「チャールズ!こら!出てきなさい!」







グレイ家の広い屋敷の中で、今日も伯爵夫人の叫び声が轟く。








「もうっ!今日はエリザベスお姉さんに剣術の手解きをしてもらうんでしょう?」






ドレスの裾を捲り上げて、目の前を遠ざかる小さな白い影を早足で追いかける。


どうせ、彼のお気に入りの隠れ場所はいつも食堂だ。








「嫌だよ!今日はフィップスかエドワードじゃないと剣の稽古うけないからね!」







チャールズと呼びかけられた小さな少年は、食堂にある暖炉の影に隠れてうずくまり、抵抗の意を示す。


まだ幼子とはいえ逃げ足が早く、身体能力に優れているところは父親譲りだ。







「ダメよ。フィップスさんだったら貴方を甘やかすし、エドワード君だったらサボる気でしょ」

 




名前は呆れたように息を吐いて腰に手を当てた。
あの2人を敢えて指名するなんて、まだ4歳ながら自分に甘い大人が誰だかしっかりと理解している。

歳の割に狡猾な我が子に思わずため息がこぼれる。






(……全く。変なところばっかり父親似なんだから)







4年前、チャールズとの間に彼にそっくりな男の子を授かった。





女の子のような顔立ちに、真白な銀髪の我が子は、驚く程チャールズによく似ていて、屋敷の侍女も執事も旦那様の小さい頃に瓜二つだと言って可愛がっていた。



父の名をそのまま受け継ぎ、名前もチャールズと名付けられた。




そして、彼が成長する度にあることに気がついた。


オックスフォード邸でチャールズがサラの夫を殺した夜……そして、オールコック男爵夫人に詰め寄られ意識を失ってしまった日。

あの日見た夢の天使は、息子のチャールズだった。





中性的な顔立ちをしていたから、少女の天使だと思っていたが、成長する息子の顔を見るたびにあの天使の顔が脳裏に浮かぶ。

きっと危機が迫っていることを、息子のチャールズが夢の中で報せてくれていたのだろう……と今にして思う。







「とにかく!ボクは今日は稽古しないからね!リジーには帰ってもらって!」







しかし、夢では天使だった彼も成長する毎にじゃじゃ馬に育ち、今では稽古をサボろうと母の手を焼かせる始末。




小さなチャールズは食堂に置いてあったカップケーキを掴んで口に含み、そのまま庭に飛び出そうとすると……






(ぐいっ)







何者かに思い切り服の襟首を掴まれ、小さな身体がふわりと宙に浮く。






「うわぁっ!?」



『なにしてんの』






少年が驚いて後ろを振り向くと、先程まで小生意気な笑みを浮かべていた彼の表情はみるみる蒼くなっていった。





「お、お父様……」




「チャールズ!帰ってたの?」




蒼白する愛息子とは対照的に、久しぶりの夫の姿に名前の表情は喜びでぱっと華やいだ。






『今日は陛下をバルモラル城までお送りするだけだったから、あとはフィップスに任せて帰ってみたら……
ダメじゃん、ちゃんとお母様の言うとおりにしないと』




グレイは自分に瓜二つの息子にじろりと目線を向ける。




「だ、だって……」


『あぁ、それとも……そんなにミッドフォード侯爵令嬢の稽古が嫌なら、代わりにボクが稽古をつけてあげよっか?』





にやりと瞳を細めると、少年は顔を真っ青にして大きく首を左右に振った。






「ひっ……!お父様はいや!リジーに教えてもらう!」


『だったら、さっさとしてよね』






襟首を掴んでいた手を離すと、少年は慌てて稽古部屋の方にむかっていった。







「ハァ……どうしてあんなにエリザベスの稽古を嫌がるんだろう?」





彼女は剣に関しては少しスパルタ気味なところがあるけど、教える物腰はとても優しい。


少なくとも、容赦のない弱い者いじめでしかない父親の稽古よりは百倍マシなはずである。






妻の何気ないつぶやきにチャールズは心底鬱陶しそうに長い髪を後ろに流して応えた。





『女の子に一本も取れないのが悔しいんでしょ。剣の天才と謳われる侯爵令嬢に、アイツがまだ勝てるわけないのにね』


「なるほど……。負けず嫌いなところは誰に似たのかしらね?」







名前が揶揄うようにそう言うと、チャールズはぴくりと片眉を吊り上げた。




『なにさ。ボクはあそこまで我儘じゃなかったけど?』


「さあ、どうかしら?」





クスリと笑うと、彼はふんと鼻を鳴らして顔を背けた。

不貞腐れたときの横顔も親子そっくりだ。






(やれやれ……息子はともかく、父親の方は子どもよりも子どもらしい)











私たちは女王陛下と故アルバート公のようにロマンチックな恋愛結婚ではないし、きっと許嫁でなかったら彼と結婚していることもなかっただろうと思う。





結婚生活も楽しいことばかりではない。

……それでも、私の許嫁がチャールズでよかった。











「じゃあ、久しぶりにお父様も帰ってきたことだし、今日はお稽古を頑張ったら、夕飯のデザートに2人の好きなものを用意させましょ!」




稽古部屋で練習着に着替えた息子にそう呼びかけると2人のチャールズはぱぁっと同時に瞳を輝かせた。





その笑顔がこんなにも愛おしい。













(嗚呼、私……)












彼と結婚してよかった。
















「君は我儘をいうために生まれてきた」
The end.


White marry【完】

あとがき&お知らせ




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