イタリア旅行記B

ガガガガガガガガガガガガガガリガリガリゴリガリゴリゴリゴリゴリゴリッッッ!!と空の薬莢の落ちる音が入る隙もない轟音が、鼓膜から脳までもを震わせる。コンクリートを削り取り、ゴンドラを廃材へと変貌させて、綺麗な街並みをまるで紛争地域のような有り様に変貌させていく。足元には、血溜まりや地面に伏して身動きしない身体が店を広げていた。
無論、それは私たちのものではない。

「う"ぉ"お"おおいッ!!よえーぞぉお!!さっきまでの威勢はどうしたぁ!」
「ば、バカな…、五十…いや、百人以上いたんだぞ?!それが、たった二人に…ごぶぁ?!」

音もなく、青い炎に包まれた巨大な鮫が血に吸い寄せられるように宙を泳ぎ、敵を文字通り食い荒らしていく。そして彼もまた、敵から奪った刀で同様に斬り倒していく。その気迫と圧倒的な力の差に、全体の士気は目に見えて落ちていった。

「俺を殺りたきゃ百万人呼んできやがれぇ!!このクソカスどもがぁ!!」

最悪な状況からの逆転、というのは何とも胸のスッとする展開ではあるが、彼は最高に不機嫌だった。まあ、折角の休暇を潰されたのと頭数だけ揃えてロクな戦闘力もない構成員と戦わされたとあっては、怒れるのも無理はないと思う。
私は建物の中で壁に寄りかかり、太ももに付けていたホルダーから弾倉を出して装填する。割れた窓から顔を出して、物陰に隠れている敵を的確に打ち抜いていく。

「ちょっと、誰かは残しておいてよ。何の目的でこんなことしたのか報告できなくなるから」
「そんなもんにまで気を回していられるかぁ!!自分でやれぇ!」
「…『お手』の前に『手加減』を覚えさせないといけないかな」

元々は自分の蒔いた種、収拾つけるところまでがセットだ。文句は言えないし、むしろ巻き込んでしまった彼には申し訳ないところだ。あとで何かお詫びでもしないといけない。
携帯を片手に視界に映っていた敵を掃討したが、手持ちの銃が引き金を引いても弾を発射しなくなった。持っていた弾倉を追加しようと思ったが、どうもそれも底を尽いてしまったようだ。
さて、次はどう戦おうかと考えていると室内から人の気配を感じた。
咄嗟に銃口を其方へ向けると、部屋に潜んでいた例の幹部だ。指からは青い炎が揺らめいている。

「お前、確か匣の属性は晴れだったな?お前の事は調べさせてもらったぜ…回復が主の後方支援なんて、ここじゃ雑魚同然だな」
「酷いこと言いますね。そうだったらとっくに引退して田舎でゆっくり暮らしてるわ」
「お望みとあれば、骨を日本に送っておいてやるぞ?」

幹部とあって、匣を持っている。
今の時代、銃や爆弾なんかのアナログな武器が現場で最強というわけではなくなった。匣兵器、と呼ばれる特殊な生物兵器が戦況を大きく左右するものとなっている。故に、如何に匣兵器を手に入れるか、扱うかというのに各組織は躍起になっている(数があっても扱える人材や炎の量が足りなければ意味はないのだが)。

「(雨の匣…スクアーロと一緒か。攻撃、防御、匣能力の抑制の効果を持つ…)」

どんな生物兵器なのか興味はあるが、わざわざ相手に先手を譲る必要はない。開匣される前に決着をつけたいところだ。

「じゃあ冥途の土産に教えてくれませんか?あなたたちの目的。何故ボンゴレを攻撃するのですか?」
「もうボンゴレの時代は終わりなんだよ」

何を言い出すんだこいつ、と喉まで言葉が上がってきたが、敢えて飲み込んだ。

「ただでかいだけの組織じゃこの後の時代は担えない。しかもボンゴレのトップはまだ若いと聞く…、そんな若造に組織が回せるか?裏社会を牛耳れるか?答えはノンノだ。重圧に潰されて早死にするのがオチだろ。なら、社会の厳しさを知る前に落としておこうと思ってな」

その一言二言を聞いて、何となく全貌が分かった。つらつらと講釈を垂れているが、つまりは現ボンゴレ十代目がまだ若く巨大組織をまとめきれないだろうから、内部から崩してのし上がろう、あわよくば自分たちがトップに躍り出ようということか。
なんと浅はかで、なんと在り来たりな目的。

「ああもういい、もうわかった」

思わず言葉を遮った。余りに下らな過ぎて、幼稚すぎて、憫笑が浮かぶ。聞いた方が恥ずかしくなる。これ以上はもう聞く必要はない。聞くに値しない。
いや、それ以上に。

「猛烈に腹立だしいわ」

ゴウッ!と指につけていたボンゴレリングから黄金色の炎が溢れる。

「そんな陳腐な妄言のために休暇を潰されたなんて、笑い話にもならないのよ。そんな話、鳥にでもくれてやるわ」
「なんだと、貴様…!」

幹部が匣を開けようとした瞬間、何かに気付いた。
この部屋の、異様な明るさに。今更気付くなんてと最早笑いも起きない。
視線を上へ持ち上げれば、そこには、
鮮やかに輝く無数の黄金色の鳥。

「な、んだ…?」
「あなたがここに来るであろうことは予測していました。来るより先に、匣を開いておいて正解でしたよ」

男の顔から、みるみるうちに血の気を引いていく。
まるで餌に集まるカラスの様に不気味で、生物的な恐怖を煽る数の圧力に匣を開ける手が止まっている。

「私の匣兵器、晴鳩(ピッチョーネ・デル・セレーノ)。可愛いでしょう?個体自体は大きくありませんが、数はそれなりに居ますので群で飛ぶ姿は鳳凰の如く美しいと評判を頂いています。最期に見られてよかったじゃないですか、素敵な『冥途の土産』ができましたね」

きッ、と何かを言おうとしたが、それが出されることはなかった。
輝く平和の象徴は敵幹部に目掛けて一斉に羽ばたき、相手の肉体をその身を持って粉砕する。




「ったく…雑魚どもがぞろぞろと…!うぜぇぞぉお!!」

雑魚のくせに無駄に数の多い…。だが数は確実に減り、あとは二十弱ほどまでになった。あと三分もあれば完全清掃できるだろう。
雨の匣の力でこの辺り一帯にゲリラ豪雨のような雨を降らし火器を封殺する。薬莢が湿って引き金を引いても返事をしなくなった武器に気を取られている間に、一気に攻め込む。
あと十人、というところで突然建物の天井を突き破って何かが打ち上げられたのを視界に捉えた。同時に長い尾を揺らした巨大な鳥、鳳凰のようなものが空を舞い上がる。しかしよく見れば、何かが群れを成して巨大な鳥の形をとっている。

「(あれは…あいつの匣兵器か。どうやら向こうは片付いたようだなぁ)」

打ち上げられたものは人の形をしていた。意識を喪失してるのか、宙に放り投げられても身動ぎひとつせずに頭から地面に落下していく。そのまま行けば、仮にまだ息があったとしても楽に逝けただろう。
だがその人物が、スイカを叩き割ったように赤い汁を散らす直前、今度は晴鳩の一群が急降下してその人物の下へ滑り込んできた。おかげでひしゃげる様を見ずに済んだが、こういうところがあいつの甘いところだ。まぁ、今回は誰か残して事を白状させなければならないからこれが正しいのだろうが。
当の本人は肩に一羽晴鳩を乗せて、悠々と瓦解する建物の中から出てくる。クルクルと猫が喉を鳴らす様に鳴く鳩に頬を緩める姿を見ると、大した怪我もしてないようだ。へまをするような奴ではないが、やはり怪我がないということには毎度安堵を覚える。

「て、何だぁそのボロボロな姿はぁ!チャイナ服みてえになってんじゃねぇかぁ!!」
「いや…スカートだと動きにくいから…動きやすいように裾からこう、ビリッと」
「てめぇ…、……ぁ"あ"くそ!あとで仕立てるからなぁ!」
「お店もう閉まってると思うけど…。ちなみにそっちの塩梅は?」
「あと一分、いや、三十秒で片してやるから待ってろぉ!!」

了解、と晴鳩を出したまま少し離れた場所に待機した。
していたはずだった。

その数秒後、真守は忽然と姿を消した。





「制圧完了だ。そっちは?」
「こっちも終わったぞ。で、首謀者は?」
「まだ本拠地にいた。今拘束したって連絡が入った」
「ったく、こんな人数で本部に突っ込んでくるなんざ俺たちをバカにしてるぜ」
「全くだな」

その時、ポケットに入れていたプライベート用の携帯が振動した。気付いて通知をみると、それは馴染みのある相手からだった。
無線の方を一度切り、携帯に耳を当てると何やら絶え間無い発砲音が背後から聞こえてくる。その発砲音の中から、この携帯へ掛けてきた本人と、聞き覚えるある低い怒号が重なって入ってきた。何んと聞き取りにくいことか。
邪魔な雑音から何とか必要な事を聞き、記憶に留める。
まだ電話の向こうでは騒ぎは治まっていないようで、聞くだけ聞いて分かった、伝えておくと一言返して通話を切った。今度は耳につけた無線に切り替える。

「おい山本、誰からだ?」
「よく知ってる旅行者から。幹部の方はもう捕らえたってさ。あと朝方までに処理班、回収班、損壊した建物が幾つかあるから代わりを幾つか寄越してくれって。今動ける班があるか?」
「建物の代わり?!んなもん都合よくあるかよ無茶ぶりしやがって…!処理班と回収班は確か空きがあるはずだ、すぐ向かわせるっつっとけ!」
「ああそれとな、もう一つ申請があったわ。これはツナに伝えて欲しいって」
「はぁ?!今度はなんだ、増援か?」

いいや、と彼の言葉を否定して和やかな笑みを浮かべる。

「今ヴェネチアに旅行に行ってる二人分の休暇、一日延長してくれってさ」




一先ず、本部への連絡は済ませた。あの人はこちらの状態を深くは追求してこなかったが…、恐らく戻ったら事細かく聞かれるんだろう。仕方ないことだが、何か私にも処分が下ることを思うとため息が出る。
ちらりと、幹部を横目で見る。
幹部の周辺を晴鳩で監視させている。彼はまだ生きている、この襲撃の目的や首謀者を吐いてもらうため命までは取っていない。しかし無事であるわけでもない。実際の身体の損傷は分からないが、数十羽の晴鳩の打撃を直に受けているのだ、少なくとも上腕、膝、肋骨の半分はお陀仏してるだろう。晴鳩の監視がなくてもその状態で動き出せば分かるが、念のためだ。
スクアーロが残りの残党を片づけるのを待ってる間、肩に乗った晴鳩の首を指先で擽ると、くるる、と鳴いた。なんと可愛らしいことか。

「(それにしても、何で本部じゃなくて態々こっちを狙ってきたんだろう。…ああ、旅行中で大した装備もしてないからか)」

どうやってヴェネチアに旅行に来ていることを知ったのかは分からないが、大方、丸腰なら数で押せると思ったのだろう。一般の空港を使えば火器、武器の類は当然持ち込めない。ところがどっこい、飛行機はヴァリアーの専用旅客機で泊まるホテルもボンゴレお抱えのものだ、何の問題もない。ヴェネチアでも『商店』を展開している場所はある(もちろん一般には公開されていないが)、現地で入手しようと思えばできるのだが襲われてからでは意味がない。だから手持ちの武器は最低限持っている。
ただそれはあくまで護身用程度で、使うことなど滅多にない。それでも巻き込まれるとは相当運が悪いとしか言いようがない。

「日頃の行い、ってやつなのかしらね…。おのれスクアーロ」

その時、監視のために出していた晴鳩が突然羽ばたき出した。
まさかあの怪我で動いたのか、と思い咄嗟に視線を移すが、その騒がしさとは反対に幹部に動きはなかった。先ほどと同じように横たわっている。

「……?誤反応かしら」

まさか援軍?とも考えたが、新しい気配や人影はない。だが晴鳩は未だに羽ばたきを止めない。何かしてる、と言語はなくとも行動で必死に訴えている。
確かに何か、妙だ。彼に違和感がある。
やることは全てやったはずなのに、何か見落としてるような、そんなざわつきが胸に燻る。
ハッとして幹部の体の下に隠すように入れられた手を引っ張り出した。

「(炎が、灯っている)」

生きているのだから当然なのだが、見るべきはそこではない。
開封済の、青い匣。
それを見て、事態を察した。
もう遅いというように、男の口元が、緩やかに弧を描く。

「まさか、あの時すでに開いて」




何かが水の中に落ちるような音がした。明らかに雨の音とは違う、子供が勢いよくプールに飛び込むような目立つ音だ。音に反応して振り向いたときには、すでに彼女の姿はない。

「真守?!」

最後の一人を斬り倒し、いたはずの場所へ走る。水飛沫はおさまったが、細かい気泡と波紋がそこに何かがいることを示していた。その上を、一羽の晴鳩がぐるぐると回旋する。
彼女の横でのびていた筈の男も居なくなっていた。近くに開かれた匣がある、匣兵器に不意打ちをつかれて水路に引きずり込まれたのか。
いや、こいつも晴鳩を出していた。このぐらいの不意打ちならすぐ反撃に移れるはずだが…。

「何で他の晴鳩が動いてねぇんだぁ…?」

鎮静の雨は匣兵器の性能を抑える力もある、そのせいで動けないのか?しかしそうであっても腑に落ちない。
匣兵器はそのモチーフとなった動物本来の性格と所持者の性格、意思が反映される(無論全てがそうと言うわけではないだろうが)。彼女が危機に陥れば、防衛の意思が働いて反撃に出てもいいはずだ。全く動かないというのはおかしい。
と、そこまで考えて、彼女が落ちたであろう水路に意識を向けた。
激しく浮いていた気泡が、少なくなってきている。そこで漸く理解が追いついた。

「(いや、違う。動かないんじゃねぇ、『動けない』のか!)」

瞬間、多く居る晴鳩が風に吹かれて消える蝋燭の様に、ぽつぽつと姿を消し始めた。
匣兵器は所持者のエネルギーとリンクしている。所持者が弱れば匣兵器の動きも鈍る。
極論、所持者が死ねば匣兵器も消えるということ。

「クソッ!アーロぉ!」

宙を泳ぐアーロを水路に潜らせる。
数秒後には水路の底から、言葉では表現できない何かの絶叫が響く。やはり水路に何か、匣兵器が潜んでいる。アーロとその匣兵器が暴れ水面は波打ち、鎮静の雨で増水した水路の水が、陸路まで溢れてくる。
その間にも、晴鳩は横たわり消えていく。
まるで何かのカウントダウンのような、一羽消えるたびに焦燥が強くなる。
水路の上を旋回する一羽が消える前に引き上げなければ、何もかもが手遅れになる。ここに居る意味も、わざわざ休暇を取った意味も、全て泡と消える。それだけはあってはならない。
自分が居ながら、自分の目の前で、彼女が死ぬことなど。決して。
早く、早く、早く!!

「さっさと顔出しやがれぇ!!」

雨の音に勝る大音量で水路に向かって叫ぶ。
ズズッ、と水の底から影が浮かんできた。それは徐々に大きくなり、イルカショーの様に水を押し上げて勢いよく飛び出した。同時に最後に残った晴鳩が羽ばたくのを止めて、ふわりとあっけなく姿を消す。
アーロと、敵の匣兵器である雨属性のタコとその所持者、そして宙に放り出された、

「真守ッ!!!」

抗いもせず重力に従って落ちる彼女を、地面に直撃するすれすれで受け止める。服が水を擦って軽いはずの彼女の身体に重りをつけている。
食いちぎられた雨蛸は箱に戻り、雨蛸の所持者も一緒に引き上げられたが、片腕が欠損し酷い出血に苛まれている。が、そんなことは知ったことではない。
腕の中の彼女が、一向に目を覚まさない。

「おい、起きろぉ!寝てんじゃねぇぞぉ!!」

呼びかけ、頬を叩き、何とか目を開けさせようと試みる。唇の青さが、肌の冷たさが、最悪な予感を呼び寄せてくる。
その時、げほッ、と水を吐いた。

「ごほッ、げほげほがはッ!…、ぇ……はぁ、はぁ…」
「真守?!無事かぁ?!」
「は、ぁ…す…く、 あーろ……」

虚ろな目で、焦点も合わないような様子で彼女は疲弊していているが、その様子にひどく、ひどく、安堵した。
どんな状態であれ、最悪な事態は免れた。それが何より胸を撫で下ろさせた。

「…くる、し…………すく……」
「だからお前はツメが甘ぇんだぁ。何時までも手間かけさせんじゃねぇ」
「……わる…かった、ね………」

喘鳴を混ぜながら小さな声で答えて、再び意識を飛ばした。今までの疲労と襲撃で負った疲労で体力の限界を迎えたんだろう。呼吸に合わせて、その体は小さく静かに上下している。
雨はとっくに枯れて、自分の髪から滑り落ちた水が彼女の顔を濡らす。落ちた滴を手で拭い、良かった、とぽつりと静かに溢した。
その後、ボンゴレから派遣された回収班と処理班にあとを任せて、彼女を抱き抱えてその場をあとにした。





(2017.11.1)


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