(一年後……)








小さな教会の片隅に、まだ建てられたばかりの真新しい石碑があった。
その前に腰を下ろして花束を手向けると機嫌の悪そうな声が背中に刺さった。




『なんでフィップスがここにいんのさ』




振り返ると墓標を建てた張本人が立っていた。



「……番犬からの連絡を伝えに来た。ドラッグを密売していたイタリア系マフィアのフェッロファミリーを殲滅した、とのことだ」


『あっそ。どーでもいいよ、そんなこと』




彼は仕事の話には心底興味がなさそうに息を吐いた。

銀色の後ろ髪を潮風に靡かせながら、その手には自分と同様に白い百合の束を携えていた。



「それに……命日だからな」




そう言って遺体のない空っぽの墓に目を遣ると、グレイはフンと鼻を鳴らした。

1年前の今日、名前は忽然と姿を消した。


最期に彼女と会話をしたのはグレイ家の従僕。そして……真冬の海に身を投げる名前らしき女性の姿を目撃したのは、海辺を散歩していた近所の老人だった。

状況からして生存の可能性は絶望的だった。




グレイは持てる全ての公的権限を使って捜索したようだったが……ついぞ彼女は見つからなかった。


遺体すらもあがらず、彼女がこの世界にいた痕跡はまるで泡のように跡形もなく消えてしまった。





『名前の奴、遺書だけ従僕に渡しておいてさぁ。何て書いてあったと思う?"マイケルをよろしく"だってさ!あ、マイケルってのは名前が面倒みてたウチの雑役少年(ページボーイ)なんだけど』




グレイはフィップスの横に腰を落とすと、目の前の墓石に向かって悪態をついた。




『結局、最期まで他の男の話だもん。妬けちゃうよねー』


自嘲気味に吐き捨てられた言葉は、隣の自分に向けて言っているのか、それとも名前に向けて言っているのか、フィップスには分からなかった。



「そもそも彼女は何者だったんだろうな」

『さぁね。こっちが聞きたいよ』 





後に分かったことだが、彼女の身分証明書はすべてデタラメだった。

アクセントや物腰からして中流以上の家柄の娘であることは確実だったが、そんな彼女が何故経歴を偽ってグレイの元で働いていたのか、今となっては知る術がない。


戸籍も見つからず、年齢も出身地も……本名さえも分からない。






『なんで死のうと思ったんだろうね、名前』


この一年誰もが思っていたこと。
何気なく放たれた疑問にフィップスは言葉を濁した。



「お前たちは……好き合っているものだと……」



__だから、死ぬなんて思いもよらなかった。


相棒の言葉にグレイはすかさず鼻で笑って、棘のある口調で返す。






『だからって、恋人達の村(グレトナグリーン)で駆け落ち婚でもしろってわけ?』


「……」


『できるワケないよねぇ?』




そんなことは現実的ではない。


グレイが彼なりに名前のことを大切に想い、二人が惹かれ合っていたのは事実だった。




だが、結ばれることは叶わない。
それを苦にした自殺なのだろうか?
……何かが釈然としない。どうもそんな単純な話に思えない。



しかし、そんなことは今更考えてもどうせ分からないことだ。
出口のない話から話題を変えようとフィップスが考えを巡らせていると、グレイは口の端を少しだけ持ち上げた。





『……っていうかフィップス、名前のことちょっと好きだったでしょ』


「!」




思いがけない話にフィップスは珍しく目を丸くした。

やがて気を取り直すと、グレイに背を向けフッと笑った。




「さぁな」

『ふーん?』



納得のいっていないような視線を投げかけながらも、グレイは腰を上げて彼に追従するように歩き出した。







『ま、でも……もう女は懲り懲りかな』







独り言のように放たれたグレイの呟きは潮風に乗って、寂寞とした空の彼方に吸い込まれていった…_。



























「All her plans have gone down the drain」
「彼女の計画は全て水泡に帰した」


「アクアナイト」
end.





※後日談を2話追加予定



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