おそるおそる目を開けると、グレイの腕に抱き止められていた。
彼の長い髪が流れ落ちて、名前の頬に触れる。



「す、すみませ……」


言いかけて口を(つぐ)む。




──そういえば、前にもこんなことがあった。

宮殿の資料室で脚立から足を踏み外してしまったときだ。でも、あの時とは違うのは……




グレイは情欲の色を宿した瞳でこちらを射抜いていた。
その眼は執事でも伯爵としてでもない、一人の男の眼差しだった。


『……』


その目線にゾクリとしていると、わずかな間をおいて密やかに彼の唇が重ねられた。


「……っ!」


その心地よさに自然と目を細める。
普段の彼からは想像も付かないほど優しく触れる仕草に心臓がきゅっと締め付けられるような切なさを感じた。



「……っふ、今度はどんな言い訳を聞かせてくれるんです?」


唇が離されると、上目遣いで彼を仰いだ。

グレイと口付けを交わすのはあの日の夜以来だった。

だけど、いまはクリスマスでもなければヤドリギの下でもない。
この口付けの理由がない。
挑発するように見つめ返すと、彼はそれが気に食わなかったようでぴくりと片眉をつりあげた。



『言い訳?』

「そうでしょう?だって……」





(言い訳しないと、キスも出来ないクセに)


そんな意味を込めた眼差しを送る。



すると、強い力で手首を掴まれ背中を壁際に縫い留められる。逃げられないように彼の腕の中に閉じ籠められた。



チャールズ・グレイは華奢な見た目に反して、とても力が強い。

以前、彼のレイピアを手に取った時、細い刀身とは裏腹に思ったよりずっしりと重みがあることを知った。
よくこんなものを普段軽々と振り回せるものだとその時は思った。



掴まれた方の手首はびくともしない。
とても片腕が負傷している人間の力とは思えない。

患部が利き手じゃないとはいえ、片手でも彼に敵わないのかと思い知らされる。



『ねぇ……聞かせてよ、君はボクが嫌い?』



顔を上げると、彼は見たこともないくらい冷ややかな目付きでこちらを見下ろしていた。


「嫌いに……」




面と向かって問われ、言葉に詰まる。

憎かった。殺してやりたかった。
今までずっと父の仇だと、そう思っていたはずなのに……





「嫌いになれたら良かったのに……」


そうだったら良かったのに。

名前の言葉にグレイは一瞬、驚きに目を見開いたあと、やがて艶やかに口端を吊り上げた。



『へぇ……そう?』



そう告げると先ほどのキスとは打って変わって、荒々しく吸い付くように重ねされた。
そんな彼を受け入れるように自ずと名前の唇は開かれる。

遠慮のない口付けを浴びせられ、性急な彼の手は彼女の胸元のボタンに手をかける。


「だ、だめ……っ」

『ダメ?嫌、じゃなくて?』



こぼれ出た名前の言葉に、グレイは悪戯っぽい口調で返す。

白い肌が露わになると彼はそこに顔をうずめ首筋に舌先を這わせた。
それは緩やかに下へとくだり、鎖骨を通り過ぎ……ついには柔らかな膨らみの先端に到達した。


「あっ……」


押し寄せる甘い刺激に身を捩り、思わずグレイの肩にしがみつくと、彼はその様子を上目遣いで盗み見る。



(……もしかしたら、私は心のどこかでこうなることを期待していたのかもしれない)



自分の腕の中で快楽に崩れる彼女を見届けると、グレイは隣にある寝室のベッドにちらと視線を向けた。




『場所……変えよっか』





有無を言わせない当主の言葉に何も抗えず、名前はそのまま手を引かれ、彼の腕の中に溶けていった。








「オフィーリアの(いざな)い」
続く??



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