あのときから
「俺、今日誕生日なんですよ!」「はぁ…、おめでとうございます」
「………、」
「………、」
沈黙。
「……俺、今日誕生日なんですよ!」
「二回目?!」
二回主張したが特に返事は変わらなかった。ちょっと残念。
何故こんな状況なのかを説明すると、俺とツナ、獄寺は補習を受けた後だった(獄寺はツナの付き添いで残ってた)。補習が終わったあと、ツナの家で俺の誕生日会を開いてくれるというので向かっていたのだ。嬉しいことだよな!ははっ。
丁度その時、普段の隊服ではなくスーツ姿の柴野さんが果物屋さんの前で品定めをしていたところを見つけた。どうやらディーノさんと仕事をしてきたらしい。内容はよく分からなかった。
ツナを見た途端膝を折って頭を下げるのをたしなめ、何とか立ったまま話をしてもらうことになった。柴野さんって面白い人だよなあ。それがいいところだけど。
さて、話は冒頭に戻るが、柴野さんに誕生日会のお誘いをしてみることに。
「えっと……、彼、誕生日なんですか」
「そ、そうなんだ。今から俺んちで誕生日会やるつもりで…」
「ケーキとかあるんだぜ!甘いのとか大丈夫っすか?」
「けっ。なんでこんな奴呼ぶんだよ!こいつはヴァリアーなんだぞ!」
騒ぐ獄寺をツナと俺でまぁまぁと宥める。
しかし柴野さんは浮かない顔をしていた。もしかしてこの後まだ仕事あるのかな…。それとも、俺らみたいな中学生の誕生日会なんて出たくないとか…。少し不安になってきた。
「いえ…、でも何も準備はありませんし…」
「別に何か欲しいわけじゃないし、こういうのは大勢の方が楽しいからな!気軽に来てくれよ!」
「し、しかし……」
「や、山本、柴野さんだって仕事途中かもしれないしさ。無理強いするのは良くないよ」
「そうだぞ野球バカ!十代目のお手を煩わせるんじゃねぇ!」
「ま、まだ此方には滞在する予定ですし、明日には何か見繕って持ってきますので…」
だから、何か欲しいわけじゃないのに。俺はただ、せっかく柴野さんと会えたから一緒に過ごせればって思ってるだけなんだけどな。
彼女の中で誕生日会がどんなものとして解釈されてるか分からないが、これ以上引き留めては流石に申し訳ない。残念だけど今回は見送りだ。
そうは思うが、
「(でも勿体ねーなぁ……)」
やっぱり、惜しい。だってイタリアから日本に来るのって十二時間も掛かるんだぜ?しかも俺の誕生日の時に日本に来てて、ばったり会えるなんてどんな確率だよ。偶然とは思えない、誰かが裏から意図を引いて……るわけないか。俺と柴野さんをこのタイミングで会わせるメリットって俺にしかないだろうし。だとしたら、運命のイタズラってやつ?運命万歳だな。
彼女が立ち去れないのを察したのか、ツナが行こうと声をかける。寂しいがしつこいと思われても嫌だし、ここは諦めよう。
「…申し訳ありません、次は伺わせてもらいますね」
「いいっすよ、仕事じゃしょうがねーしさっ。じゃあ柴野さん、仕事頑張ってな!」
「御気遣い光栄です。誕生日会、楽しんで来て下さい」
そう言って笑う俺に、少し罪悪感を感じたのかもしれない。何もないなりの手土産のような、そんな意味合いが含まれていたと思う。でも俺はこの後、誕生日会が終わったあとも嬉ながらも悶々と考えるだろう。
別れ際、柴野さんが俺に手を伸ばして、
「え、…………」
左右の頬同士をくっつけてキスをした、その行為の意味について。
「……?!」
「なぁ……っ?!」
ヨーロッパでは一般的に用いられる挨拶。だが日本ではこういった習慣はない…、彼女もそれは知ってるはずだ。
じゃあ、なんで?俺の思考はここで止まって動かなくなった。
彼女の手が頬から離れると、何やら焦ったように謝る声が聞こえたが、何を言ってるのかまでは入ってこない。
気付けは柴野さんは居なくなっていて、獄寺のチョップが頭に入っていた。
「しっかりしろこの野球バカ!あんな安いハニートラップに引っ掛かってんじゃねぇ!!」
「や、山本、大丈夫?」
「…………………なんか、すっげープレゼント貰っちまったなぁ。へへへ、へへへへへ」
「山本顔赤いよ?!テンション変だよ?!」
「だぁああ!十代目!こんなやつここに置いてっちまいましょう!ケーキは俺たちで平らげてやるからな!」
「それじゃあ山本の誕生日会にならないだろ!」
「よおし!柴野さんから誕生日プレゼントもらったし、早くツナんち行こうぜ!楽しみだなあ!」
「そっち逆方向だよ!ちょっと山本!山本ーー!」
ボンゴレ本部 執務室
「………なんてことがあったな、懐かしいなぁ」
「思い出してないでその書類にサインをお願いします」
あれから十年経って、真守さんは『仲裁役』としてボンゴレに身を置いている。俺も雨の守護者となってボスであるツナを、ボンゴレを護衛する立場となった。
立場は異なるものの、今もこうして会うことは叶っている(むしろ十年前より会う頻度は増えたと思う)。
「真守さん、あの時何て言ってたんだ?何か謝ってたみたいだけど、俺よく覚えてなくてさ」
「…忘れましたよ。ただ、将来の上司にお粗末な事をして申し訳なかったという思いではありましたね」
「お粗末じゃねーよ、あん時の俺には最高のプレゼントだったんだぜ?」
「その割には、誕生日に限らず会う度にそわそわしてませんでした?」
「多感な年頃だったんだからさ、そわそわもするって」
それはそうでしょうけど、とどこか呆れ調子で言う。
言われた書類の署名欄に、俺の名前を書き込んでいく。
「そう言えば、今年はどうされるのですか?」
「どうって?」
「今年、というより今日ですが。……あなたの誕生日でしょう?」
四月二十四日。
そうだ、今日は俺の誕生日だ。
署名し終わり、ペンを傍らに置く。
「ツナがパーティー開いてくれるって言ってたけどな。今年は日本をテーマにしてるみたいだから日本食とか和楽器の演奏とかあるみたいでさ。俺も久しぶりに寿司握るんだぜ」
「……祝われる側に内容が知れてる上に演出もするってどうなんでしょう」
「まぁまぁ、楽しけりゃいーって。あんたも出席するんだろ?」
「いえ……、今回は欠席なんです。少し仕事が立て込んでいて、出席するのが難しいので」
「え、そうなのか?じゃあ今のうちに誕生日プレゼント、貰っておこうかな」
「え、今ですか?」
そう。最早毎年の恒例となっているアレ。
へらりと笑う俺に、真守さんは一瞬戸惑ったようだったが、いつもの調子で頬同士をくっつけキスをした。ふわりと彼女の匂いが鼻を擽る。少し固めの毛先が顔に触れる。
ほんの一、二秒の彼女からのプレゼント。真守さんの手が離れ、今度は俺の署名した書類に伸びる。その顔には緩やかな笑みが浮かんでいた。
「……書類、ありがとうございました。こんなものでよければ、いつでもして差し上げますよ。…では、素敵な誕生日になることをお祈りしてます」
「ちょっと待った」
彼女の細い腕を掴む。目を丸くするもきょとんと首をかしげる真守さんを、じっと見つめる。
「……じゃあ、もう一個プレゼント貰ってもいいか?」
「え、もう一個?」
もう出来ることはないと言いたそうな彼女を引き寄せ、その薄ピンクの唇を奪った。
不意の事でバランスを崩した彼女の身体がテーブルにぶつかり、ガタンッと音を立てる。反射的に身を引いた瞬間にくしゃりと紙が握り潰されるような音がしたが、気に留めてられない。
「ん、ッ、ふぁ………ッ!」
身体を引き留め逃げられないように後頭部を抱える。抵抗も、倒れかける身体を支えるので手一杯というようで、男一人ぶっ飛ばせる程の細腕が次第に力を失っていく。
ぬるりと。噛みつくように、貪るように。至近距離の吐息と、リップ音が生々しく耳に響いてくる。
唇を離すと互いの舌に銀色の糸が引いた。唾液で濡れた唇が、厭らしく照っている。
頬がほんのりと紅潮していて、目も潤んでいる。見ようによっては、少し蕩けているようにも。やべぇ、想像以上だ。
「はッぁ……、な、なにを…」
「あー…これだけじゃ足んねー…」
足んねーよ、全然。
「やっぱり俺、あんたが欲しい」
ぽかんとする彼女に、この意味が分からないほど、子供じゃないだろ?と付け足すとほんのり赤らめていた頬をぶわあッと一気に色味を深めた。真守さんは手の甲で口元を抑えて、息を整えて落ち着こうとしていた。しかし表面上は落ち着けても、内面の気の忙しなさが目に表れている。所属が所属だからちょっとのことじゃ動揺しない彼女だが、かなり困惑しているようだ。
でも、引く気はない。抑えるのだって限界なんだ。
真守さんが言葉を選び終えるまで、ただ待つ。たっぷり数十秒使って、漸く結んでいた唇を開いた。
「……年上を、からかうもんじゃありません」
「俺は至って真面目だぜ?」
「そうではなく」
恥ずかしげながらも、説教するような口調に首をかしげる。
「少しは、華を持たせてください。年上には年上の面子があるんですから。これでは形無しです」
そう言って出されたのは、ひとつの黒いケース。
「これは、?」
「誕生日プレゼントですよ。あの時から、結局何も贈れずじまいだったので」
まさか、と頭には指へのアクセサリーが浮かんだが、可能性としては低そうだ。ケースのサイズが明らかに大きい。これは、予想外だ。
開けてもいいか?という声が震えそうだった。ここは大喜びする場面だが、出来事に気持ちが追いついていかない。今までどうやって感情を表に出していたのか、プロセスがぶっ飛んでしまった。表に出ていけない感情が内側で大騒ぎしている。
どうぞと彼女に言われ、テーブルに置かれた黒いケースをゆっくりと開ける。
そこには、腕時計が顔を揃えていた。
革のベルトに、黒いダイアル。文字盤は数字ではなくバータイプで見た目はとてもシンプルだ。
だが、そこにはあるはずのものがなかった。
そのメンズ用の腕時計の隣に窪みがある。恐らくそこにもう一つ何かがあったのだろうが、実物は姿を消していた。
贈られた時計もそうだが、その空白に思考を持っていかれる。この欠けた部分を聞こうと口を開く前に、彼女が言葉を紡いだ。
「贈り物には、それぞれ意味があります。ネックレスや指輪などの輪になるモノは独占や束縛を意味し、財布は傍に置いておくことからあなたを見守っている、というように。もちろん時計にも」
「……それは?」
真守さんがゆったりと笑ってしわになってしまった書類を手にした時、その空白の理由を知った。
彼女が手を伸ばしたその腕に、贈られた時計と同じタイプのものが飾られていた。
白いダイヤルに、革のベルト。バータイプの文字盤のシンプルな腕時計。
目にした途端、体が固まった。嬉しさからか、動揺からか、はたまた緊張からか。色んな感情が混ざり合って言葉が浮かんでこない。真っ白だ。
それは、と彼女の言葉だけが耳に届く。
「それは、ご自分でお調べください」
それでは、と言い残してあっさりと立ち去った。
パタン、と扉が閉まる音が部屋に響く。執務室で一人贈られた時計に目を落とした。
「……、うわ…」
何というか、幸せの過剰摂取で反応のしようがない。時計を贈られたことも、そしてそれが彼女の腕にもあったことも含めて。
時計を贈る。その意味は、知っている。
時間を刻む時計を、贈り物として相手に渡す。しかも贈ったものと同じタイプの腕時計を自分も身につけている。
それは…つまり。
「あ"ー………」
ゴツンと、額をデスクにつけて突っ伏す。
今度は、こっちが顔を染め上げる番だ。
「そりゃずりーよ、真守さん」
ボンゴレ本部 廊下
「はあぁぁぁ………、」
一人廊下の椅子に座り込む。日が傾き、はめ込みガラスからはオレンジ色の光が廊下を照らし始めている。かれこれ数十分、ここでこうしている。体を曲げて項垂れる姿は周りからしたら調子が悪いのか失態を犯して落ち込んでるように見えるだろうが、どちらでもないのでそのまま通りすぎてほしい。
何だか一気に力が抜けてしまった。心臓が、未だ忙しない。
「(まぁそれはそうか)」
頭の中で、あの言葉と口付けが反芻される。
あれは酷い。突然すぎる。あんなことされたらこっちの予定も決めてきた気持ちも総崩れする。台無しだ。あの守護者は年上の顔を立てるということを知らないのか、全く。
目を細め、彼と重なった唇に手を触れる。
「不意打ちするなんて、なんて悪い人なの」
毅然としていたつもりだったが、私はどんな顔をしてアレを渡していたのだろう。変に引き吊ってなかっただろうか、震えていなかっただろうか。彼がどんな顔をしていたのかも正直朧気だが、今更確認することもできない。返事も何も聞かずに出てきてしまったが……、だがあれは自分に対する『そういう気持ち』ということとして認識していい、んだろう。もし違うのであったらどういう事なのか穏便に拳を交えて話し合いをしなければならない。
「(私だってある意味覚悟を決めたのだ。誕生日に贈り物をしたかった、というのが一番だけど…その意味も含めての贈り物だったのだから)」
これで空振りしたらショックだ…とか思うが、そんな考えは振り払う。何であれ当初の目的は果たした、そろそろ仕事に戻ろう。もう赤らんだ顔も流石に冷めたことだろう。
数十分下ろしていた腰をあげて、鞄を手に廊下の真ん中を歩く。同じようなスーツ姿の人の往来の中でカツンカツンと廊下に足音を響かせる。
しかし…、問題が一つある。自分の持つ鞄に、ちらりと視線を落とす。
「このしわになった書類。なんて理由をつければいいかしら…」
はぁ、と嬉しい反面困った事態に肩を落とす。
その時、周りの様子がざわついたのに気付いた。何事かと意識を外へ向けてみると、どうやら自分の後の方に視線が注がれていた。
一体、なにが。
「真守さんッ!!」
自分を呼ぶ聞き慣れた声に気付いて振り返るのに二秒。
振り返った瞬間、呼んだ主が彼だと認識するまで五秒。
走ってきた勢いのまま強く、強く抱き締められ少しふらつくまであと七秒。
周りの目も気にせず至近距離で、愛の言葉を惜しげもなく言い放たれるまで、
あと。
(Ti amo!)
(2017.11.25)