「本場には及ばないかもしれないけど、フィップスと私が作ったシュトーレンもなかなか悪くないでしょ?」

「はい!とっても美味しいです。大叔母さ……いえ、ヴィクトリア女王陛下」


「フフ……それはよかった」



その日、Wチャールズに見守られながら、公爵令嬢と女王陛下はにこやかにお茶を囲んでいた。




「それで……あなたの恋の行方はどうなったのかしら?」


唐突に放たれたドイツ語にクレメンティア嬢はぴくりと眉を動かした。


後ろに控える2人の執事に会話の内容を悟られないようにする女王なりの配慮だった。
それに倣って、公爵令嬢も母国のドイツ語で返答する。



「伯爵にはとってもよくして頂いていますわ。……ただ、"それ"に関しては全く進展なしです。女としてみられていないみたい」



クレメンティア嬢はため息交じりに肩を落として答えるのをみて、フィップスもつられてため息をこぼしそうになった。







如何なる状況でも対応できるように、ドイツ語くらい習得しておくのが一流の執事だ。


そう思ってフィップスはこれまで自分の美学を誇らしく思っていたが、今回ばかりはドイツ語を理解できる自分を恨めしく思った。




女王陛下と公爵令嬢がドイツ語で内緒話を始めたことで、暴くつもりのない話を筒抜けに聞いてしまって、なんだか居た堪れない気持ちになった。







「それは残念だわ。2人がうまくいったら私も嬉しいのだけれど」



ふぅ、と息を吐いて女王陛下は眉を下げた。



女王陛下がエッペンシュタイン公爵令嬢の恋路を支持するのは、何も親戚の娘だからという理由だけではない。

彼女の父君はドイツの親英派の政治家の重鎮だった。
その娘である公爵令嬢が自分の部下である英国貴族に嫁げば、ドイツの政界を抱き込むことが容易になるという思惑があった。




やがて、何かをひらめいたヴィクトリア女王は瞳を輝かせて両手を合わせた。




「そうだわ!来週の舞踏会は、グレイに貴女をエスコートさせましょうか」


「え……ですが来週の舞踏会なんて、そんな急な……すでにパートナーが決定しているのでは?」


「あら、主催者は私よ?権限なら私が持っているわ」




有無を言わせない女王の言葉に、公爵令嬢は今まで感じたことのない圧力を感じて少しだけ怯んだ。





異国の言葉が飛び交う2人の女性陣の会話に、渦中のグレイは何を思っているのだろうか。


フィップスは隣に立つ彼にちらと視線を向けたが、石像のように微動だにしないその横顔からは何も読み取ることができない。



これから巻き起こる嵐の予感に、フィップスは心の中でひっそりと本日2回目のため息を吐いた。






***




「……というわけでね、名前。来週の舞踏会のパートナーを変わってもらえないかしら?大叔母様にはちゃんと許可を頂いてるの」




目の前の公爵令嬢は両手を合わせて、ハシバミ色の瞳を潤ませた。

このおねだりを断れる紳士なんて存在しないんじゃないんだろうかと思わせられる。





「名前がダンスレッスンを頑張っていたことは聞いているわ。だけど私は再来週で帰国が迫っているし、どうしても出たいのよ……だから、お願い!」






公爵令嬢はぎゅっと目をつぶって懇願して見せた。


そもそも、主催者である女王陛下から許可がでているのなら名前がこの申し出を断れる余地などハナからないのだ。


それにも関わらず、この異国の少女は律儀にも使用人ごときにこうして承諾をねだっている。








「……わかりました」






わずかな間をおいて、そう答えると公爵令嬢はパアッと瞳を輝かせた。








いままで何でも手に入れてきた可愛らしいお姫さま。



美しい容姿も、尊い家柄も、家族も、その清らかな心も……あなたは何でも持っているのに。
これ以上、一体何を得ようというのです?






(……嗚呼、マダムレッド。やっぱり私、恋って解らない)








他の女の子たちとはあまりにも状況が違いすぎるし、それに……


恋がこんなにも醜い形をしているなんて、誰も教えてくれなかったもの。








***






『ちょっと!どういうつもり?』




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