S・スクアーロ 短編 | ナノ

  匣兵器観察レポート


匣兵器とは、所持者の死ぬ気の炎を匣内に注入することで初めて使用することができる兵器を差す。中身は銃や鎌などの武器類から動物をモチーフとした生体兵器が収納されている。多くの匣兵器はそのモチーフとなる動物も性格も、所持者と共通する部分があるという(無論例外もある)。
もし、主人の意思や感情を共有できるなら、『表に出ないそれら』を匣兵器が抽出できるとしたら、どうなるだろう?
これは、そんなお話。



ヴァリアー本部

「スクアーロ、珈琲飲む?」
「………、」
「お"う"、もらうぜぇ」
「………、」

ふわりと空気を挟んだようなボブヘアーの女性と一つに纏めた長い銀髪を肩に流しているイタリア人の、変わり無い日常の一場面。
そこに控えるように佇む短髪の少年…というには似つかわしくない威圧感を纏っているがこれでも十四歳だ。銀髪イタリア人より髪は短いが殆ど同じ容姿だ。しかし年齢のこともあり幼さがあるのは否めない
そしてもう一人、ベッドに腰かけて足をパタパタさせる女の子がいる。こちらは五歳ほどで、先ほどの女性の幼少時代をそのまま持ってきたような瓜二つな姿だ。
一見、双子の兄弟姉妹か従兄弟かと思うところだが、この二人には他と違う点がある。それは、人のようで決して人ではない所以、とも言えるものだ。
少年の背中には鮫の背鰭が、少女のお尻からは鳩の尾がついていること。
彼らは匣兵器。本来はそれぞれモチーフとなる動物の姿をしているわけだが、ここでは人の姿にも成り得ている。それが当たり前と化していることを加味して、この先の出来事を検証してもらいたい。

黒髪ボブヘアーの女性がベッドにいる少女に声をかける。

「つくね、ちょっとお留守番しててくれる?誰か来たら要件をメモしてもらってね」
「……、!」
「お前も残れぇ、すぐ戻る」
「……、」

少年と少女は主人の指示に軽く頷く。指示を了解したのを確認して二人は仕事の話をしながら部屋の扉を閉めた。
二匹の匣兵器、晴鳩のつくねと暴雨鮫のアーロは静な空間に残される。

「……、」
「……、」

さて、冒頭の話に戻ろう。
匣兵器が所持者の隠された、また抑えられた思考や感情を抽出するかどうかだ。例えば、大人しい性格の所持者の『私もお喋りしたい遊びたい』という内なる思いを匣兵器が体現する、というように。まぁそれが、動物本来の性格が起因していると言われればそれまでなのだが……。
しかし相手は所持者の命の炎によって動いている。炎が意思や感情によって増減することを思えば、彼らが所持者の意思や感情の影響を受けても不思議はないだろう。
ではここで、それぞれの匣兵器の主人を振り返ってみよう。

「……、(ねえアーロ、トランプしない?)」

つくねの所持者、ヴァリアーの『仲裁役』は幹部たちから叩き上げられた女性は組織同士の介入の仕事をしてる。若かりし頃は青い部分もあったが、今となっては年月と経験によって貫禄がつき肝は大変据わっている。
仕事人間というわけではないが、ボンゴレの仕事にヴァリアーの業務、本業と諸々をしてデスクに向かわない日はない彼女は遊びの少ない人とは言えるだろう。
つくねの提案に、アーロは緩く首を振った。

「……、(やらねぇ)」

アーロの主人はヴァリアーの幹部であり、ボスの右腕(自称)として動いている。戦闘においては右に出るものは居ない実力の持ち主だ。しかし暗殺部分では声の大きさ故に時折職務に差し支えているところは否めない。傲慢で豪快、凶暴で知れる男だ。仕事上の女性の付き合いはあるが、剣一筋で日々雑務に追われる彼もまた、遊びの少ない人間と言えるだろう。

互いに多忙でゆとりを持つ時間はあまりないことは分かってもらえると思う。しかし仕事によって抑圧される思いや欲求を、理性で抑え続けることはできない。どこかで発散しなければいつかパンクしてしまう。
とは言え、そういった発散の仕方は心得ているはずだ。ショッピングで好きなものを買う、遠出をして気分をリフレッシュ、スポーツで汗を流すのもいい。任務先で敵を余分にぶん殴ってくるのもアリだろう。死んだように眠って休むのも必要なことだ。
それが気軽にできるなら、の話だが。
所謂中間管理職である彼らには、気軽に『休む』ということも難しい。なんてブラック組織なんだろうか。
では、ここで問題です。
普段抑え込まれてる欲求や思いの発散先とは、一体何処になるのだろう?

アーロが提案を蹴ると、少女はあからさまに不機嫌な顔をした。

「……、(……けち)」
「……、……(ケチで結構だ。大体、『留守番』ってなんなんだぁ?俺たちがすることじゃねぇだろぉ)」
「……、………(しょうがないよ、戦いであれ何であれ主人のめーれーなら応えないと)」
「……、(はっ、安くなったもんだなぁおい)」
「……、……?(でも、もしかしたらこれにも何かあるのかも?)」
「………、(あるわけねぇだろ、良いように使われてるだけだ)」
「…!……?!…………!(はっ!もしかして戦い以外の生活をわたしたちにもさせてくれてるのでは?!なら如何に平和が大事なのかを教えてくれてるんだよならそれには応えないとねほらだからトランプや)」
「……(やらねぇつってんだろ)」

けちーーー!!と言葉は発さずともベッドを叩いて抗議する。しかしアーロは知らん顔である。 
生物であると同時に兵器でもある彼らは言葉による表現はできない。そのためコミュニケーションは、ジェスチャーやアイコンタクトといったボディーランゲージが基本となる(疎通率は各々の新密度によって異なるが、所持者よりも匣兵器同士の方が伝わりやすい節はあるようだ)。

相手にしてくれないと拗ねたつくねは、ベッドにごろんと横たわった。
留守番、というのは多くはないがつくねは何度か経験している。主人がいない間に来客者があったり要件を伝えたかったりということがあったため、匣兵器を留守番させるようになったのだ(本当は主人が楽しみにとっておいたお茶菓子が消えたことが発端である)。
基本戦闘が主となる匣兵器だが、こういう使い方をするのは恐らくつくねの主人だけだろう(今回アーロもいるが彼は稀だ)。それが嫌だというわけではないが、留守番というのはさながら、お客の来ない店番のようなもの。
端的に言えば、暇なのだ。

「……、(はーぁ…)」
「……、」

やらないと断ったものの、暇に潰されそうな少女を見てアーロも溜め息をついた。
仕方ないなと言うようにかつん、と態とらしく足音を立ててつくねに顔を上げさせる。アーロの方を見たつくねに、手招きをした。来い、というジェスチャーに何の疑いもなく近づいてきた少女の両脇に手を差し入れて、容易に引き上げて抱き上げる。子供をあやすようにポンポンと背中を叩いて、拗ねる少女の様子を見る。

「……、(…ひま)」
「……、………(我慢しろぉ。留守を任されてるのにここを空ける訳にはいかねぇだろ)」
「……、……(それはそうだけど…。ひまでしんじゃう)」
「………、(修行なら付き合ってやるぜぇ)」
「……、(…わたしにそれを言うの?)」
「……、………………(冗談に決まってんだろ。お前と修行したって修行にならねぇだろうからなぁ)」
「………、………(……いじわるアーロ、せいかくわるアーロ)」
「……、(何とでも言えぇ)」
「………、(ふかひれやろう)」
「……………、(今なんつった鳩サブレごらぁ)」

その時、コンコンとノック音と誰かを呼ぶ声が聞こえた。二人は動きを止め、音のした方向に目線を向けながらアーロは少女を床へ下ろす。敵が、ということはまずないだろうが、警戒することが染み付いているようで自然と殺気が漂い出す。
つくねは対照的に、来客だと扉の方へ向かい背伸びをして開ける。
まず、自分とは少しデザインの違う隊服が目に入った。次に目線を上げれば奇抜なヘアスタイルの幹部が立ってる。

「あら?」

彼(彼女?)は少女に気付いていないようだ。扉は開いたが姿は見えず首を傾げている。視界にはアーロだけが映っているはずだ。

「アーロ、あなただけ?」
「……、」

敵でないことに殺気を解き、顎でもう一人の存在を知らせる。その通りに視線を落とせば、つくねが彼を見上げていた。
漸くつくねに気付いた彼はしゃがんで目線を合わせる。


「まあ!つくねちゃんもいたのね〜、小さくて見えな
かったわ。どうしたの、あなたの主人は?」
「………、………!(今はいません、アーロの主人と出ました!)」 

オーバーなボディーランゲージで意思を伝える。これが伝わる伝わらないは相手の読み取りに凡てがかかっているので、つくねも必死だ。彼は少し黙り込んだが、それなりに接しているために何となく言いたいことを察した。

「……、今出てる、ってことかしら。なら伝言を頼める?この後任務があるからこれないのよ。ボンゴレ本部からなんだけど…」

彼が話してる途中、何か忘れ物に気付いたようにハッとした。しかし話の途中で背を向けられず、取りに行けなくてどうしようと狼狽している。そわそわしている様子に見かねたアーロがつくねの頭をツンツンとつついた。

「……、(アーロ)」
「………、(忘れもんだぁ)」
「……、!(あ、ありがとう!)」

アーロからメモ帳とペンを受け取り、彼に差し出す。

「メモ帳?……ああ、要件を書いてほしいってこと?」

ナイスな理解力に大きく頭を縦に振る。彼に要件を書いてもらい、主人に言われていたミッションは何とか達成された。一安心してるところに、そうだ、という少し浮かれた声が降ってくる。

「お留守番してるつくねちゃんに、はいこれ。知り合いのパン屋さんから貰ったのよ」

そういって差し出されたのは、袋に入ったパンの耳(しかもパンの耳オンリー)。
見た瞬間に、ぱあああああっとつくねの表情が今日一番に輝く。人の姿に成ったとは言え中身は鳩、好みもそこに準じてるようだ。ほしい、ほしいとわくわくする少女に袋から一つ取り出して差し出すと、嬉しそうに受け取って頬張る。美味しいと緩んだ気持ちを全面に出してくるところは主人と違うらしい。

「あなたも食べる?」

来客者は小さく笑って袋を揺すって見せるが、アーロは険しい顔をするだけだった。それはそうだ、鳩のつくねはいいだろうが、鮫であるアーロがそんな柔いものを食べる訳がないし性格的にも欲しいと思わないだろう。それを知っていて聞いてくるのは、彼の悪戯心からか。
そんなことをしてるとあっという間に一つを食べ終えたつくねが、もう一つ!とぴよぴよと来客者の袖を引っ張る。来客者がもう一つ袋から出そうとすると、アーロが袋を奪い取った。

「……、(甘やかしてんじゃねぇぞオカマぁ)」
「あら、困ったお兄ちゃんねぇ。欲しいならそう言えばいいのに」
「……!!(要るかぁ!!)」

ダァン!と強く床を踏みつけて威嚇するが来客者はどこ吹く風、呑気に手を振って立ち去ってしまった。
イライラしてるのも気にせず、つくねはちょいちょいと少年の裾を引っ張る。

「……、(アーロ、パンちょうだい)」
「……、(駄目だぁ)」
「……、?!……!!(ええ!なんで?!)」
「………、(お前も匣兵器の端くれなら誰も彼もになつくんじゃねぇ。情けねぇぞぉ)」
「………、……(あの人幹部でしょ、危険はないはずだよ)」
「……、…(心構えを言ってんだ。身内でももう少し警戒しろ、敵が化けてたらどうすんだぁ)」
「……。(はぁい………)」

しょんもりと肩を落とすつくね。間違った言い分はしてないのだが、落ち込む姿に罪悪感をつつかれて心がぐらつくアーロ。 しかしここでグッと堪えるのが保護者の役目…。
デスクに袋を置いて、はぁと溜め息を付く。

「……、(つーかおせぇなぁ……)」

何をしてるんだか。確かに少女の言うとおり、暇で死にそうだというのは間違いではない。動き続けなければ死んでしまう鮫、まさにその通りの身としてはじっとしてるだけでストレスが溜まってくる。かといってこの場を離れる訳にはいかない。
寄り道をするような主人達ではないと思うが、アーロからしたら早く戻ってきやがれと思わざる得ない。何故なら動かなければ死ぬ鮫だからだ。

「……、」

そんなことを考えていると、くいくいと袖を引かれた。また下から視線を感じる。視線の元を辿ると、何も言わずただ目で訴えてくるつくねが居た。何か言いたそうだ。
しゃがんで目線を合わせる。

「……(なんだぁ)」

すると突然、銃を模して人差し指をこちらに向けた。

「……、!(手を上げろ! )」
「……?(……は?)」

意味不明だった。少女は見た目同様中身も子供なために、行動が突発的で意図が読めない時がある。他の匣兵器と比べて一緒にいる時間は長く、何をしたいのかある程度読めるにしてもそれは氷山の一角に過ぎない(多くは深い意味などない)。
つくねはぽかんとしてるアーロに再び同じ要求をする。

「……!……!……!(てーをーあーげーろー!)」
「……、(手ぇ?)」

自分の手のひらと相手を交互に見る。何を考えてるか分からないが、少女の意図を読み取るのも面倒になってきていたアーロは相手の言うとおりに手を上げてみる。

「……、(これでいいのかぁ?)」
「……!」

アーロが手を上げた次の瞬間、つくねの目が怪しく光った。
次の瞬間、

「………?!!(な……っ?!!)」





「ごめんねつくね、お待たせ。良い子にして待って…」

漸く戻ってきた主人達。仲裁役の彼女の手には、揚げたパンの耳に砂糖をまぶしたお菓子があった。どうやら留守番をしてたご褒美を作ってて遅くなったらしい。
部屋の扉を開けて止まってる彼女に、銀髪の男が後ろから疑問を呈する。

「う"ぉ"お"い、どうしたぁ」
「いや…、何か微笑ましい光景があってちょっと疲れが浄化しただけ」
「はぁ?なに言ってんだお前」

突拍子のないことをいう彼女に怪訝な顔をして、部屋を覗く。
そこには、

「……、♪」
「………、!……………!!」

お腹に腕を回して満足げに抱き付いてるつくねと、両手で顔を覆って静かに身悶えしているアーロだった。
子供故の純真無垢な行動に、どうやらアーロはやられてしまったらしい。待たされたイライラも何処かへいってしまったようだ。
その様子を見た主人たちは、

「……なぁ」
「やらないよ」

さて、どうだったですかね。
匣兵器が主人のストレス発散に一躍かっているというのは、あるようでないような、ないようであるような感じでしたかねー。でもまあ、少なからずご主人の思いとかはありそうでしたね、『甘えたい』『甘えられたい』っていうのが何となくあったような気がしますー。馬車馬みたいに仕事ばっかしてる二人ですからー。

「ん……?ちょっと、誰かいるの?」

おっと。これ以上居たら鬼瓦先輩に刺されてしまうので、ミーはこれで失礼しますー。

「あ!フラン!あなたそんなとこで何してたの?!」
「う"ぉ"お"い!なんだそのノートは!何してやがったぁ!!」


あれが隠れた欲求なのかどうかの判断は皆さんにお任せしますー。
それではー。




(なんでこんなことしてたか?それは秘密ですー)

(2017.12.3)


prev / next

[ back to Squalo story ]


×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -