数多色づく下思ひは@
ウィン、とドアがスライドする。
「失礼致します」
「おお、来たか」
応答した男はモニターの数値やらグラフと睨めっこしていた。
部屋は電気などはつけられておらず、幾つものモニターによる光で室内は照らされている。無機質な空間はカタカタとキーボードを叩く音と、画面から発せられる謎の電子音が響いて陰気な空気だ。この部屋で作業する人物は、よっぽどの変わり者か爪弾きものなのだろうと勝手に想像させられるほどには。モニターとキスする距離で作業するなんて視力が一晩でイカレるなと内心呆れたが、何よりも研究を最優先にするような男に何を言っても無駄だろう。
対して、モニターの青白い光に照らされた白衣の男は画面を見ならがら一人話し始める。
「人間というのは何というか、どうにも不器用でいかん。いや、その不器用こそ愛するに値するのかもしれん。何もかもを手に入れ、何もかもを成し得られるなんてそいつは実に不幸だ。結果が分かる万馬券を買って何が楽しい。それと一緒だ。制約があり限界があり不可能があるからこそ、やりがいを感じ予測不可能を楽しむことが出来る。まあ、その不可能を突破してしまう私はやはり天才であり不幸であり幸福なのだろうな。くくくくくくくく……」
「(入りたくないわね……)」
柴野真守は正直にそう思い天井を仰ぐ。何徹したらあんなテンションになるのだろうか。いやこの男はもともとそういう性根を持ってる男だ、あれが通常運転なのだ。臆してはいけない。
一応仕事の依頼だ、待たせるわけにもいくまいと柴野は一呼吸置いてからモニタールームに足を踏み入れる。
「ミスター・ヴェルデ。何か用向きでしょうか?具体的な内容もなく、ましてや名指しなど」
「手が空いていそうな人間がキミだった、というだけだよ。別に誰だって良かったのだよ、実力があって死ぬ気の炎と匣兵器との親和性が高いのであればね。まあ、そうなると人は選べないのだが」
「それを俗に指名というのですよ。もう一度問いますが、何のご用でしょうか。あなたの研究の被検体になれ、というのであれば断固拒否させていただきますが」
「キミは何か誤解しているな。私は別にそんなものは必要とはしていない」
ヴェルデ、と呼ばれた人物は相変わらずモニターでデータを打ち込んでいる。
彼は男なのだが、『成人した』男と呼ぶにはあまりに似つかわしくないサイズ感だった。成人男性の膝下以下の身長に首から下げたおしゃぶりを身に着けている。というか赤ん坊なのだ。見た目は赤ん坊、中身は大人というわけだがこれには深い訳があり彼らにかけられた呪いによるものだが詳しい話は割愛しよう。
柴野はこの男が苦手だった。一癖も二癖もある人間への対応力はそれなりと自負しているが、彼は別格だった。彼は立場上味方ではあるが彼の興味、研究対象によってはコロッと敵になることもあるし非人道的なことをしれっとやることもある油断ならない。一言一句に気を張らなければ言質をとられまんまと嵌められる、そんな緊張感が付き纏う。つまり疲れるのだ。あと皮肉がシンプルにむかつく。
ヴェルデは淡々と、しかし研究論文を発表するような熱の籠もった口調で続ける。
「死ぬ気の炎は基本的には一人につき一属性。それは周知の事実だ。そして七つの属性のうち割り当てられる属性が決まるのは、本人が元来持つ「性質」だ。よく言うだろう、凡人どもが口を揃えて『そういう星のもとに生まれたのだ』と」
くるりと椅子を回してヴェルデはこちらに小さな体を向ける。特徴的な丸眼鏡の奥にある視線とかち合う。
「まさにそれだ。死ぬ気の炎が第六感のようなモノだとしたら、付属する属性は持つべくして存在するモノだ。表面上大人しくても根っこには強い攻撃性を持つ、とかな。とはいえ死ぬ気の炎は潜在的なモノ、自覚しなければ一生発現しない。多くは危機的状況に陥った時、生命が危機に晒された時、感情が強く揺さぶられた時などに顕現するが……よっぽど運命に呪われていなければ出会うことのないシチュエーションだ。擬似的に危機的状況を作り出し強制的に死ぬ気の炎を引き出すこともできるが……、発現する確率は三割、いやもっと低い。効率が悪いことこの上ないが今はそれしか方法はない」
「戦争をしたいのですか?そんな血の気が盛んな軍人かぶれの一面があるとは存じませんでしたが」
「私は研究が出来れば良い。その結末の先が戦争だったとしても、私の知ったことではないのでね。まさかゲーム製作会社に「お前らの作ってるRG指定のゲームのせいで犯罪が起こるから作るのを止めろ」なんて、頭の悪い事を言う気じゃないだろうな?」
「あなたのは百%の私欲と興味本位でしょう」
「そんな興味でやってる研究に目をつけるのは何時だって貴様らのような奴らだがね」
ヴェルデはつまらなそうに言い捨てる。見た目は幼子なのに大人を軽く怯ませられるほどの凄味がある。
「話を戻すが、無理矢理発現させた死ぬ気の炎は、確かに使い物にはなるだろうが質が伴わないのが大半だ。当然だろうな、一時的な感情の起伏で得た力などたかが知れている。だが凡人にそこまで求めるというのも酷だろう。まあそんなオモチャよりも私は更に先を見ているわけだがね。分かるか?死ぬ気の炎はまだまだ未知数、研究しがいがあるというもの」
「ミスター・ヴェルデ、私はあなたの用事を伺っているのですが。講釈を聞きにわざわざ交通機関に賃金を払って来たのではありません」
「人が話しているのに口をはさむものじゃないぞ、無粋だとは思わないかね」
このモニター全部ぶっ壊してやろうかなと柴野は拳を握りしめたが、出来る女大和撫子はそんなことで怒ったりしないと荒ぶる馬を宥める様に自分に言い聞かせる。
「さっきも言ったとおり、死ぬ気の炎は一人につき一属性だ。よっぽど高潔な血筋であったり素質があれば複数持つことが出来るが……そんな奇跡みたいな偶然の産物を期待する気はない。私は高尚な科学者なのでね、偶然とか奇跡とか抽象的なもの曖昧なものが嫌いなんだ。完璧も嫌いだがね。そこにモザイクがあれば剥ぎ取って隠されているものを丸裸にしてやりたいのさ」
「その例えは変態ですよ、ミスター・ヴェルデ」
「そう受け取る側に問題があると思うがね。つまり、だ。わかりやすく結論から言おう。あの小僧たちのようにただの凡人にも複数の属性の死ぬ気の炎が扱えるようになる。私の研究によってだ」
モニターの逆光でヴェルデの視線が読めない。だが恐らく、いや間違いなくクソ真面目に楽しんでいることだろう。はぁ、と柴野は溜息をついて眉間に手を当てる。頭が痛い。
四度目となる問いを柴野は繰り返す。
「……して、あなたは私に何用があるのですか?」
「察しが悪いな。キミには私の研究のサンプルとなりデータを」
「断固拒否します」
「いいのか?私はまだ最後まで言ってないが」
「言いたいことは把握しています。『サンプルデータが欲しい』のでしょう。それを理解した上でお断りします。あなたのモルモットはごめんですので」
「そうか。なら用はない、帰るといい」
「……はい?」
拍子抜けする反応に柴野は思わず聞き返してしまった。
ヴェルデは悠長にエスプレッソを啜りながら、
「何をしている。早く帰りたまえ」
「……よろしいのですか?」
「何を言っている。拒否をしたのはキミだろう、何故そこで渋るんだね。ツンデレの魅力なぞ興味は少しも引かれない、残念だったな」
……この男、さては遊んでいるのではないか?理由は分からない。だが分かることはある。こいつはキライということだ。
柴野はちくちくと刺すような苛立ちを覚えながらも冷静を保とうと深く息を吸う。だが小綺麗なのに妙に埃っぽい空気はさらに機嫌を損ねるだけだった。
用事もないのなら長居は無用だと柴野は踵を返す。
「……次にお呼びだてする際には、用向きを具体的にお伝えください。あと客人を呼ぶのであれば最低限掃除すべきかと。埃っぽい部屋に通すなどイタリア人が聞いて呆れますよ」
「私の最優先事項は私の研究だ。それ以外は取るに足らない。気になると言うのなら、キミが掃除をしていくと良い。止めはしないぞ」
「それは遠慮しておきましょう。どうしてかうっかり思わず、あなたの大事な研究データをぶっ壊してしまいそうですから。……ところで、あなたはとても合理的かつ効率的に行動を起こすものかと思っていましたが、こんな二の足を踏むのですね」
「私の行動は実に合理的だとも。全ては私の計算の上に成り立ち、凡人たちはただ手の平で躍るのさ」
「左様ですか。ではそれが無駄骨になることを祈りましょう」
ウィン、と扉が閉まる。
ヴェルデは彼女の去って行った扉をじっと見つめ、
「くくく、だから凡人だと言うんだ。ミス・シバノ」
秘密結社のボスさながら、波打つ怪しげなデータと電子の光を背負い、彼は笑う。
「用はもう、済んでいるからな」
「失礼致します」
「おお、来たか」
応答した男はモニターの数値やらグラフと睨めっこしていた。
部屋は電気などはつけられておらず、幾つものモニターによる光で室内は照らされている。無機質な空間はカタカタとキーボードを叩く音と、画面から発せられる謎の電子音が響いて陰気な空気だ。この部屋で作業する人物は、よっぽどの変わり者か爪弾きものなのだろうと勝手に想像させられるほどには。モニターとキスする距離で作業するなんて視力が一晩でイカレるなと内心呆れたが、何よりも研究を最優先にするような男に何を言っても無駄だろう。
対して、モニターの青白い光に照らされた白衣の男は画面を見ならがら一人話し始める。
「人間というのは何というか、どうにも不器用でいかん。いや、その不器用こそ愛するに値するのかもしれん。何もかもを手に入れ、何もかもを成し得られるなんてそいつは実に不幸だ。結果が分かる万馬券を買って何が楽しい。それと一緒だ。制約があり限界があり不可能があるからこそ、やりがいを感じ予測不可能を楽しむことが出来る。まあ、その不可能を突破してしまう私はやはり天才であり不幸であり幸福なのだろうな。くくくくくくくく……」
「(入りたくないわね……)」
柴野真守は正直にそう思い天井を仰ぐ。何徹したらあんなテンションになるのだろうか。いやこの男はもともとそういう性根を持ってる男だ、あれが通常運転なのだ。臆してはいけない。
一応仕事の依頼だ、待たせるわけにもいくまいと柴野は一呼吸置いてからモニタールームに足を踏み入れる。
「ミスター・ヴェルデ。何か用向きでしょうか?具体的な内容もなく、ましてや名指しなど」
「手が空いていそうな人間がキミだった、というだけだよ。別に誰だって良かったのだよ、実力があって死ぬ気の炎と匣兵器との親和性が高いのであればね。まあ、そうなると人は選べないのだが」
「それを俗に指名というのですよ。もう一度問いますが、何のご用でしょうか。あなたの研究の被検体になれ、というのであれば断固拒否させていただきますが」
「キミは何か誤解しているな。私は別にそんなものは必要とはしていない」
ヴェルデ、と呼ばれた人物は相変わらずモニターでデータを打ち込んでいる。
彼は男なのだが、『成人した』男と呼ぶにはあまりに似つかわしくないサイズ感だった。成人男性の膝下以下の身長に首から下げたおしゃぶりを身に着けている。というか赤ん坊なのだ。見た目は赤ん坊、中身は大人というわけだがこれには深い訳があり彼らにかけられた呪いによるものだが詳しい話は割愛しよう。
柴野はこの男が苦手だった。一癖も二癖もある人間への対応力はそれなりと自負しているが、彼は別格だった。彼は立場上味方ではあるが彼の興味、研究対象によってはコロッと敵になることもあるし非人道的なことをしれっとやることもある油断ならない。一言一句に気を張らなければ言質をとられまんまと嵌められる、そんな緊張感が付き纏う。つまり疲れるのだ。あと皮肉がシンプルにむかつく。
ヴェルデは淡々と、しかし研究論文を発表するような熱の籠もった口調で続ける。
「死ぬ気の炎は基本的には一人につき一属性。それは周知の事実だ。そして七つの属性のうち割り当てられる属性が決まるのは、本人が元来持つ「性質」だ。よく言うだろう、凡人どもが口を揃えて『そういう星のもとに生まれたのだ』と」
くるりと椅子を回してヴェルデはこちらに小さな体を向ける。特徴的な丸眼鏡の奥にある視線とかち合う。
「まさにそれだ。死ぬ気の炎が第六感のようなモノだとしたら、付属する属性は持つべくして存在するモノだ。表面上大人しくても根っこには強い攻撃性を持つ、とかな。とはいえ死ぬ気の炎は潜在的なモノ、自覚しなければ一生発現しない。多くは危機的状況に陥った時、生命が危機に晒された時、感情が強く揺さぶられた時などに顕現するが……よっぽど運命に呪われていなければ出会うことのないシチュエーションだ。擬似的に危機的状況を作り出し強制的に死ぬ気の炎を引き出すこともできるが……、発現する確率は三割、いやもっと低い。効率が悪いことこの上ないが今はそれしか方法はない」
「戦争をしたいのですか?そんな血の気が盛んな軍人かぶれの一面があるとは存じませんでしたが」
「私は研究が出来れば良い。その結末の先が戦争だったとしても、私の知ったことではないのでね。まさかゲーム製作会社に「お前らの作ってるRG指定のゲームのせいで犯罪が起こるから作るのを止めろ」なんて、頭の悪い事を言う気じゃないだろうな?」
「あなたのは百%の私欲と興味本位でしょう」
「そんな興味でやってる研究に目をつけるのは何時だって貴様らのような奴らだがね」
ヴェルデはつまらなそうに言い捨てる。見た目は幼子なのに大人を軽く怯ませられるほどの凄味がある。
「話を戻すが、無理矢理発現させた死ぬ気の炎は、確かに使い物にはなるだろうが質が伴わないのが大半だ。当然だろうな、一時的な感情の起伏で得た力などたかが知れている。だが凡人にそこまで求めるというのも酷だろう。まあそんなオモチャよりも私は更に先を見ているわけだがね。分かるか?死ぬ気の炎はまだまだ未知数、研究しがいがあるというもの」
「ミスター・ヴェルデ、私はあなたの用事を伺っているのですが。講釈を聞きにわざわざ交通機関に賃金を払って来たのではありません」
「人が話しているのに口をはさむものじゃないぞ、無粋だとは思わないかね」
このモニター全部ぶっ壊してやろうかなと柴野は拳を握りしめたが、出来る女大和撫子はそんなことで怒ったりしないと荒ぶる馬を宥める様に自分に言い聞かせる。
「さっきも言ったとおり、死ぬ気の炎は一人につき一属性だ。よっぽど高潔な血筋であったり素質があれば複数持つことが出来るが……そんな奇跡みたいな偶然の産物を期待する気はない。私は高尚な科学者なのでね、偶然とか奇跡とか抽象的なもの曖昧なものが嫌いなんだ。完璧も嫌いだがね。そこにモザイクがあれば剥ぎ取って隠されているものを丸裸にしてやりたいのさ」
「その例えは変態ですよ、ミスター・ヴェルデ」
「そう受け取る側に問題があると思うがね。つまり、だ。わかりやすく結論から言おう。あの小僧たちのようにただの凡人にも複数の属性の死ぬ気の炎が扱えるようになる。私の研究によってだ」
モニターの逆光でヴェルデの視線が読めない。だが恐らく、いや間違いなくクソ真面目に楽しんでいることだろう。はぁ、と柴野は溜息をついて眉間に手を当てる。頭が痛い。
四度目となる問いを柴野は繰り返す。
「……して、あなたは私に何用があるのですか?」
「察しが悪いな。キミには私の研究のサンプルとなりデータを」
「断固拒否します」
「いいのか?私はまだ最後まで言ってないが」
「言いたいことは把握しています。『サンプルデータが欲しい』のでしょう。それを理解した上でお断りします。あなたのモルモットはごめんですので」
「そうか。なら用はない、帰るといい」
「……はい?」
拍子抜けする反応に柴野は思わず聞き返してしまった。
ヴェルデは悠長にエスプレッソを啜りながら、
「何をしている。早く帰りたまえ」
「……よろしいのですか?」
「何を言っている。拒否をしたのはキミだろう、何故そこで渋るんだね。ツンデレの魅力なぞ興味は少しも引かれない、残念だったな」
……この男、さては遊んでいるのではないか?理由は分からない。だが分かることはある。こいつはキライということだ。
柴野はちくちくと刺すような苛立ちを覚えながらも冷静を保とうと深く息を吸う。だが小綺麗なのに妙に埃っぽい空気はさらに機嫌を損ねるだけだった。
用事もないのなら長居は無用だと柴野は踵を返す。
「……次にお呼びだてする際には、用向きを具体的にお伝えください。あと客人を呼ぶのであれば最低限掃除すべきかと。埃っぽい部屋に通すなどイタリア人が聞いて呆れますよ」
「私の最優先事項は私の研究だ。それ以外は取るに足らない。気になると言うのなら、キミが掃除をしていくと良い。止めはしないぞ」
「それは遠慮しておきましょう。どうしてかうっかり思わず、あなたの大事な研究データをぶっ壊してしまいそうですから。……ところで、あなたはとても合理的かつ効率的に行動を起こすものかと思っていましたが、こんな二の足を踏むのですね」
「私の行動は実に合理的だとも。全ては私の計算の上に成り立ち、凡人たちはただ手の平で躍るのさ」
「左様ですか。ではそれが無駄骨になることを祈りましょう」
ウィン、と扉が閉まる。
ヴェルデは彼女の去って行った扉をじっと見つめ、
「くくく、だから凡人だと言うんだ。ミス・シバノ」
秘密結社のボスさながら、波打つ怪しげなデータと電子の光を背負い、彼は笑う。
「用はもう、済んでいるからな」
(2021.9.10)