……やっぱり都会(ロンドン)はあまり好きではないな、と改めて思った。


自分には、のどかな田舎の暮らしの方が性に合っているように感じる。

でもそうは言っていられない。
これからこの世界で生きていかねばいけないのだから。






「お父様の件、とても残念でしたわね。お悔やみ申し上げます」






その言葉に、賑やかだった空間に少しだけ緊張が走る。


腫れ物を扱うような人々の視線が一斉にこちらに集まった。



けれど動揺をみせてはいけない。
感情を表に出すのは上流階級の人間のすることではないからだ。


緊迫した空気を柔らかく受け止めようと努めて平静を装い、たおやかにお辞儀した。



「痛み入ります。でも、父は昔から身体が弱かったので……こうなることは予め覚悟ができていました」


「それでも親しい人を失うのは悲しいわ。精力的だった女王陛下だって、アルバート王配を亡くされてから20年以上喪に服されてることだし」




暗い話題が続き、にわかにしんみりとした雰囲気が流れた時……




「でも、"The night is long that never finds the day"(明けない夜はない)そうでしょう?」


誰かがシェイクスピアの言葉を引用した。

その言葉に、ひとりの貴婦人が好奇心の光を宿した瞳で両手を打った。




「新聞で拝見したわ、グロヴナー侯爵とのご婚姻が決まったそうね!」




上流階級の動向は瞬く間に新聞に掲載される。


噂好きの貴族たちが、我先にと鮮度の高い情報を入手したくて仕方がないのかもしれない。



「きっとお父様も娘の結婚を天国から祝福している筈よ」


一人の優しげな夫人が穏やかな瞳を向けた。
その言葉に少しだけ後ろめたい気持ちになった。




(父は……きっと喜んでいることだろう。だって、英国一の資産家であるグロヴナー侯爵との結婚は誰よりも父が望んでいたことなのだから)



「式はやっぱり喪が明けてからかしら?」


「新婚旅行の行き先はもう決まっているの?」





明るい話題に移行し、皆んなわいわいと囃し立てた。
きっと今日のマダム達がしたかった本題は父の訃報よりも侯爵との結婚についてだろう。




「それは……」



矢継ぎ早に質問され、返答に困っていると……








「あら、グレイ伯爵だわ」


(えっ……)





思わぬ人名の登場に一瞬で頭が真っ白になった。



皆の視線をなぞると、確かにそこには"彼"がいた。



(まさか彼も今日のパーティーに来ていたなんて……)




今はもう懐かしい痛み。
すっかり忘れていたはずなのに……

彼を見た瞬間、すべての時間が巻き戻った。







『あれ〜名前じゃん、久しぶりだね』




彼はこちらを見るなり、黒いグローブを付けた手をヒラヒラと振りながら軽快に近付いた。

口元に笑みを浮かべ、まるでつい先週も逢ったばかりのような調子で……何事もなかったかのように。
その灰色の瞳は昔と変わらず、私を捉えていた。




「グレイ……卿」


笑顔が引き攣り、少し声が掠れてしまった。
動揺を隠せない私の姿に彼はどこか楽しそうな笑みを浮かべる。



貴族の結婚はすぐに新聞に掲載される。

ならば、彼も知っているのだろうか?……私の婚姻を。




「まぁ、お二人はお知り合い?」


今日のパーティーの主催者(ホスト)で知りたがりのマダムが私たちを見比べ、好奇心旺盛なその瞳を輝かせた。


改めて関係性を問われると言葉に詰まる。





(彼は……私の、一体なんなのだろう?)







彼は……






「彼は、私の……幼馴染です」






***











私と彼の家は本邸の領地が近く、小さな頃からの幼馴染だった。


親同士の付き合いも深かったしお互いの家をよく行き来していた。




「お兄様ったらひどいわ!また私を除け者にしてフィップス達と遠乗りに行ったんでしょう?」





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