ゲームをやる理由は人それぞれに


「う"ぉ"い」
「…………、」
「う"ぉ"い、真守」
「…………、」
「う"ぉ"お"い!!聞いてんのかぁ!」
「っ?!な、何よいきなり」

驚いて身を縮める私に、スクアーロはご立腹な様子で見下ろす。

「夕飯、外に行くのか行かねぇのかどっちだって聞いてんだ」
「ああごめんなさい。夕飯は外へ行くわ。ドルチェの美味しいお店があるって京子さんとハルさんから教えて貰ったから」
「それってあの沢田の同級生かぁ?お前、いつの間にあいつらと馴染みになったんだ」
「ボンゴレには霧の子が居るでしょう?私も初めこそ距離を置いていたけど、今じゃ立派な女子会メンバーよ」
「………、まあ別に違和感はねぇか」
「あら、それはどういう意味なのかしら」

含みのある言い方にクッションを投げ付けたが(勿論)ダメージなどない。別に?と薄ら笑いしちゃって、失礼しちゃう。
今日は休日…というより半休で午後から休みをもらっている。本部で休んでいても良かったのだが、居たら仕事を頼まれそうなのと暫くセーフティハウスの方にも戻っていなかったのとで、片付けがてら此方で息抜きをすることにしたのだ。
彼はというと、深夜に任務があって朝方に帰還。その後デスクワークを経て急ぎのものもないというので一緒に来たというわけだ。
話を終えたら彼から目を離して手元の携帯に戻した。スクアーロが肩口から携帯の画面を覗き込む。

「何真剣にやってんだぁ」
「放置ゲーってやつよ」

放置…げ……?と彼の声に疑問の音が含まれる。携帯ゲームというものをやらない彼には馴染みのないものだから疑問符が浮かぶのは当然のことだろう。前に勧めたが、『ゲーム内で敵倒すよりか現実で剣交えてる方が身になる』とばっさり言われてしまってからは、ゲームの話は専らボンゴレの雨の子としているぐらいだ。
画面に広がる水槽の中を水草やら流木でレイアウトしながら、

「武さんから教えて貰ったの。元々経験値振り分けたりストーリー進めたりするRPG系はやってたんだけど、行き詰まる時って必ずあるのよね。上のランクになると中々レベル上がらなくなっちゃうし。それに仕事の時はやれないからイベント事とか逃しちゃうから新キャラは手に入らないし、能力強化も進まなくなって強い敵のエリアには進めないのよ。それで暫く往生しちゃって」
「…………、」
「その時、放置ゲームなら行き詰まることもないしゴールはないからのんびりやれるって言われたの。時間が経過するだけで勝手にレベルが上がったり画面が変わったりするから、時間に縛られることなくやれるのよ。他にも育成系の放置ゲーっていうのがあってやってるんだけど、中々面白くって。ゲームの中の『子』達が可愛くなってきちゃうのが不思議よね、感覚としてはデジタルペットを飼ってるような感じだわ」
「…………、それで休日もごろごろしながら携帯見てたってワケか」
「楽しいわよ、『ぎょぎょっと魚あつめ』」

とととととと、と指先で画面を連続タップして魚からハート(好感度)を獲得していく。
ちら、と隣を見ると口を結んで、しかし何か言いたげに不機嫌そうに携帯を眺める彼が映った。『あの小僧余計な知識を入れやがって』と何やらぶつぶつ呟いている。

「何かご不満かしら」
「貴重な休みだ、俺も別に束縛しやしねぇ。自分の時間は自分で決めて使えばいい。だがこの状況下ならゲームの他にもっと別にやることあんだろぉが」
「そうは言っても、片付けも掃除も概ね終わってるし仕事もこっちには持ってきてないからこれと言ってやることなんて私には思い付かないけど」
「…いるだろうが」
「………?」

痺れを切らしたのか、彼は立ち上がって仁王立ちする。

「同じとこに居るにしたって互いに官職に就いてるせいでまともに時間も休暇も取れねぇ。だが今日は珍しく時間が被ったじゃねぇか、その貴重な時間をゲームに費やすたぁどういうことだ。そこにお目当てのカワイコちゃんでもケツ振ってたって言うのかぁ?」
「私的にはあなたからカワイコちゃんなんて言葉が出たのに鳥肌ものなのだけど、この場合はカワイコちゃんよりイケメンくんを採用すべきじゃないかしら?」
「ゲーム弄くり回す暇があるなら少しは気にしやがれぇ!デジタルの魚を愛でて何が面白いってんだ!当て付けのつもりかぁ?!」
「つまり?」
「俺が居るだろうが!ゲームじゃなくて生身の俺があああ!!」
「バーチャル彼氏が現実に出てきた時みたいなセリフね。でも安心して、流石にデジタルの美男子に入れ込む真似はしてないわ。精々夜に二、三時間相手をしてるくらいよ」
「思いっきり嗜んでるじゃねぇかぁ!!そんなモン消しやがれそして教えたあの小僧叩っ斬ってやるう"ぉ"お"お"お"お" い!!!!」
「ご近所さんに迷惑だからもう少し音量下げてちょうだいね」



「…………って怒られたんだけど、これって私が悪いのかしら?」
「あー、どうだろうなぁ」

書類を届け次いでにお茶を一緒にしている彼女は、おおよそ三日前ぐらいの話を持ち出して相談してるが別段困ってる様子はない。個人端末の画面をたぷたぷと押しながら、

「見て、この魚悪戯好きで動きがすばっしこいからベルにしちゃったわ。こうやって名前付けるのって結構考えちゃうものがあるわよね」
「分かる。色とか性格とかあるから、色々吟味しちまうよな。そういや、前に進めた育成系のやつは?」
「もちろんそれもやってるわ。とても大きく育ってて、海底に遺跡の柱を建ててあげたら喜んでくれてる」
「そりゃよかった」

日々激務に追われる彼女が癒しを欲していたため、気晴らしや仕事から離れるといった意味でゲームを勧めてみたが、思いの外楽しんでくれていた。初めこそ訝しげに画面を眺めていたが今や女子高生に混じっても遜色ないぐらいにゲームシステムへの理解が向上している。流石吸収が早い。
受け取った書類は傍らに退けて、ゲームを楽しむ彼女にお茶を飲みながらぽつりと話題を提供する。

「勧めた俺が言うのも何だけど、真守さんがゲームするってちょっと意外だな。そういうの疎そうっていうかやらないイメージだった」
「こういった端末でやることは基本的には業務連絡程度なので。昨今の電子機器は発展が早くてシステムやセキュリティの精度が格段に上がったけれど、同時にそれを潜り抜ける術も成長しているのよ。ネットサーフィンなんてしてたらどこから足がつくか分かったものじゃないわ」
「ふぅーん。まあ分からなくはねーけどな」

そういった意味で、今まで端末ゲームというのには触れてこなかったのだろう。今は偽個人情報でプライベート端末を買って楽しんでるようだが。
勧めた育成放置ゲームの進捗を見てみると、そこには見慣れた人の名前が載っていた。

「まあでも、彼の言うことが最もなのは理解してるわ。居ない時に、と思っていたけど何だか習慣みたいになっちゃってて。気をつけなくちゃね」
「何かそれ、中毒みてーになってないか?大丈夫?」
「仕事中も端末が手放せないとか、休憩中にひたすら画面とにらめっこしてるとか廃人確定のデッドゾーンに足は突っ込んでないわ。ちゃんと現実も見えてるわよ」
「触発されてアクアリウム作ろうかなとか思ってないよな?」
「…………、まさかぁ」
「まさか……」

冗談よ、と言って端末をデスクに置いた。この人やりそうだから怖いよなぁ。

「でも言わねーと伝わらないことってあると思うぜ。特にあの人突っ走ってくタイプだから余計に」
「私は私で彼の事を想っているつもりよ。少なくとも、ゲーム内で育ててる海洋生物に彼の名前を付けて愛着が湧いてるぐらいには」
「うーん。でもそれなら居るじゃん、本人。それじゃダメなのか?」
「私が欲してるのはあくまで癒しでありリラックスなのよ。彼を癒し要員で選ぶには畑違いでしょう?防音にしなきゃ声が駄々漏れな人が癒し要員なんて程遠いわ」
「それ本人に言っちゃ駄目だぜ。絶対」
「あの人は別なのよ」

頬杖をつきながら、少し視線を外して思い出に浸るように。

「一般的な癒しには程遠いけど、一緒に居れば私の心は休まるしリラックスできる、幸せな気持ちにもなる。文句はあれど不満はないわ。だから改めて彼にその要素を求める必要性はないのよ」
「あれ?これってノロケなんかな。お茶が甘い気がする」
「玉露だからじゃないかしら」

甘いものでも種類があるように、癒しの方向性の違いなのかなと勝手に結論付けた。なんか、ドライに見えてちゃんと想ってんだなぁ。自分で言ったはいいけど普段口にしないようなことを言ったせいか頬の赤みが少し増していることは、言わないでいてあげよう。
すると、端末が突然振動した。ディスプレイには今話題の人の名前が表示されていた。真守さんはゲームを中断し電話に出る。

「Pronto.どうしたの?…………今?今は武さんに書類を届けて少しお茶をしていたところよ。…………、任務?その任務の担当は他の隊の……ベルとフランがまた?え、除隊!?嘘でしょう……。……分かったわ、すぐに行きます」

会話の内容は聞き取れなかったが、彼女の返事で概ね把握した。真守さんも大変だなあ。
ため息をついて通話を終了すると、端末をポケットに仕舞って立ち上がる。

「苦労するな、仲裁役さん」
「十年経って未だにこんなことをする彼らには閉口するわ。フランは途中入隊だけど。また楽しそうなものがあれば教えて下さいね」
「おう、わかった。気をつけて帰れよ」

彼女が席を外して部屋を出る前に、なあ、と帰る彼女の背中に投げ掛ける。



「あれさ、スクアーロに言ったらゲームするの怒らねーと思うのな」
「こういうのは、人知れずやるから癒しなのよ」



(2018.06.16)

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