短編 | ナノ








同じ香りを一月と身に纏ってられない。
連載物を最後まで読みきったことがない。
去年着たものを今年身に付けることはないし、
過去交際したのも最長一年くらいだった気がする。

好きだと言った当時の気持ちに偽りはないけれどあのときと今は違う。
季節が移り、時代が進むのと同じように変わり続けるのが人の心。
嫌になったわけじゃない。ただ飽きただけ。



そ、心惹かれなくなっただけ――…








「それでも俺様は名前ちゃんが好き」
「…………」



この言葉を聞くのは何度目だろうか。嫌気がさしてため息すら出ない。
目の前にいる男に目を向ける。2ヶ月ほど前に振ったのにやだやだと駄々をこねる元彼、猿飛佐助。…いや、相手側が承認していないから別れたことにはならないのか。となるとまだ私の彼氏…?ああ、じゃあこいつが最長ってことになるね。
ざっくり言わせてもらうともう気持ちが離れた。だから別れようって言ったのにこのザマだ。何が楽しくて付きまとってくるのか…もはや軽いストーキングだ。



「はい、名前ちゃん。ウヴァのミルクティーだよ」



人の台所で何をしてるのかと思えば笑顔でティーカップを差し出してきた。お礼も言わずに受けとれば私の好みの濃さと温度で、あぁ…そういえばこのウヴァの茶葉も私の好きなメーカーだなと気づく。

飽き性な私は自然と人より多趣味になる。浅く広い知識を身に付け、好みを持つ。わざわざそらを表に出すようなことをしないということもあって全部把握してるやつなんていない。…コイツ以外。



「…………佐助」
「はいはい」



佐助は私が一言名前を呼んでやればすぐに私のところに来る。たとえ私の夕飯を作ってたとしても、洗濯物を畳んでいたとしても、お風呂に入っていたとしても全部中断して私のところに来る。今も書きかけの大学のレポートを放って私のところに満面の笑みで来た。
何をそんなに嬉しそうにするのか全くもって分からない。



「どうしたの名前ちゃん?」



にこにこ、にこにこと…小花が飛んでいる幻覚すら見えてくる。
別に呼んでない、と言っても佐助は笑顔で"あ、そう?名前ちゃんのこと考えすぎて幻聴が聞こえたのかも"なんて(ある意味怖い)ことを言って作業に戻る。だけど大概私が彼を呼ぶ理由は1つだ。



「別れよう」
「っ………、………」



呼ぶ度"なんでもない"と言うか"別れよう"と言うかだというのに笑顔で寄ってくる佐助は、何度目にやるともしれないこの台詞を耳にすると懲りもせず、慣れもせず、親に捨てられた子どもみたいな…見ているこっちが胸を締め付けられるような泣き崩れそうな顔をする。



「いい加減別れて」
「……ぃ、嫌だ」
「鬱陶しい。別れろって言ったら別れろ」
「嫌だ…!」



くしゃりと歪められた端正な顔。
人より端麗な見目をしている分それが歪むのを見ればつきんと、きゅんと、胸が締め付けられる。

ぁあ…ああ………苦しい、息がしにくい…、……だめだ、その顔をやめて、…足りなくなる


…鬱陶しい………





「…言ってないで早く出てって。邪魔」
「……ッ…」
「…………離して。出てけ」
「……っ」



私よりも頭一つ分高いはずの佐助の頭がはるか下にある。
膝立ちになった佐助の両腕が私の腰に回される。痛みを感じないのに振りほどけない強さを込められたそれに佐助の器用さを垣間見る。
見下すことに快感を覚える。ああ…その顔で見るなと…、普段は口にせずとも私のやろうとしていることを先回りしているのにこういうときばかり考えを読み取れないことに腹を立てて乱暴に髪を掴み、引き離す。



「鬱陶しい」
「…っ」
「直せ」
「…な、にを…?」
「その顔を」



ああ…でも傷はつけるな。
そう言えば"困惑"が足されて一つ胸の締めつきがきつくなって、わかった?と聞くように二三度髪を引けば今度は"痛み"が足されてまた締めつきがきつくなる。



「佐助、」
「なに…名前…?」



扱いは決していいものじゃないというのに、どんなときだろうと名前を呼べば若干であってもその表情に喜色を浮かべる。



「……名前…?」
「……」
「…名前、」
「うるさい、」
「ッ、ん……っんん」



乱暴に口づける。少し身を屈め、それでも届かない唇を、後頭部に手を回して掴んだ髪を引っ張るようにして近づかせる。従順な佐助は辛いだろう体勢のまま私の唇に自分のそれを重ねる。
男性らしく薄い唇は、けれども見た目以上に柔らかくて、経験人数の浅さを物語る。ぁあ…こんなにルックスがいいのに…、ミスマッチが愛しく感じられる。下唇を食み、甘噛みをして目を見てやればさっきまで見受けられなかった"色"がついた。軽く吸って舐めてやれば"ぁ"と甘く鳴く。

ゆるく強弱をつければ表情は砕け、手をうなじへと下げ這わせれば涙ぐむ。甘い…あまい、…酔いしれていれば佐助の手が私の首に回り引き寄せられて重心を崩す。不意に開けてしまった唇に佐助の舌が侵入する。
ふざけるな、



「ぁっ、……なまえ…っ、」
「…調子に乗るな」
「…んっ、ぐ」



舌を噛んで顔を離せば自然と佐助に馬乗りになるその態勢が気に入らなくて口に指を突っ込む。苦しそうにしながらもどこか嬉しそうに見える。彼は別にそういう性癖の持ち主なんじゃなくて極度な"構ってちゃん"というだけで、どんな扱いであろうと"私に触れてもらえてること"が嬉しいんだと以前に話していたのを思い出した。

よくわからない。考えが読めないわけじゃないけど、どうしてその考えにたどり着くのか分からない。彼の行動に慣れて、飽きて、途端変わる反応、歪む反応。知れずにそれにはまっている私がいて、


ああ…何だかんだ佐助は、唯一私を飽きさせ続けない存在かもしれない、と浅はかなことを考えて、

愛してる、なんて囁いて優しく、深く…口づけた。









そして目を閉じナイタ君




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