お子様の取り扱いにはご注意をD


「どういうことか、説明してもらえるかしら」
「……、」

目を覚ましたときには、不機嫌にこちらを睨む真守が居た。対して俺は彼女に向き合う形で居座る。別に俺が悪いことをして説教を受けてるわけではない。
こうなったのはほんの十分前だ。深く眠りについていた俺の意識を引き上げたのは、聞き慣れた声と揺り動かされるような振動だった。

『ねえ、ちょっとスクアーロ。起きて』
『あ"ぁ…?なんだぁ、ちゃんと言えるじゃねぇか…偉いぞぉ』
『何言ってるのよ、寝ぼけてないでちゃんと起きて』
『……、……ガキの成長ってのは一夜城かなんかなのかぁ?』
『どこで一夜城なんてものを覚えたのかは知らないけど、この状況についてはきっちり思い出してもらうわよ』
『俺の部屋で寝てたことなんてよくあることだろぉが。そんなことで一々起こすんじゃねぇ』
『そういうことを言ってるんじゃないわ。まだ夢の世界なら現実に引きずり出してあげるけど』
『……、グリーンピース食って急成長した』
『寝起きで説明が面倒だからって!ちゃんと一から説明して!刺すわよ!』
『分かった分かった、説明してやるからその万年筆を仕舞え』

大した回想ではないが、経緯としてはこうだ。
一糸纏わぬ姿で居たらしい彼女が服を着てる間、寝起きの頭を起こすためコーヒーを淹れる。

「スクアーロ、私お茶でお願い。量は三グラムでお湯を入れたら急須を十六回回して、数回に分けて湯飲みに」
「あ"あ"うるせぇぞぉ!さっさと服着やがれぇ!!」

お茶に関して口煩く言う真守に一喝する。回数なんてきっちりやってられるかお茶奉行がッ!
彼女の奇妙な拘りにため息をつきながら、コーヒーとお茶の準備を続ける。棚から取り出したお茶缶を指で軽く叩いて、急須へ溢すように茶葉を落としていく。

「(今回の全貌を知る俺からすれば、元に戻った、という感想だけだが……、あいつはそうじゃなさそうだなぁ)」

彼女の口振りからして、子供の間の記憶は抜けてしまっているようだ。子供になる前の、談話室のソファで寝ていた時から記憶が飛んでいる、つまり『ソファで寝ていたはずなのに何故ベッドに?瞬間移動?気で宙を舞える能力覚醒?』という事態になっているということだ。
ここで俺が部屋に連れていったという選択肢が出てくるかと思うが、それはない。何故なら、植物園で転た寝していた真守が寝惚けて開匣し、晴鳩をボディに食らわされたという過去があるからだ。俺が運ぶわけもない、他のやつが運ぶわけも自分で動くわけでもないとなれば、思考は行き詰まるだろう。
着替え終わった真守に湯飲みを渡して、ベッドに腰を下ろす。男物を着てるせいか服に着られている感があるが、彼女は大して気にしてないようで暢気にお茶を啜る。

「スクアーロ、今日の仕事は午後から?」
「ああ、お前もかぁ?」
「そうね、急ぎの書類もないし会議の予定も午後からよ」
「そいつは何より。予定があったら危うく上から大目玉食らうところだったなぁ」
「お互い余裕はあるようだし、本題に入りましょ」

こと、とデスクに湯飲みを置く。

「どういうことか、説明してもらえるかしら」

十年も過ごしてきたのだ、彼女の心境は概ね分かる。問われるものとしたら、何故ここに、というのもあるだろうが、その裏にあるこの静かな怒りは別のところから来ている。差し詰め『疲れてる上に更に疲れることを(同意もなく)しやがって』と、言ったところか。仮にもヴァリアーに所属している身だ、柔な身体のつくりをしてるわけではないがふらふらな状態で仕事に出るのが嫌なんだろう。しかし残念、その推察は大外れだ。むしろ俺の方が疲れたんだ癒されもしたがな。
誤った想像と不名誉な疑惑を訂正をさせるため、事実を話す。

「まず前提としてだなぁ、お前がガキになったんだ」
「私フィクションドラマの話なんて振ってないんだけど。今日の夢の話?それとも馬鹿にされてるのかしら」
「その神妙な目をやめろぉ。俺の頭がいかれた訳でも俺の願望でもねぇ、事実として受け入れろ」
「……、とりあえず最後まで聞くわ」
「賢明な判断だ」

正面から見据える彼女に説明する。

「いいかぁ?談話室でガキの姿になったお前を野放しにできねぇから監視すべく俺が部屋に連れてった。お守り、飯、風呂、着替え。何一つ自分で出来ねぇお前の世話を全てやったんだぁ。ったく、一人で留守番も出来ねぇなんて思わなかったぜぇ。戻ったら居ねえんだからなぁ……、しかもちょっと叱ったら泣くしなぁ。ああでも普段泣くことなんてあんまりねぇからレアだったぜぇ。飯の時にはグリーンピースが食えねぇって喚いたが全部食わせたぞ。お前ガキの時グリーンピース苦手だったんだな、今はもう普通に」
「ちょっと待って」

ストップがかかった。まだあちこち動き回った事やベルとフランに遊ばれた事なんかを話してないが、彼女はもうお腹いっぱいですという風に眉間に手を当てて俯いている。

「まだ最後まで話してねぇだろぉ」
「割りと最初の時点で置いていかれてたけど、少し整理する時間を頂戴。ていうか後半あなたの感想じゃなかった?そもそも本当に子供になったの私」
「前提は覆すなよ。お前がガキだったのは他の幹部もその目で見た絶対的事実だからなぁ」

こいつの理解力ならそう事細かに説明しなくても察せれるようなものだが…そうでもないらしい。まあケースがケースだ、自分が子供になったなんて特殊すぎる上に記憶がないとあっては理解に苦しむのは当然だろう。
コーヒーを飲み終えてサイドテーブルにカップを置く。悩むように黙っていた真守はやがて話を確認するように、

「私が何らかの理由で子供になって…あなたが私を部屋に連れてって…その、色々世話をしてくれたという、こと?私が横で寝ていたのも、?」
「…まあそういうことだな。ガキのお前は中々お転婆だったがベッドの中じゃあ大人しかったぜぇ」
「…………………そう」

彼女は今の話を見事にまとめたが、どうもしっくり来ないというか辻褄が合っているのかという怪訝な顔をしてる。自分が子供になったという非現実的事実を、どう説明付ければ良いのか思案しているようにも見えるが、何か思い詰めたような返事が引っ掛かった。
怒りは消えて今度は身体に変調がないかを確かめるようにあちこち見たあと、咳払いして意を決したように向き直る。

「………まぁ、あなたにどんな趣味があっても受け入れられるところは受け入れていくわ」
「は?お"い」
「だけれど、他人の子供で同じことしないと約束して。如何にマフィアで法に触れるレッドゾーンに頭まで浸かってるにしても、最低限の倫理とモラルは守ってほしいの」
「待て、何の事だぁ」

俺の制止も聞かずに勝手に納得して勝手に話を進めている。なんか、不味い気がする。このままこいつがこのお子様騒動を完結させてしまったら、在らぬ誤解を根付かせてしまう気がする。
真守は頬に手を当ててゆるゆると首を振りながら、

「ヴァリアー幹部って各々特殊な性癖があるけど、あなたにもそういう趣向があるのは少し意外だったわ。十年、あなたと過ごしてきたけどまだ知らないことってあるのね」
「待て、待て待て待てちょっと待てぇ!お前、何か勘違いしてんじゃねぇだろうなぁ?変な方向に話をまとめようとしてんじゃねぇ!」
「勘違いなんて。大丈夫よ、あなたにどんな趣味があろうと今さら離れたりしない。今まで通り接するわ」
「聖母みてぇな笑みを止めろぉ!そういう趣向だとか特殊な性癖だとか、てめぇ俺にどんな趣味があると思ってんだぁ!!」
「え、だって……、子供になった私の世話をしてくれたのよね?」

何故怒鳴られてるのか分かってないのか、狼狽しながら恐る恐る応える。

「食事とかお風呂とかは分かるのよ、分かる、けど……。でも、起きたとき…服、着てなかったし……、ベッドの中じゃ大人しかったって、そういう事なのかなって…」

俺の反応から自分の推測に自信がなくなって尻窄みに声が小さくなる。
俺はその推測を聞いて思わず呆気に取られ、
笑ってしまった。

「ふ、は。ははははははっ!あーそうかそうか」
「え、あの」

真守は何故この場面で笑っているのか分からないようで戸惑っている。彼女の中で『子供の自分』が一体どの程度の年齢を指しているのかは分からないが、言わんとしていることは理解した。だからこそ、笑いが堪えきれなかった。
肩を揺らし片手で顔を覆いながら、

「なるほどなぁ、お前の中で俺がどういう風な位置付けなのかよっくわかったぜぇ」
「す、スクアーロ……?」
「お前あれか?俺がガキのお前に手を出したと言いてえのかぁ?たった三、四歳そこらのお子様に欲情したって、そういうことかぁ?」
「え、三、四歳……。…あの、スクアーロ…、顔、怖い…」

ぶち、と頭の血管が八割が切れる音がした。

「ん、……っなわけあるかあぁ!!!」

サイドテーブルを勢いよく叩くと同時に、真守の肩が大きく跳ねる。いつもなら反論の一つや二つすぐに飛んでくるものだが、今回に限ってはぶつけられた声と感情に目を白黒させて言葉を失っていた。

「仮にてめぇだろうとガキに手ぇ出すほど落ちぶれちゃいねぇ!てめぇが素っ裸でいたのは元に戻って服が破れたからに決まってんだろぉ!勝手に人を変態呼ばわりしてんじゃねぇえ!!」

昨晩子供だった彼女が着ていた着ぐるみパジャマの残骸を床に叩き付ける。繊維が剥き出しになり、びりびりに破けているがそれとなく服の原型を予想できるぐらいには形を保っている。しかし普通に考えれば、如何に女と言えど幼児の服が大人の体格に耐えられるわけがないのだ。不可抗力とはいえ、あれだけ世話を焼かせといて変態呼ばわりされては合わない話だ。いくら記憶がないとはいえ、勘違いも甚だしい。

「大体、こっちはてめぇのお守りをしたんだぞぉ!他組織の情報を持つお前がガキになったと反ボンゴレ組織に知れれば、ボンゴレに大いに損失を生みかねぇからなぁ!」

苛立ちを隠すこともせず、胸の前で組んだ腕を指でトントンと叩きながら、

「態々本部に乗り込んでくるクソカス共が居るとは思えねぇが…、ただえさえ恨まれ事の多い組織な上、ここのカス共も加減のねぇ奴らだ、下手したら怪我じゃ済まされなかったかも知れねぇんだぞぉ!感謝し尽くされてもおかしくねぇんだ、それなのにこんな濡れ衣を着せられるとは思わなかったぜぇ!!」
「そ、そう…よね。その、あの……ごめん、なさい……私、勘違いし、て………」

いつもの彼女らしくもなくおろおろと狼狽しては、ぽつりぽつりと言葉を溢していく。視線を彼女に移せば、申し訳なさと憤然とする俺に動揺してるのか、アイコンタクトを避けて視線を泳がせていた。苛立って舌打ちをすればそれだけで身を強張らせる。
次の言葉を探してるうちに完全に沈黙してしまった。カチカチと時計の秒針の音が存在を主張する。お互い言葉を発することなく時間が過ぎていく。

「(ったく、しおらしくなりやがって…)」

次第に頭に上っていた熱が引き始め、冷静な思考が戻ってくる。強気に言葉を紡ぐ唇をきゅっと固く結んで怯える彼女が、普段よりも小さく見えるのは恐らく見間違いではないだろう。怒鳴った俺が言うのも何だが、ビビりすぎではないか?
しかし、いつまでも黙りこくっているわけにはいかない。午後にはお互いに仕事が待っている。俺はいいがこいつがこのままショボくれては少なからずミスが誘発されるだろう。回り回って、そのミスが俺へのツケとなってくるのは面倒だ。
がしがしと頭を掻いて立ち上がり、椅子に座る彼女の前まで歩を進める。彼女に影を落とし、手を伸ばしただけで身体が固くなり身を縮ませた。ここまで怯えられると些か罪悪感が心をつついてくるが、片手で顎を掴んで無理に上を向かせる。伏せていた顔が上がると、不安そうな目の色が映った。

「……っ!」
「……はっ、まだガキの感覚が残ってんのかぁ?悄気込みやがって」
「…そ、それはあなたが……そんなに、怒る…から………」
「俺のせいにすんじゃねぇ。もとあと言えばお前が変な勘違い起こすからだろおが」
「…………………、」

拗ねたような、子供っぽい理由だ。それほど、落ち込んでるということなんだろう。
顎を掴んでいた手を離し、彼女の頬を両手で包み直す。

「おら、許してやるから確りこっち見ろぉ」
「…………………、」

ちらりと目を合わせるもすぐ伏せてしまった。怯えの残る視線がゆらゆらと下方で揺らぐ。しかしいつも精悍とした佇まいでいる印象があるせいか、これだけ弱々しいというのが物珍しく映る。三十路なのにまるで雨に濡れて震える子犬のような様ってのはどういうことだいやだが悪くはおっとそんなことを言ってる場合ではない。
口元が緩みそうになるのを堪え、そっと指で頬を撫でる。

「悪かったなら、ちゃんと目ぇ見て『ごめんなさい』だろぉが」

子供に言い聞かせるような言い方に気まずさもありながら、見上げる真守の唇がゆっくりと動く。

「…………………………………ご、ごめん…なさい………」
「よぉし」

言葉を聞いて、額に口づける。リップ音がすると彼女の肩が僅かに跳ねた。顔を確認しなくてもポカンとしている様が目に浮かぶ。
案の定、何が起きたのか分からないというような顔をして見上げる真守に小さく笑って見せた。

「もうこれでチャラだ、いつまでもンな泣きそうな面してんじゃねぇぞぉ」
「別に泣いてなんて…。わっ、ちょっと」

わしわしと髪を掻き乱すと、抵抗する手が出てきた。しかし俯く彼女の口元が緩く弧を描いている。どうやら気分も持ち直したらしい。これで一段落ついたな。大人に戻っても手がかかるところは変わらない。
誤解も解け、蟠りも無くなったところで隠れていた腹の虫が腹が減ったと訴えていることに気付く。支度や移動を考えると時間に一抹の不安を感じるが、腹が減っては何とやらだ。

「飯でも食いに行くか?朝食ってねぇしなぁ」
「そう、ね。朝食ももうないだろうし、バールに行って食べましょ」

その前に着替えてきていい?とサイズの大きい服を摘まんで広げて見せる彼女に二言返事をして、自分の部屋に戻らせた。
部屋に残り、ベッドに目線を移す。彼女が着ていた子供服を手にして昨日の出来事を少し振り返ったあと、ベッドにあったもの、彼女が着ていた子供服を全て紙袋に詰めて持っていく荷物と一緒にまとめておく。

「……、さて、俺も支度するかぁ」




お互い着替え終わり、食事してすぐ仕事に迎えるよう仕事道具を持って通路を歩く。
もうお子様騒動は完結したものだと思っていたが、真守はまだ解せないことがあると話を続けた。

「そもそも、どうして私が子供になったのよ。前提から解せないんだけど」
「あ"あ?それはフランのクソガキが仕組んだことみてぇだ。お前、談話室で寝る前にあいつに何かされなかったかぁ?」
「フランに?………………………………、あのクソガキ……」
「あったんだなぁ」
「あ、副隊長」

この騒動を引き起こしたの張本人が暢気な顔をして現れた。被害者と加害者の一触即発の場面だが、カエルの被り物をした青年に慌てる様子はない。

「おー、元に戻ったんですねー。良かったじゃないですかー」
「………………、フラン、ちょっと話が」
「ミーには話すことはないので失礼しまーす」
「それはあんたが決めることじゃな……まっ、待ちなさいフラン!!逃がすかこのカエル……っああもうご丁寧に幻術の偽物を置いていきやがって………」
「口が悪ぃぞ真守」
「あなたに言われたくないわ」

今回に置いてはフランもそうだが、あのガキが置いていったものを飲んでしまった真守にも原因があるだろ、というのは飲み込んだ。言わぬが華というやつだ。あのガキ後でシメる、と固い決意を込めた拳を解いて幻術を放置してロビーを通り外へ出る。
と、その前に。

「先行ってろぉ、これを片付けてくる」

ガサリと紙袋を持ち上げる。真守は中身が何なのか分かっているのか否か、紙袋を見詰めた後分かったと一言だけ言って先に城門前まで行ってしまった。
彼女とは別方向に足を進め、屋敷の外にある焼却炉前で歩を止めた。ゴミを燃やすために使われる焼却炉だが、ゴミだけを燃やすにしては規格外のサイズをしている。『ゴミ』というのは塵や埃だけではないということだ。何かと言うのはここで言及しないが。
中身を確認することなく、紙袋を焼却炉の中へ放り込む。ぱちぱちと音を立てて、袋もろとも灰になっていく。別にこの行為に何か決別の意を込めてるとか置いておくとそれこそ『そういう趣味』があると思われるからとか、他意があるわけではない。
必要がなくなった。ただそれだけのことだ。
燃えきるのを見届けることなく蓋を閉める。草を踏み、黒い車が顔を揃えるガレージを抜けて彼女の待つ城門前まで歩く。午後は他組織か同盟ファミリーとの会議だと言っていたか、かっちりとしたスーツ姿の真守がバイクのそばでメットを弄っている。俺に気付いた彼女は手を止めて、

「……もういいの?」
「ああ」
「そう。それじゃ行きましょ」

彼女から投げられたメットを受け取り、バイクに跨る。真守も後ろに乗って腰に手が回される。彼女の存在を背中で感じながら、ハンドルを握ってアクセルを踏み込む。
午後の空に、エンジン音が響く。

「くれぐれも安全運転でね」
「安心しろぉ、事故りゃしねえ」


(2018.2.16)


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