短編 | ナノ







元就の朝は早い。

日没と共に床につき、日出と共に目を覚ます彼はとても健康的な生活リズムを持ち合わせている。
と、思うと同時に年寄りくさいと思ってしまうのも事実。しかしそんなことは決して口にしたりしない。

まだ死にたくないからね。

彼と同じ屋根の下住んでいる私は、彼より早くに目覚めなければならない。彼が覚醒しきるまでに朝食を用意してやらなければいけないからだ。別にここの家事全てを請け負っているわけではなく、ただ朝食作りの担当があたってしまったというだけだが…時々それを投げ出してしまいたくなる時がある。
朝が苦手なわけではないが…私が起きる時間は朝ではなくまだ夜中と呼べる時間帯だ…。



「…ねむ。」



夢を見る暇もない、そう多くない睡眠時間。補うように私の体は深い眠りに落ちる。早く寝ればいいだけの話だが分かっていても寝つきが悪いのはなかなか治るものじゃない。分かる子には分かる。

あくびを噛み締めながら階段を下り、冷水で顔を洗うことによって朝だということを自分の身に叩きつける。一気に眠気が飛ぶ素敵方法だ。
こうしてはっきりした意識のもと台所に足を運び、さっそく朝食を作りに取り掛かる。メニューは決まって和食だ。元就は朝白米を口にしないと動けない。その様が中々に面白くてわざと和食以外のものを出してみたことがあったが…あれはダメだ。

やって良いことと悪いことがある。

とは言っても慣れとは恐ろしいもので習慣化したこれらにはもう何の苦も感じない。料理自体は好きな方で、はじめは作り慣れなかった和食もごくたまにだが若から「…食えぬものでもない」と言ってもらえるほどまでになった。調子に乗ると失敗して蹴りを食らうけど。

もう少しで出来上がるという時に若はいつも降りてくる。対面式キッチンではあるがひとつ扉の向こうのリビングにあるソファに身を預けているであろう若の姿はここからは見えない。気配が、近くなっただけ。

火を消し、ひとつため息をつく。
これらをお皿に用意するのは後だ。冷めてしまわないよう蓋をしてから足を彼の元へ向ける。



「おはよう、朝ごはんもう食う?」

「……」



返事はない、ただの屍のようだ。

なんてことにはならない。残念ながらこれも実は習慣化した日常なんだ。彼にしては姿勢悪くソファに腰掛けている。いつもはぴんと伸ばされた背筋は力が入ってない様子でだらんと背もたれに浅く腰掛けている。こんな姿を元親にでも見られた日にはきっと遊ばれてしまうだろう。……いや、元親が屍にされてしまいそうだ。



「もーとーなーりー…」

「……」

「おはよー…朝だぞー…」

「……」



尚も返事はない、長期戦になるかなと彼の隣に腰掛ける。私と、元就と、二人分の重みを抱えたソファは重力もあってその分身を沈める。うわっ、と小さく声を上げながら反動で若の方に傾く我が身を慌てて片手を立てて支える。そういやこのソファ無駄に柔らかいの忘れてた。



「お。はよ?」



目を閉じたまま姿勢悪くソファに身を預けていた元就の目がうっすら開く。動いたから起きたか?顔を覗き見ながら反応を伺う。



「………」

「……閉じるのか」



しかしちらとひどく緩慢な動きでこちら見やるとすぐにまたその目を閉じた。



「朝飯冷めてしまうぞー…」


肩に手を置いてぽんぽんと軽くたたく。
起きてもらわないと困る。アンタは冷めた朝食を口にしないだろうが。温め直すのは面倒なんだ。微妙に変わる味の付け直し二度手間を感じてひどく考えるだけで億劫になる。その上日の出を逃したら八つ当たりをされるんだ。たまったもんじゃない。

そう、彼は朝こそ早いが寝起きはあまりよろしくない。否、最悪だ。呼びかけても反応しないし、瞼を開けないどころか何をしても微動だにしない。
そんななら起きてくるな、床から離れず通常通り送れるようになるまでゆっくりしてくれと切に願う…。そうしたら私が無駄に早起きする必要も、こんな風に変に苦労することもないというに。



「10数える内に起きないと襲うからねー…」



じゅー、きゅー、

怠惰という文字が表す数え方で時間を取りながら顔を眺める。無駄に整っているのに少し、腹が立つような気が気がしないでもない。これで起きなければ本当に襲――



――え…





「は…、元就…?」



え、これは一体どういう状、ちょっと待て、



「元就、元就待て、ちょ、ちょっと待、ぐ…」

「喧しい…」



突如強まる腕の力に息が詰まる。私は今、どういうわけか目の前の人物に抱きしめられている。顔が近い、髪が鬱陶しい、耳がくすぐったい。
頼むから一旦離れてくれ。



「名前…」

「や、め…っ」



肩に顔を埋められたまま小さく名を呼ばれる。肩から内に伝わるその振動が無意識に肩をはねさせる。思わず彼の肩に手をかけたが思うように力を入れられず服を緩く掴む風になった。背から肩に、そして腰に回された腕にまた力が入り、ない距離がさらに縮まる。
どくん、どくんと伝わる一定間隔のそれはひどく心地よく、不思議と抗う気を奪われる。



「…名前、」

「……なに…」

「名前…」



切なげな声…
何故か聴いてるこちらが胸を締め付けられる。何を、そんなに呼ぶことがあるというのか…

名をその口に紡ぐ度、すり…とこちらに頬を寄せ首筋に顔を埋める。



「名前…」



…、……少し、息をしにくい、
私を抱きしめているこの腕がきついから、というだけではないような気がする。それならこんなにも愛しい痛みは、心地いいくも感じる苦しさは味わえない気がする。

元就、と。

たった一言そう返せばいいものを、それじゃだめな気がしてならない。それじゃあ足りない、それじゃあ彼が向けてくれている、この名の知れない愛しいものに応えれないような気がしてならない。
ぎゅ、と抱きしめ返した。
抱きしめられているのは私の方だというに、縋る様なそれはそうだとは思わせてくれなくて、ゆるく返した私にもっとと強請るかのように力を入れられる。



「…名前…」

「ん、」

「…我を襲うのではなかったか…?」

「………。」



……やっと起きた…。ものっそいスピードで現実に戻されたよ、今。
私の首元から少し顔を離し見上げるような流し目は色香を纏っていて、寝起きというのもあって気怠げなそれは…色々と毒だ…。少し辛いものがある。

ニヤリと浮かべられた好戦的な笑みはムカつく。



「苦しいぞ」

「………」

「名前」

「………」

「……フン」



鼻で笑われた気がしないでもないが、離してやるものか。仕返しとばかりに腕に力を込め、その胸に思いっきり顔を埋めてやった。










朝飯前…?



(名前、朝餉は)

(アンタのせいで冷めた)

(直ちに温め直せ)

(……………(やっぱりこうなるの…))




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