それはちょっとおかしな日。でも、今にして思えば、それが運命だったのかも知れない。

オメガと初めて会ったあの日から、ボクはオメガが気になり始めていた。
なのに、彼女はあまり学校へ来ないらしい。
そこらへんの生徒に聞いてみると、とんでもなく美人だとか、男に身体を売ってるとか、薬をしている、だとか
ろくな噂を聞かない。
それでもボクは彼女が何となく気になったので、良く姿を見かける、という繁華街にふらふらやって来てしまった。
次第に空は暗くなる。それに反比例するかのように、街は極彩色の光に包まれはじめる。
・・・・・・帰ろうかな。ぼやっとした闇の中でそう思い始めたときだった。
前方で、見慣れた少女が、恰幅の良い男に連れ添って、ホテルに入ってゆく。
綺麗な金髪、ルージュに縁取られた唇、ボクと同じ血の様な真紅の瞳。
突然、言いようのない衝撃と衝動が全身に走る。ボクはいつの間にか走り出していた。
そして、男が金を払ってる隙に、少女―――オメガの手を取った。
「走れ!」
ボクはいつになく乱暴にそう叫んで、驚いているオメガを連れて逃げ出した。
ドーナツショップに入り込み、適当に商品を頼んで、一番奥の席に座る。
「おい、お前なんて事をしてくれた」
大事な商売を邪魔されたせいか、やや怒っているらしいオメガ。でも、ボクは今そんなことは気にならなかった。
「それはこっちのセリフだよ!!」
「あんな所でなにやってるのさ」
良いながら、一息吐いて水を呷る。
「・・・・・・俺の噂は聞いているはずだ。その通りの事をしているだけだ」
素っ気なく言うオメガ。
紅く、形の良い唇。胸元の開いた大人っぽい黒のワンピース、高そうなシルバーのネックレス。
みんなみんな、男からの貢ぎ物だと思うと吐き気がしてくる。
今すぐ全て引っぺがしてしまいたい気分だ。
「馬鹿じゃないの!?」
こんなこと言えた義理じゃないが、ついそう叫んでしまう。
「あんな、あんな、いかにも頭悪そうな、自分よりうんと年上の男に抱かれて嬉しいわけ?」
「じゃあ、」
そこまで言って、ぐっとオメガは身を乗り出す目の前にふっくらした、白い胸が現れて、慌てて目を逸らす。
「俺を、抱いてくれる・・・・・・?」
「っ・・・・・・・・・!!」

―――男の理性なんて、紙切れみたいな物だと思う。それが若いなら尚更。

ボクは行くところがないというオメガを取り敢えずボクの家まで連れてきた。
もう良い時間だ。明日、学校がなくて良かったと思う。
「着替えて」
ボクはそう言って乱暴に自分のシャツを渡す。
オメガには取り敢えずそれを着て貰って、自分はソファにでも寝ようか。
そんなことを思っていたら、急に、背中に柔らかい物を感じた。
「お、オメガ・・・・・・!?」
鼓動が早くなる。女の子に触れた事なんて無いから余計だ。
これ以上はいけない、頭の中で警鐘が鳴っている。なのに
「抱いて。俺を、抱いて」
耳元でオメガがそう言う。ねっとりしたそれは、余りにも魅力的な、魔性の囁きだった。
ボクは振り返って、オメガを見つめる。血の様な真紅の瞳が、何かを乞うように潤んでいた。
ゆっくりと、震えながらオメガの、形の良い柔らかい胸に手を伸ばす。
境界線は、とっくに越えていた――――

――――俺はつくづく馬鹿だと思う。
いつもの様に、男を騙して、抱かれに行った。
プレゼントだ、と渡された、男好みの衣装で着飾って。
なのに。ああ、なんで。
面倒な奴だと思った。俺に話しかける奴なんて居なかったから、反応に困った。
初めて会ったのは学校の屋上。アイツは、屈託のない笑みを浮かべて、俺に弁当を分けてくれた。
・・・・・・珍しい男もいるもんだ、と俺は思った。
それ以降は学校に行っていないから、アイツに会った事は無かった。だからもう忘れた物だと、そう思っていた。
ああ、なのに。
勝手に手を取られて逃げ出し、広い部屋でシャワーを貸して貰い。
なんなんだ、なんなんだコイツは。
どうして、皆に嫌われている俺に構う。その疑問は、アイツの目を見たときハッとした。
俺と同じ真紅の瞳の奥で、コイツも、孤独を抱えていたから。
だから俺は提案した。金なんて取れなくても構わない、コイツに抱かれたい。
嗚呼、俺は本当に馬鹿だ。

「んっ・・・・・・」
ゆっくりと、恐る恐る胸を触られて、声を漏らす。
年の離れた客達と違い、まるで女みたいな、節くれのない、白い手は心地よかった。
ゆっくりと、後ろに腕が回されて、動揺する。
抱き締められたのだ、と数秒後に気がついた。

男に抱かれることは、嫌と言うほどあった。
でも、みんな自分の好きなように俺を乱暴に抱いたし、昔付き合っていたクソみたいな彼氏も、そうだった。
「これ・・・・・・」
ふと、奴が俺の火傷の痕に触れる。元彼に付けられたものだった。
「ああ・・・・・・別に・・・・・・」
俺が言いかけて、ぎょっとする。目の前の男は情けないくらいにボロボロ泣いていた。
「っつ・・・・・・ひっ・・・・・・」
「おい、な・・・・・・んで」
俺が言いかけると、ぎゅっと俺を抱き締める。
「ごめんね・・・・・・ごめんね・・・・・・痛かったよね、怖かったよね・・・・・・!!」
なんで、お前が泣くんだ。お前は、何もしていないのに。
コイツに抱き締められながら、俺は初めて涙を流した。

暫くして落ち着いてから、俺はふいに、目の前の男――イクスに口づける。
そして、小さく言葉を紡ぐと、イクスはゆっくりと、俺を白いシーツの上に倒した。
背中に伝わる、スベスベとした清潔なシーツの感触、イクスはゆっくりと薄い唇を俺に重ねる。
男のくせに、良い匂いがした気がした。キスなんて、いつぶりだろうか。
「んっ・・・・・・ふっ・・・・・・」
漏れる甘い吐息。身体が徐々に火照っていく。
ふと、いたずらに放される唇。
銀の糸がいやらしく二人を繋いだ。

「オメガ、」
紅い瞳が、真っ直ぐ俺を見つめる。
俺は次の言葉に覆い被さるように、自らの唇を深く重ねた。



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