***







「クレメンティア・フォン・エッペンシュタイン。……それが彼女の名前よ」








そう言うと、ヴィクトリア女王は穏やかな表情を湛えて優雅に紅茶を口に運んだ。









『このお方が、陛下の遠縁にあたるドイツの公爵令嬢ですか』










グレイはジョンに手渡された令嬢の写真付き経歴書をしげしげと眺めた。


利発そうな顔をしているが、表情はどこかあどけなくまだ16、7歳ぐらいだろうと思った。











「そう。彼女は今年の夏に社交界デビューを果たしたばかりなのだけど、英国文化に興味があるみたいでね。3週間ほどこちらで語学留学を兼ねた異文化交流がしたいそうよ」



『それはまた随分と活発なお嬢様ですね』









皮肉めいたグレイの言葉に女王陛下は微笑を浮かべたまま意味深に瞳を薄める。










「ふふ、そうね……。それで、その子を貴方の所有するロンドンの町屋敷(タウンハウス)に滞在させてほしいのよ、グレイ」





ほら、来た。


どうせ厄介な話だろうとは予測していたけど、ここまでとは……と、グレイは内心思ったがその心をすべて飲み込んで、目を瞑って恭しく一礼した。






 


『承知いたしました』




「丁重にもてなして差し上げてね、彼女は嫁入り前の娘さんなのだから」















***








『全く……なんでフィップスん家じゃなくてウチなのさ』








グレイは回廊に出るなり頭の後ろで腕を組み、傍にいたフィップスに小さくぼやいた。






「さぁな……。ただ、お前に指名が入ったのは先方からの要望らしいぞ」



『はぁ?なにそれ。ボクは先方と面識がないんだけど?』







陛下のことだから、このドイツの令嬢の語学留学とやらがただの物見遊山であるとは到底思えない。


何か別の思惑があるように思えてならないがその真意が見えない。








『第一、いくら女王陛下の執事とはいえ、独身の男の家に嫁入り前の娘をホームステイさせようなんて、先方は何考えてるんだろうね?まぁ、護衛の意味もあるんだろうけどさー』









グレイはジョンから受け取った公爵令嬢の資料をもう一度、取り出した。









(ご丁寧に写真までつけちゃってさ。これじゃ、まるで……)













ーーまるで見合い写真のようだ。











ふと浮かんだ女王陛下の考えに、グレイは背筋がじわりと寒くなるのを感じた。











『まさかね……』












「裏切りはノーサンバーランドの風と共に」
続く??



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