お子様の取り扱いにはご注意をC

ベルたちから真守を回収し、部屋に戻ってきて思わず溜め息を吐く。
腕の中に居る本人は落ち込む様子もなく相も変わらず髪を弄くり回している。やめろと抵抗するのはもうやめた。このぐらいの歳のやつは、無遠慮に懐に飛び込んできたり素直な感情表現をしたりと無邪気な姿を見せるが、逆に言えば本能的に動くということだ。怖ければ泣き、寂しければ人を追う。やはり子供は未知数だ。
床に下ろし、抱っこをせがむ真守に一喝する。

「ったく、うろちょろすんなって言っただろぉが!」
「……!うー………うぇぇぇ……ッ」

服を握り締めてどんぐり眼に涙が溜まる。嗚咽が始まり、顔をくしゃりと歪めて泣き出した。
今回のことはフランが大した目的もなく悪戯の域だったから良かったものの(だが三枚に卸す)、下手に外に出られて他組織の奴に知られたら情報どころか命すら危ぶまれるところだ。ものの良し悪しも安全か危険かの判断も付かない子供を一人で留守番させたのも悪かっただろうが…、約束を破ったことには叱らなければ。
しゃがみ、両手で頬を包むといやいやと首を振ったり手をどけようとするが確り此方を向かせてやる。頬っぺた柔らけぇなおい、餅かよ。…いや、今はそうじゃない。
涙で潤んだ目をする真守にじっと目を合わせて、

「悪いことをしたら、『ごめんなさい』だろぉ?」
「ぅ、ひッく、ご、めん…なしぁ……ふッぇ、え…」

しゃくりあげながら溢すように何とか言葉を絞り出す。泣きじゃくる少女の頭を撫でると、泣きながら近寄って抱き付いてきた。ぽんぽんとリズムよく叩いて宥める。

「(全く…、手のかかる奴だ)」

別に甘くしてるわけではない。一度彼女がその身で反省し謝罪したのであればそれ以上の必要はないと言うだけの話だ。人の説教など、長くなればなるほど意味を成さない。だから端的に悪いものは悪いとシンプルに伝えた方が良い。だから甘いわけではない。決して幼くなった恋人の泣く姿が可愛いだとか素直な態度が愛らしいとか幼女万歳とかそんなことを思っているわけではない。決してほだされてなど!
そこでハッとして、おもむろに咳払いで怪しげな扉に手を掛ける気分から切り替える。
気付けば外はすでに日が傾き、時計の針は夕食の時間を指していた。お茶ももう温いを通り越して冷茶になってしまってることだろう。氷も最早意味がなくなってしまった。
飯…、と思ったところでふと疑問が浮かんだ。涙と鼻水で濡れた顔をティッシュで拭いながら、

「こいつの飯、どうすんだぁ…?」

本人はすっかり泣き止み、『あースッキリした。やや、浮かない顔をしてどうしたの?』というようにキョトンとして見上げてくる。
普段なら食堂で一斉に食事をとるところだが、自分一人だけ食べるわけにも一人で留守番はさせるわけにもいかない。こいつが飯を作れる訳がないし…、作って持ってくるか持ってきてもらうしかない。もしくは、俺自身が作るかだ。料理が出来ないわけではないが、食いたいものを食うタイプの料理には栄養バランスや味付けなどに気配りはない。全ては自分の好みのままなのだ(あくまで自分が食べる分に関しては)。彼女に食べさせるとなれば話は別になる。

「(何を食わせても大丈夫だとは思うが…、相手は未発達な子供だしなぁ。固いものは食えないとか酸っぱいものはダメだとか色々制約はありそうだな…。ったく、ガキってのは本当に手がかかる)」

だが目下の問題は、彼女をどうするかだ。
見慣れたはずの部屋を遊園地にでもきたかのように走り回る好奇心の塊みたいな奴に、キッチンという領域は危険だ。目を離して振り向いたらいないということは充分有り得る。
椅子に頑張ってよじ登る真守を見ながら、さてどうしたものかと首を捻る。しかし端末の着信音で思考は遮られた。音に反応して真守が手を出す前に端末に出る。

「なんだぁ」
『ああスクアーロ、あの子の食事どうしたのかしらってちょぉっと気になったのよぉ』
「ねぇからそっちに行けてねぇんだろぉが」
『あら、随分過保護になったわねぇ。他に知られる危険を考えてなのかもしれないけど、フランのおイタだったって分かったんだし気にしなくてもいいんじゃないかしら?ここに来るのは幹部だけなのよん?』
「余計な茶々が入らなねぇっていうなら行くがなぁ。そうでなくても、んなシルバーがダーツ並に飛び交ってる中にガキを連れて行けるわけねぇだろおが」
『あの子ならその中でも気にせず食べていそうだけどねぇ。まぁどちらにしろもうご飯はないし、追加で頼むしかないわよ〜』
「んなもん言われなくても百も承知だ」

相変わらずの食事風景なのか、ぺーぺー幹部どもが騒いでいる声や食器の割れる音が端末の向こうから聞こえてくる。少し端末を耳から離しつつ、俺たちは俺たちで食うそっちは勝手にしてろと言って通話を終了した。気付けば真守が足にくっついて顔をしかめて唸っている。言葉にはしないが腹が減ったと表情で訴えてきている。
パソコンを立ち上げ、三歳ぐらいの子供に何を食わせていいものか調べてみるとどうも成人の食事と大して変わらないらしい。何だ、思っていたほど気にしなくてもいいみてぇだな。
端末を再び操作し、料理長に追加の食事と子供用の食事を持ってこいと伝え、承諾の言葉を聞いて通話を切った。
さて、料理が来るまでこいつの空腹を紛らわせなければ。喚かれると面倒だ。



数十分後。真守にお茶を飲ませているとノック音が聞こえ、扉を開けると料理長がキッチンワゴンに料理を乗せて立っていた。真守が顔を出す前にキッチンワゴンごと部屋の中に入れて料理長を下がらせる。

「……!ごはん!」
「ちょっと待ってろぉ、準備してやるから」

早く早くと目で急かされ、ローテーブルに食事を並べる。
カプレーゼとカルパッチョ、フリッタータのサラダと前菜が並び、メインにはタリアータとペスカトーレ、ドルチェにはフルーツにパンナコッタと一般的な夕食に比べれば豪華に見えるだろうが、ここではこれくらいが普通だということを伝えておこう。
対して真守の食事はというと、野菜のマリネにハンバーグ、少量のパスタ、そしてメインはヴァリアーの旗付きオムライスのワンプレートだった。誰だ旗つけたのは…と思ったが真守が目を輝かせているので口出しはしなかった。
いつ使い道があったのか分からないが、子供用のスプーンを渡すと余程腹が減っていたのかガツガツと食べ始める。

「ゆっくり食え、詰まらせるぞ」
「んぐんぐ。……っ、は。おいしい!」
「そりゃ良かったなぁ」

ぼろぼろ溢してはいるが……、まあ今ぐらいは好きにさせるか。
時々彼女の様子を見ながら食事をとっていると、ころ、と空いた皿に緑色の豆類が転がり込んだのが目に入った。何だと思ったら真守が器用にオムライスの中からグリーンピースを取って避けている。

「う"ぉ"お"い、グリーンピース避けるんじゃねぇ」
「いや。おいしくないもん」

グリーンピース嫌いだったのか。好き嫌いしてる風には見えなかったがなぁ。
ざっざっざっざっ、とグリーンピースを的確に排除する真守。

「一口も食えねぇのかぁ?」
「うん。しゅくあーろにあげる、うれしいでしょ」
「本能に忠実なお前も微笑ましいが、自分が食わねぇもんを人に上から押し付ける発言がイラついたから全部食え」
「や"ああぁぁぁーーーーーーーー!!!」

ざらざらざらざざざーーーーっ!!と山となったグリーンピースをプレートに返却する。戻ってきた豆に絶叫する真守は何故か半泣きで怒り出した。

「なんでもどすの!ばか!きらい!」
「好き嫌いしてんじゃねぇ。大きくなれねぇぞ」
「いーーやーーーー!!豆いらないっ!」
「食わねぇとドルチェお預けだぞ、いいのかぁ?」
「いい!いらないもん!」
「ほぉー、そうか」

嫌い発言に若干へこむものがあるが、たまには厳しくするのも教育だ。世の中なめてんじゃねぇ。
とりあえず拗ねた真守をほっといて俺はドルチェを口にする。暫くするとオムライスを食べきった(グリーンピースは手付かず)真守がドルチェを食べたいと訴えてきたが、まだ残ってるものがあるだろうと却下した。ぐずぐず言ったが、もうその手には乗らねえ。指の隙間から様子を見るな。
暫くグリーンピースの山とにらめっこをしていた真守だが、やがてちびちびと口に運び始めた。

「お、偉いじゃねぇか」
「んん"ぅ………おいしくない…」

一つ食べてはスプーンを置いて、また少ししたら一つ食べてを繰り返す。本当に苦手なんだなぁ、グリーンピース。顔の中央にシワを寄せて子供らしからぬ渋い顔からひしひしと伝わってくる。大人の真守には特にそういうことはなかったから、恐らくどこかで克服したんだろう。もしくは、顔に出してないだけか。戻ったとき聞いてみるか。
何とか全てのグリーンピースを完食するとやってやったぞという満足げな笑みで、

「ぜんぶたべた!」
「よくできたなぁ。ほら、頑張った褒美だ」
「やったーー!」

苦渋の表情から一転、幸せそうににこにこしながらドルチェを食べる。大人の時以上に表情がころころ変わる様がまさに子供だ。
そんなことを思ってると何を思ったのか、ドルチェを食べる手を止めた。

「しゅくあーろもたべる?」
「ぁ"ん?俺はもう食ったからいいぞ」
「ん!たべていーよ!」

彼女は嬉々としてスプーンに乗せたパンナコッタを差し出す。腹一杯になっていらなくなったのか?というセリフは流石に飲み込んだ。

「(これは…真守のやつは滅多にやらねぇが、あれだよなぁ…)」

恐らくこれが元の姿ならば、そう構えることもなく居られるだろう。だが、相手の容姿が容姿なだけに変な緊張感が生まれる。まるでおままごとに付き合わされてるような気恥ずかしさと、経験したこともない(するわけもない)状況に置かれた動揺、しかしこの無邪気な顔を見ると断るに断れ切れないという矛盾する思いが衝突して、今自分がどんな顔してるか想像できない。ひきつってることは確かだ。
はーやーくー、と急かす真守に心のどこかで観念し、思わず片手で顔を覆った。

「ん、ぐっ……。クソ、殺せ……ッ!」
「……?たべないの?」
「…………………食うからよこせぇ」
「…!はい!」

差し出されたスプーンに顔を寄せ、一瞬躊躇うがぱくりと口の中へ収める。同じものを食べたはずだが、甘く感じるのは気のせいなんだろうか。
咀嚼し食べ終わると、小さなお子様は問いかける。

「おいしい?」
「……あぁ、うまいぜぇ」

それを聞くや否や、えへへーと自分が作ったわけでもないのに嬉しそうに笑う。もう一口、と再び差し出したがあとはお前が全部食っていいと遠慮した。あの一口で腹も心も一杯だ。残りのドルチェを真守が食べてる間、キッチンワゴンに皿を片付ける。

「(ガキってのは、ホントに手ぇかかるなぁ……)」

それでも悪くないと少しでも思ってしまったのは彼女が元に戻っても口にはしないでおこう。



食事を終え、濡れたままダッシュする真守を捕まえて着替えさせる。ルッスーリアが私服と一緒に持ってきた中に着ぐるみのようなパジャマも入っていた。あの短い時間で二着も作るたぁ、あいつのエネルギーは凄いと素直に思う。彼のエネルギーもさることながら……。
椅子に腰掛け、動物を模した着ぐるみパジャマを着てはしゃぎ回る子供を眺める。

「きゃはははははははっ」
「う"ぉ"お"い!ばたばた動くんじゃねぇ!うるせぇぞぉ!!」

こいつのエネルギーも相当なものだと思う。
この姿になってから、俺が見てる限りずっと動きっぱなしなんだが…疲れというものを知らないのだろうか。ガキってのはすげぇなぁ。
しかし俺はというと、正直寝たい。時刻はすでに二十二時を回った。普段ならこの時間まで起きてることはざらな上、寧ろこの時間からが本番だったりするから眠くなることもないのだが……、慣れないことをすると通常以上に疲弊してくる。本当なら書類業務もあったのだが、疲れて集中できないので諦めた。大したものはなかったはずだし、明日以降に回しても支障はないだろう(もし間に合わないものがあればそれは真守に押し付けるとしよう)。
一緒に寝れるのが一番楽なのだが、一向に寝る気配を見せないのでどうしようもない。

「う"ぉ"い真守、俺は明日も仕事なんだぁ。さっさと寝るぞ」
「…うあい!」
「……あ"?なんだぁ?」
「うああい!」

真守の突然の発声に首を傾げる。何のつもりなのか全く分からないが、何かを必死に訴えているのは分かる。
しかし別に言葉も喋れない程赤子ではない。飯の時も普通に意思疏通はできていた。何かをして欲しいのであれば言えば良いと思うんだが……、

「言いてえことがあるならちゃんと言え、喉でも乾いたのかぁ?」
「うおおあい!ちがう!そうじゃないの!」

何かして欲しいわけじゃない、のか?じゃあなんなんだ…、あんまり頭働かねぇ…。うあああい、って…なんの叫び声真似てんだぁ?
………………、叫び声……。

「……まさかとは思うが、俺の真似してんのかぁ?」
「うん!うああい!っていってるからまねしてるの!」

……そういうことか。くそ、分かった途端にこっ恥ずかしいと同時に口許が緩むぜぇ…。舌足らずなのも悪くない。寝る前に癒し爆弾投下するんじゃねぇくそが冴えるだろうが。
少し構えば満足して寝るかもしれない。ということで、膝の上にのせて発声指導開始。

「いいかぁ真守。う、じゃねぇ。う"、だ」
「……?うおあい!」
「そうじゃねぇ、う"、だぁ!濁点つけろぉ」
「うおあああい!」

…勢いは評価するぜぇ。言えていないが本人は至って満足げだからいいか。
さて、戯れはこくらいにしておいて、そろそろホントに寝てもらわなければ。うおおいうおおおいと真似する彼女を微笑ましく思いながら布団をめくる。

「おら、ガキの寝る時間は過ぎてんぞ。もうベッドに入れぇ」
「えー、まだおきてるー」
「駄目だぁ」

しかし電池も切れてきたのか、ベッドに寝かせると抵抗せず素直に潜った。ぽんぽんと布団の上から一定のリズムで叩いてやると次第に瞼が降りていき、軈て微かな寝息をたてて眠ってしまう。

「………、漸く寝やがったか…」

騒がしい音がなくなり、部屋は何時もの静けさを取り戻した。しかし何か物足りないようで落ち着かない。まるで今まで続いていた鬼のような仕事が急になくなったような手持ちぶさた感だ。たった数時間ではあったものの、慣れ親しんだ無音が違和感になるほど子供の彼女に支配されてしまっていたのかと思い知る。子供パワー恐るべし。
気持ちとしてはそわそわするものがあるが、身体の方はお守りが終わった、と認識した途端一気に疲労感がのし掛かってきた。
肩を落として、ぬいぐるみのように微動だにしないお子様にちらりと視線を流す。

「(これがあのボンゴレの仲裁役兼副隊長の真守になるってんだから、不思議なもんだよなぁ)」

今日一日見ていたが、まるで正反対の性格だった。子供だから興味本意で動くのはまあ理解できるが…、そうであっても同一人物というのは些か信じがたいものがあった。どういう過程を経て現在の彼女になったのか経過を辿ってみたいものだ。

「まあ、もうガキのお守りは御免だな…」

大人とは百八十度違う、子供の目線で対応を求められることに一々エネルギーを持っていかれる。加えてあのスタミナと好奇心、振り回される側はたまったものではない。今後子供の護衛(と言う名のお守り)があっても俺はパスさせてもらおう。まあ、今回においては恋人の愛らしい幼い姿と柔い肌を堪能できるという点では、決して悪い事ばかりというわけではないのだが。これが赤の他人の令嬢子息なら泣いた時点で剣に手を掛けていた。
ひとまず元気なお子様も大人しくなったことだ、自分も床につくとしよう。もそりとベッドに入ると、既に温かい。というより真守が温かい。これは湯タンポか何かかぁ?
くっついてぬくぬくと暖を取っていると眠りながらも感覚は伝わるのか眉を寄せて唸っている。悪かったなぁ冷たくてよぉ。

「んー……、」
「(あ"ー……、あったけぇ)」

何だか今日は、ゆっくり、静かに。
眠りに付けそうだ。


(2018.2.9)


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