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『こちら、ロドキン夫人。今日から君のダンス指導をしてもらう』
ふくよかな中年の貴婦人は、愛想のいい笑みを浮かべつつダンス講師らしい優雅なお辞儀をしてみせた。
「お初にお目にかかります、ミス名前。ダンスの経験がなくったって心配ご無用ですわっ。この二ヶ月で貴女を舞踏会の華にしてみせてよ!」
「はあ……」
温度差の感じる気の抜けた返事をしても、目の前のマダムはニコニコと笑顔を絶やさずにいた。
『正確には5週間だよ。あんまり時間もないし、ボクのパートナーを努めるからには恥ずかしくない出来にしといてよネー』
高揚としたロドキン夫人とは対照的に、グレイは素っ気なく言った。
「勿論ですわ!フフ……。それにしても、”あの”グレイ伯爵が突然ダンスだなんてどういう風の吹き回しかしら?」
バサッと広げた扇を口元に寄せて、ロドキン夫人は意味ありげに瞳を薄めて見せた。
……そう、彼女の言うとおりグレイが舞踏会で踊った姿を皆 殆んど見たことがなかった。(大半食事に夢中だからというのもあるが)
そんな中突然の舞踏会の正式参加で、しかも付き人の女をペアに選んでわざわざそれにプロの講師をつけるだなんて、なにか勘ぐられるのも無理はない。
グレイはそんな夫人の挑発には乗らず、いつもの社交界用の愛想笑いで受け流した。
『たまには舞踏会で踊るのも一興だと思っただけですよ』
ピシャリと言い放つグレイの態度に、夫人は笑みを浮かべながら肩をすくめた。
「まぁいいでしょう。それでは、レッスンを始めましょうか」
気を取り直したロドキン夫人に強引に腕を引かれ、グレイの前に向き合わされる。
「まず伯爵。ミス名前の手をとり、腰に手を回して」
「えっ」
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