をついて、

「恐らく『商店』が仲介してハッカーと手を組んだ、それもかなりのやり手のね。それにボンゴレの本体に喧嘩吹っ掛けるために武力もあちこちからかき集めたみたいだし。お値段も張ったでしょうに」
「えらく大盤振る舞いしたもんだなぁ。相当旨い餌でもぶら下げられてたんじゃねぇか?」
「かもね」

ボンゴレの本体を狙うのは、競馬で家を売り払い退職金をもらって全預金をはたいて一発大穴を狙うよりハイリスクだ。そのリスクの中にはお金だけでなく自らの命を、人生もチップと化した一世一代の大博打となる。はした金で話を持ち込まれてもリスクを恐れて乗るバカは居ないだろう。

「だが今回此方の網に爪先がかかった。捉えた以上デカい抗争になるのは必須だ、他にも被害が出るだろうな」
「十代目が和解を講じても応答はしないでしょうね。きっと、外部組織と仲介商店、寝返った連中の『清掃』依頼がくるわ」
「にこにこ顔突き合わせて腹の探り合いするよか、その方が分かりやすくて俺はいいいがな」

久々の大きなヤマに、彼の口許が歪む。誕生日を銃声と怒号飛び交う戦場で過ごすというのに、心底楽しそうだ。こちらの気も知らないで。
思わず口を尖らせ、皮肉たっぷりに言う。

「スナイパーに撃たれて誕生日が命日にならなきゃいいわね」
「そいつも含めて消してやるぜぇ」

戦場に生きて死ぬことを誇りとする彼が欲してるものは、高価な装飾品や両手いっぱいの花束や記憶に残る素敵な思い出なんかではない。
強敵との命を懸けた戦い。ピリピリとした張りつめた緊張感。剣を振るう戦場。
普通に生活をしていては決して手に入らないもの。
私には用意できないもの。それは重々承知している。
アイディアは底を尽きてしまった。
彼が渇望しているものは用意できない。

「(でも、)」

誕生日が平日と変わらなくなって流れてしまうのは、少し寂しい。
とはいえこの仕事をしてる以上、そしてスペルビ・スクアーロという男と居る以上そうなるのは仕方ないのかもしれない。分かっていたことではあるが、それでも年に一度の誕生日を祝いたいというのはエゴだろうか。
報告書の確認が済み、予定の調整をした付箋だらけの手帳を閉じる。

「……、あら、もうこんな時間。ねぇ、ご飯食べに行きましょ」
「お"う、いいぜぇ」

ちっと息抜きするかぁ、とパソコンのキーを叩く手を止めて伸びをする。

「じゃあこれ、ボスに渡して着替えてくるわね。いつものお店で良いでしょ?」
「ああ?いつもの店ってあそこか?」
「なに、…他に行きたいところでもあるの?」
「別にねぇけどよぉ。いつもそこじゃねぇか、他の店行ったりしねぇのか?」
「お気に入りだもの。それに、欲しいものなんて無いっていう人に決定権なんてないわよ」

ひら、と書類の束を見せてドアノブを回す。
その返答に違和感を持った上司が、怪訝そうな声色で後ろから疑問を投げ掛けた。

「…………、怒ってんのかぁ?」
「別に」



行きつけのカフェ・バールのいつもの席で昼食をとる。
クリームイエローのパラソルの下、タイミングよくいつもの席が空いて私はサラダとピッツァ、彼はパスタを胃袋へ納めながら、

「う"ぉ"お"い、なに怒ってんだ」
「別に怒ってるわけじゃないわ。虫の居所が悪いだけよ」
「それを一般的に怒ってるって言うんじゃねぇのか?」
「不機嫌ってだけよ」
「俺にとっちゃ一緒だ」

お昼時のピークを過ぎた客席はまだその名残を残しつつも、比較的人の波は引いていた。居るのは私たちのように仕事が長引いて遅い昼食をとるサービスマンやピークを避けた熟練主婦チーム、暇潰しで携帯とにらめっこしてる青年ぐらいだ。

「何も誕生日だからって必ずしも贈り物したり特別なことをしなきゃいけないわけじゃねぇだろぉ。無理してすることじゃねぇはずだ」
「わかってるわ。でも何かしてもらったらその分返したいと思うのは当然でしょう?」
「はっ、律儀なことだな」
「普通よ」

そもそもヴァリアーという組織が『誕生日』というものを特別視していない節がある。ボスの志向、幹部たちの普段の様子や組織の特色からみても、誕生日だからお祝いし合うというような風潮はないだろう(一部は好きそうだが)。逆に意気込んでる方が可笑しな目でみられるかもしれない。
彼もまた、元来そういった祝い事にはあまり頓着しないのだと思う。特別なことがあるわけではないし、プレゼントを贈られる楽しみよりも任務で敵と戦う楽しみの方が上なんだろう。
流れるように往来する人や音を眺め聴きながら、

「今までだって色々してくれたじゃねぇか。祝えなくても気にすることはねぇぞ」
「祝うこと自体数える程しかないじゃない。折角の誕生日がただの平日と変わらなく、何もなく過ぎてしまうのは少し…勿体無いと言うか、…寂しい気もするのよ」
「何もなくはねぇだろぉ」

グリーンティを口にする手が止まる。

「今年は一緒に居られたじゃねぇか」

呟くように言われた言葉は、喧騒な中でも聞き取れた。顔をあげると、口許をつり上げて笑う彼が居る。

「誕生日休暇なんてうちにはねぇし、そもそも連中が誕生日なんてもんを大事にしてるとは思えねぇ。俺も似たようなもんだし大して固執するワケじゃなかったしな」
「あら、じゃあいつもの気合いの入った贈り物や演出はただの目眩ましなのかしら?」
「ばぁか、んな訳ねぇだろ。自分の誕生日に関しては、だ。お前から贈り物をくれるならそりゃ嬉しいが、ねぇならねぇで構やしねぇ」

頬杖をつきながら彼は私を見て、まるで踊りに誘うように優しく手を差し伸べた。

「リストランテの豪華な料理も目が眩む絶景も身を飾る装飾品も両手一杯の花束も、お前がいりゃ霞んじまうからなぁ」

閉口してしまった。『何を言ってるの』『お世辞でも嬉しいわ』『それはあなたもでしょ?』……返す言葉はいくらでもあるはずなのに思考が止まる。熱が顔に集まり、変に体に力が入るのが分かった。ああもう、そういうことをしれっと言ってのけるんだから。これじゃあ分が悪すぎる。
言葉が詰まり、反応が遅れると彼はにやにやと笑いながら続ける。

「今日一日、そうやって考えててくれたんだろぉ?」
「うっ」
「わざわざ部屋まで来て希望聞きに来たり」
「…それは、その」
「パソコンで誕生日の贈り物の検索掛けたり」
「っ?!あなた人のパソコンを勝手に」
「それで充分だ」

色々不意を突かれ、反論したいが頭の中でぐるぐるするだけで音として出ていかない。そんな私をよそに彼はじっと視線を向けて、

「時間が合わねぇのは分かり切ってんだ、お互い誕生日に任務に出てるなんてザラだからなぁ。特別なことしなくたってその日に一緒に居られりゃ、俺は充分だ」
「ぐっ、ふ………っ傲慢のくせに、随分大人しくなったのね」
「俺は傲慢だが強欲じゃねぇからな。嬉しいなら、素直にそう言ったらどうだぁ?」
「煩いカス鮫。ああ、もう時間だわ。行きましょ」

相変わらず分かりやすい照れ方だと薄ら笑いをする彼に脛蹴りする。
何故こんなにもあっさりと翻弄されてしまうの。仕事でブラフ張られても動揺なんてしないのに。ああ惚れた弱味というものかしら、仕方無いにしても私ばかり狼狽えさせられるなんて何だか悔しいわ。
顔に集まった熱を手の甲で冷まさせながら、テーブルにコインを置いて席を立つ。彼の支度も待たずに先に行くと、う"ぉ"お"い、と彼独特の声を背中に投げられた。いいや止まってやるものですか。そのまま人の流れとは逆方向に向かって、歩みを進めた。しかしあっという間に隣に並ばれる。

「……お前、他の奴に言い寄られた時もこんな反応してんじゃねぇだろうな」
「束縛が過ぎる男は嫌われるわよ。あなたがあんなこと言うとは思ってなかっただけよ」
「俺は思った事を言ったまでだぁ。それに、日本じゃあ『モノヨリオモイデ』って言葉があるんだろ?良い格言じゃねぇか」
「よもやあなたの口からその言葉が聞く日が来るなんて、思いもしなかったわ。流石ロマンチストね」
「お前、茶化してぇのか祝いてぇのかどっちなんだ」
「両方かしら」
「素直じゃねぇなぁ。……それで?」
「……なに」
「せっかく誕生日に居られたんだ、モノはねぇにしてもくれねぇのかぁ?」

水面に光が反射するようにキラキラと銀髪が風に靡く様を横目で見ながら、態とらしくはぐらかす。

「強欲じゃないんじゃなかったの?いらないっていっておきながら、随分調子が良いのね」
「いらないなんて誰が言ったんだ。お前に何も用意がねぇなら、一緒に居るだけで構わねえって言ったんだ。あるなら貰うに決まってんだろ」
「やっぱり傲慢で強欲じゃない」

足を止め、彼のネクタイを徐に掴んで引っ張る。彼との顔の距離が近くなり、数秒もしないうちにゼロ距離となった。
恋人間でのハグやキスがスキンシップとして往々とされているのは、この国では日常的だ。しかし日本よりイタリアにいる方が長いとはいえ、礼儀遠慮恥じらいを美徳とする文化は未だ根付いている。彼にはそれが新鮮に映り、またより構いたくなるらしい。気持ちは分からなくはないが突然に言うのはやめて欲しい。

「(これで、いいのかしら)」

エスプレッソの苦い味がした。普段あまりしないことに気恥ずかしさと少々の不安を感じながら唇を離すと、にやーーーーーーーーっと上機嫌に笑みを浮かべる彼が居た。
あ、嬉しそうだ。

「これで午後の仕事は乗り切れるぜぇ」
「(ちょろい…)それならよかったわ」
「あとはベッドの中で貰うとするか」
「自重しなさいよ、エロ鮫」

こめかみにお礼を受ける。翻弄されっぱなしで主導権も握れないが、今日ぐらいはいいにしよう。それを心地よく感じてる時点で、負けているような気がするし。
往来する人の波の中、隣を歩く彼の手にそろりと指先を触れさせると何も言わず手を取ってくれた。
少し頭を持ち上げれば、自然と交わる視線に口許が緩んで。

「……BuonCompleanno.squalo」
「Grazie.Mamoru」

それが合図のように、
指が絡み合う。




(2018.4.3)


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