『あぁ、もう!食べにくいなぁ!』
マダムレッドに促され、意を決して扉を開けると、早くもフィップスからの見舞い品なのかグレイのベッドの周りは多くの果物やデザートに囲まれていた。
右腕は包帯で巻かれ、動かせないようにギプスで固定されていた。
片手の使えない彼は、もう片方の手でデザートを食べようとフォークを口元に運んでいたが、突然入って来た名前をみるなりその手を止めた。
『あ、名前……』
こんな満身創痍な彼は初めて目にする。
わずかな沈黙のあと、彼は小さくぼやいた。
『……はぁ。全くツイてないよね。なんでボクだけこんな目に遭うかなぁ』
不満げに口を尖らせると、デザートを運ぶ手を再開させた。
『陛下お一人なら問題なかったけど、公爵令嬢もお守りしなきゃいけないのにテロリストが同時に7人も押し寄せるんだもん。しかも爆弾なんて持っちゃってさ。おかげでこのザマだよ』
「……」
モゴモゴと頬張りながら彼の愚痴は続く。
唇についたお菓子の欠片をペロリと舐めとると、ニヤリと口の端を持ち上げた。
『ま、全員処分してあげたけどさ』
そこには、いつもと変わらぬグレイの姿があった。
何も言えずいると彼は眉を寄せてこちらに顔を向けた。
『ちょっとー、何か言ったらどうなの……って……えっ?ちょっ、なんで君が泣いてんの!?』
「……え?」
ぎょっとした面持ちで瞳を瞬かせるグレイに指摘され、自身の頬に触れるとそこには涙が伝っていた。
「え、あれ……なんで……」
自覚すればする程、ハラハラと涙が止まらなかった。
グレイは相変わらず困惑した様子でこちらを見つめている。
「……っすみません、私 出直して来ます!」
振り絞るように出した声すらも涙声になってしまう。居た堪れなくなり、グレイに背を向けその場を去ろうとすると……
『待って』
ベッドの中からすらりと伸びた左手に腕を掴まれ、くるりと彼の方へ向かせられる。
「……!」
『もう少しだけここに居て』
……本当のことをいうと、チャールズ・グレイが襲撃されたと聞いた時、どこかホッとする自分がいた。
もし彼が死ねば、もう自分が直接手を下さなくていいのだと。だから、この涙は純真な公爵令嬢の涙とは大きな違いがある。
(嗚呼……クレメンティア様。流す涙の美しさでさえ、私は貴女に及ばない)
だけど、いま病室でいつも通りの彼を見て、心から喜んでしまったのも事実だった。
ターゲットの無事に安堵して、泣いてしまうなんて暗殺者失格だ。
(ずっとずっと、気付かないように蓋をしてきたのに……)
もうこの想いを隠せない。
認めるわ、マダムレッド。
(私、彼に恋してる……)
その後、追加の差し入れを持って来たフィップスが病室に入ってくるまで……
グレイは名前の腕を掴んだまま、ただ黙って泣きぬれる彼女を見つめていた。
「白に塗り潰される」
続く??
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