目を閉じてとにかく体力の回復を待った。
キャプテンと目があった時、大人しくしていろと言われたような気がして目を閉じたのだ。
両手にはドフラミンゴの糸が巻き付いていて、足も体も自由だけども、チャンスが来るその時まではとにかく体力の回復を待つ。
キャプテンの方は藤虎が何かの能力で押さえ込んでいるようだし、どちらにしろキャプテンの能力があれば体力が回復出来次第、ここから逃げられる可能性がある。
「その昔…今から800年も昔の話だ…」
ドフラミンゴが静かに口を開き、語り出した。
ちょうど良い。気分良くお話しでもしてもらって逃走のチャンスを狙おう。
キャプテンの苦しそうな呼吸が時折聞こえてきて心配になる。
今の私には何も出来ないが、逃走する時に少しだけ私の能力で癒すことにしよう。
天竜人や世界政府の話し、そして王族の話しを目を閉じながら静かに聞いていると、漸くキャプテンが呼吸を荒げながら口を開く。
「じゃあ、お前は天竜人だったのかドフラミンゴ!」
「だったというのなら正解だ。今は違う」
だが、異端な七武海であることはものすごく分かった。
だから七武海としても…藤虎が言っていたようにルール違反をしているのにも関わらず、好き勝手出来たのか。
ずっと黙っていた藤虎が動き出して、私も目を開けた。
だいぶ呼吸も整ってきたし、キャプテンの方も体力をある程度回復できたらしい。
「どうした?藤虎」
「いえ何。海の方で…雷鳴が聞こえたもんで…。空色はどうですかい?」
「雷?」
ナミだ。
こんな真っ青な空にいきなり雷を落とせるのは天候を操れるナミぐらいだ。
つまり、ルフィ君の船が近くに来ているかもしれない。
「おーい!ジョーカー!奪い返してくれたんならくれよ!早く!心臓心臓!」
「……」
シーザーが草むらから顔を出し、嬉しそうにそう言うがドフラミンゴは心臓を見つめるだけ。
「それがシーザーのものだと言った覚えはねェぞ」
「ふふっ」
私もつい笑みが溢れた。
そろそろだろうか。
「何をー!てめェら今日一日それでおれを脅してただろう?!現におれの胸には今、心臓は入ってねェ!」
顔を顰めたドフラミンゴが手に持っていた心臓を握ると、遠くから海兵の悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「“ROOM”」
キャプテンの能力が広がると、私の体が淡く光った。
「しっかり重力かけときな…藤虎。おれらが逃げるぞ…」
「“ケア”!」「“シャンブルズ”」
私の能力の光でドフラミンゴの目を眩ませ、ついでにキャプテンの体を包み込むと目の前の景色が変わった。
何度も変わっていきながら、キャプテンと再び走り出す。
「脱出成功ですね!」
「ああ!ナミ屋と合流するぞ」
「アイアイ!」
キャプテンの能力を使って海岸へと目指す。
これだけ能力を駆使していれば、私が居たとしてもかなり体力を消耗させているはずだ。
ここで逃げなければ戦況がまずい。
「橋からシーザーを飛ばして、橋でドフラミンゴとやり合うぞ」
「分かりました!」
やっと橋の近くまで来れたところで海の方からナミの甲高い叫び声が聞こえてきた。
「ナミ?!」
「しまった!アイツら!!」
慌てて立ち止まり振り返るが、すでにドフラミンゴは飛んで向かって行っている。
「待て!ドフラミンゴ!」
「ああっ!ナミ達が…!キャプテン!シーザーは私が捕まえてるから能力でっ!」
「待て!…黒足屋だ!」
ドフラミンゴを見てみればなぜか飛んできたサンジ君がドフラミンゴの攻撃を防いでいた。
なぜサンジ君がここへ居るのか分からないが、とにかくこの状況でどうしたら…
どうにもならず空中で戦っているサンジ君は、ドフラミンゴの能力のことも知らずに体を固定されてしまっている。
これでは、サンジ君がやられるっ!
「先にお前を船に送っておく」
「え?!あ、ちょっと」
「“シャンブルズ”」
私が止めようとしてもすでに遅く、私はルフィ君の船の上に降り立った。
「わあ!今度はナマエが現れた!」
「サンジ君は?!」
上を見上げればキャプテンがドフラミンゴとの位置を入れ替え、サンジ君の目の前に飛んでいた。
良かった…これでとりあえず全員船に乗ることが出来る。
安堵のため息と共に、船に戻ってきたキャプテンにすぐ駆け寄った。
「キャプテン」
「怪我は」
「大丈夫です」
「おれの心臓を船内から持ってこい」
「アイアイ!」
ドレスローザへ到着する前にキャプテンに言われた。
シーザーの心臓をおれが持つから船にキャプテンの心臓を置いていくと。
私に場所を伝えてくれて一緒に隠しておいたのだ。
船内から出ると黒い影が船を覆って、私はすぐに空を見上げた。
軍艦っ!藤虎か!
「キャプテン!心臓持ってきたよ!」
隕石をタクトでぶつけているキャプテンの胸元に心臓を戻すと、キャプテンが私を抱き寄せた。
「覚悟はいいか」
「今更ですよ」
「なら、おれから離れるなよ」
キャプテンの横で空中に居るドフラミンゴを見上げた。
攻撃態勢だ。
「おいロー!お前、ドフラミンゴにこだわり過ぎちゃいねェか?!」
サンジ君の大きな声にドキッと心臓が跳ねた。
麦わら一味には通過点としか話していない。
だが、私たちの目的はあくまでもドフラミンゴだ。
「キャプテン、来ます!」
ドフラミンゴの攻撃を伝えると、キャプテンは両手で鬼哭を構えてその攻撃を受け止めた。
「いいか!雲のない場所を探して進め!ドフラミンゴはイトイトの能力者。雲に糸をかけて空中を移動してる、雲のない場所じゃ追ってこれねェ!」
私も刀を抜き取って鬼哭に巻き付いた糸を斬ると、キャプテンはナミたちが捕まえたドフラミンゴの部下に鬼哭をつきつけた。
「ドフラミンゴ!これを見ろ!ナマエ、飛ぶぞ」
キャプテンの呟きに頷くと、ルフィ君たちの船が飛んでいく瞬間に橋へと能力で移動する。
少し距離を置いた先にドフラミンゴが降り立つと、私の心臓は鼓動を速めた。
この男と戦うのはこれで最後にしてやる。
そう意気込みながら自分の刀を握りしめた。
「麦わらの一味を半分逃して何の意味がある…。もう半分はドレスローザに居る。あいつらを全員人質にすりゃシーザーなんてすぐに返しに来る!」
「そうやってナメきって大火傷した奴らが数知れずいるんじゃねェのか…?」
ジャングルで捕まっていた時にドフラミンゴが言っていた言葉だ。
相変わらず挑発するのが上手いなキャプテン。
その証拠にドフラミンゴの額には青筋が立っている。
「残念だが、おれ達と麦わら一味との海賊同盟はここまでだ」
「あァ?!!」
「手を組んだ時からあいつらを利用してスマイルの製造を止める事だけが、おれの狙いだった!もし、この戦いでおれがお前を討てなくても、スマイルを失ったお前はその後カイドウに消される」
「成る程…刺し違える覚悟か…」
ルフィ君たちを利用したという事実は胸を締め付けられるけど、私はこの日、この時のために一年半もキャプテンから離れて修行したのだ。
「お前が死んだ後の世界の混乱も見てみてェが…おれには13年前のケジメをつける方が重要だ!ジョーカー!」
その声にキャプテンから聞いた過去の話しが頭に過ぎった。
全ては目の前の男、ドフラミンゴが悲劇を招いたこと。
コラさんの話しをキャプテンから聞いた時、キャプテンとコラさんの幸せを壊したドフラミンゴが憎く思えた。
誰だって愛する人を苦しめる人物を憎しむだろう。
「お前のやっていることはただの逆恨みだ、ロー!お前の逆恨みに自分の女まで巻き込んでんのか?!」
「恨みじゃねェ…おれはあの人の本懐を遂げる為、生きてきたんだよ!!」
能力が展開されるとキャプテンと同時にドフラミンゴへ刀を下ろした。
「ナマエ!お前はそんな男のたかが復讐に命を捨てんのか?!」
「私の命、どうしようとアンタには関係ないっ!」
事前にキャプテンとはドフラミンゴとの戦い前に心得を話していた。
常に冷静でいること。そして、お互いに攻撃を受けていようが動揺せず、ドフラミンゴから目を離さないこと。
ドフラミンゴはキャプテンと私のどちらかが攻撃を受けていれば動揺すると、片方を集中して攻撃する可能性がある。
現に、今キャプテンの攻撃を防ぎながらも私に向かってきている。
「フフ、安心しろよナマエ。お前は殺しやしない。ローの前でボロボロにして、死ぬ前におれに再生手術を施してもらうんだからなァ」
「おれがそんなことさせねェ」
このROOM内で私とキャプテンは何度も位置を能力で入れ替えながらドフラミンゴを翻弄し続けた。
「オペオペの実…厄介だな…。弱点である体力を削られるのがケアケアの実のおかげで殆ど削られねェ、相乗効果ってやつか」
やつの情報網はかなりすごいと聞いていた。
私とキャプテンの悪魔の実のこともしっかり調べてあるし、再生手術のことも相乗効果のことも調べられている。
だとしたら尚更この戦いの最中、私はキャプテンの傍に居なくてはならない。
3人の攻防が橋を崩していき、瓦礫が周囲に散っていく。
キャプテンと目が合って、私とキャプテンはドフラミンゴを挟んだ。
「?!!」
「「“カウンターショック”!!」」
同時に繰り出した技はキャプテンのものであったが、私も修行したことによってキャプテンのROOM内のみで出来るようになった技。
バチバチと音を鳴らしながらドフラミンゴに攻撃を当てることができて、私もキャプテンも乱した呼吸を整えようと必死に胸を動かす。
お願い…これで倒れてくれ…という願いは届かず、ドフラミンゴは口角を上げてキャプテンの方へ指を向けた。
「“弾糸”」
「ぐああっ!」
弾丸のような糸がキャプテンの片腕と両足を貫いた。
「っ!」
「キャプテン!あっ」
その瞬間を目にしてしまった私は反射的にキャプテンの傍に寄ろうとしてドフラミンゴからの攻撃を避けきれなかった。
側頭部を蹴り飛ばされて、私の体は勢いよく橋の鉄柱へぶつかる。
体中が痛み、地面にポタポタと血液が流れ、頭部も損傷したのか片目に流れてきて痛む腕を動かしながらその血を拭い取るが、何度も流れてきては視界を塞いだ。
「まずは、一人目」
「くっ!あああー!!!」
大きなドフラミンゴの手が私の頭をまるでボールを掴むように包み込むと、思いっきり地面にぶつけられて、私の意識はそこで途絶えた。