私が刀を抜いた直後にキャプテンが私の腕を掴み、後ろに引いた。
「お前は見学」
「何でですか!」
「白猟屋の相手は、お前にはまだ早い」
キャプテンの太刀筋にいた海兵達がバラバラになり、騒いでる時に私はキャプテンに腕を掴まれてドアの方に引かれた。
「わっ!ちょっ、ならあの女海兵」
「黙って見てろ」
そう命令されてキャプテンは白猟屋さんと女海兵さんとこへ向き直った。
なんだこれ。あの数ヶ月前に現れた謎の男の時と一緒だ。
あの時も「お前は見てろ」と言われて戦闘することもなく、私は指をくわえているだけだった。
ここまで来ると少し腹が立ってきた。
ここは敵地で油断出来ないからとずっとキャプテンに監視のような形で見張られてきたが、ここまで来ると確信に変わる。
キャプテンは私を戦わせたくないみたいだ。
まだ、私は頼らないというのか。
ギリっと奥歯を噛み締めて顔を上げると、女海兵さんが斬られているのが見えた。
「斬るならば殺せ!トラファルガー!!」
必死の怒鳴り声が響いて、顔も見たことのない全く知らない海兵ではあるけれども、その言葉に悔しさがにじみ出ている。
そんな女海兵の必死な怒鳴り声に対し、キャプテンは信じられないぐらい冷静に言葉を発した。
「心ばかりはいっぱしの剣豪か?よく覚えとけ女海兵」
挑発するような態度で言うあの感じ、私も何度もされているから分かるけど…かなり悔しい。
「弱ェ奴は死に方も選べねェ」
「っ!!!」
うわー…とどめ…。
私ですら、見知らぬ女海兵に激しく同情する。
女海兵さんは折れた刃先をキャプテンに振り上げたが、刀も短く上半身だけの体ではもちろん届くはずがない。
「気に入ったんならもっとキザんでやるよ」
やりすぎだと飛び出そうとした瞬間、私の首は煙に絞められた。
「ぐっ!」
「トラファルガー!!お前の相手はおれだ!そいつから離れねェならてめェのクルーからやるぞ」
「…くくく。海兵とは思えねェやり口だな」
キャプテンが振り上げた鬼哭を下げて、肩にかけた。
その途端に他の海兵が女海兵を抱き上げて逃げ出し、私は雪の方にぶん投げられる。
「ぎゃっ!」
ずぼっと雪山に顔面から体を埋められた。
「やけにあのミョウジ中将の娘がお気に入りだな、ロー」
「クルーは大切にする方だからな」
白猟屋さんとキャプテンのやり取りを私を含めて全員が唖然と聞き入った。
なんとなく白猟屋さんが私とキャプテンの関係を察してるっぽいなあと思っていたが、海兵たちはそちらより別の件に衝撃を受けているようだ。
「う、うそだ…ミョウジ中将の娘かよ…」
「なんでトラファルガーと一緒に居んだよ…」
海兵たちのザワザワとする声が聞こえてくるし、女海兵はお父さんを知っているのかショックを受けているような表情をしている。
というかなぜ白猟屋さんは知っているのだろうか。
もしかして、海軍のほとんどの人が知ってしまっていることなのだろうか。
だからといって私の方は何の支障もないが、父と妹が困るのではないかと心配になる。
金属のぶつかり合う音が響いて、私の思考は目の前の戦闘に戻された。
2人の戦闘はすごいもので、本当に私では歯が立たなかっただろう。
ロギア系の能力者を除外したとしても、中将の中でも結構強い方だと思うほど、実力がある。
激しくなる戦闘の中で間合いをとった白猟屋さんが私の方を見て、舌打ちをした。
「噂通りやっかいだな…」
「…」
「てめェの能力はアイツがサークル内に居ると調子が上がるというのは、本当らしいな」
「どこで情報が洩れてんのか知らねェが…海軍っつーのは口が軽い奴が多いな」
呼吸が乱れている白猟屋さんに比べてキャプテンの方は全く呼吸を乱していない。
能力は駆使しているし、白猟屋さんの攻撃を避けたり鬼哭を振り回しているというのにだ。
久しぶりの大きな戦闘で忘れかけていたが、これがオペオペとケアケアの悪魔の実の相乗効果。
「おれは元々、お前ら七武海を信用しちゃいねェ!」
「正論かもな」
呼吸が落ち着いてきた白猟屋さんの攻撃が再開された。
キャプテンが能力で岩を操作し、白猟屋さんの腹部を貫いく。
けれど、あれはロギアの能力者には効かないはず。
「ここがお前に必要か?裏に誰か居るな」
煙にいくら岩を当てても動きを止めるだけだ。
キャプテンは何か戦略があってやっていることだろうが、煙相手にどう向かっていくのだろう。
今のところ、キャプテンの方から積極的に攻撃をしていないように見える。
「この島で何を企んでいる!」
「じゃあ、お前から答えろ!お前らは何を企んでいる!」
金属のぶつかり合う音が激しくなり、再び白猟屋さんの目の前に岩が飛び出す。
岩を貫いた十手をしゃがんで避けたキャプテンの口角が上がった。
鬼哭を地面に突き刺し、手を構える。
「場所をかえなきゃ…見えねェ景色もあるんだ…スモーカー」
あの構えは…。
私は戦闘の終わりを確信して、立ち上がった。
「“メス”」
キャプテンの手が岩を貫いて白猟屋さんの心臓を貫いた。
地面に静かに落ちたキューブには大きな心臓が静かに鼓動を伝えている。
その心臓はすぐにキャプテンの手元に移動し、尚も強く鼓動を続けていた。
「何一つ…お前に教える義理はねェ」
ザクザクと雪の中歩きながら心臓を仕舞い込むと私の方へやってきた。
「てめェは上手く隠れてらんねェのか」
「…ちっ」
「今、舌打ちしたか」
頬を結構強い力で鷲掴みにされて、キャプテンの顔が近寄ってきた。
「おれにそんな態度でいいと思ってんのか?」
「だ、だって…ち、近い…ちょっとあとで話があります!」
私にも戦闘に参加させろとちゃんというべきだ。
これからどんな大きい戦闘があるかも分からないのに、私には場数が少なすぎる。
遠くからわーわーと騒ぐ声が聞こえてきて、私の頬から手を離したキャプテンが声の方を見て、私もそちらへ視線をやった。
「あそこの誰か居るぞ!」
「麦わら屋…」
「ルフィ君!!」
嬉しそうに手を大きく振っている麦わら帽子をかぶったルフィ君の動きを見る限り、術後の経過は良好のようだ。
私も嬉しくなって手を振り、彼は私たちの目の前に飛んできた。
「こんなとこで会えるとは思わなかった、良かった!あん時は二人とも本当にありがとう!あれ?喋るくまは?」
相変わらずベポの存在を気にしている変わらないルフィ君に思わず噴出した。
「私とキャプテンだけだよ」
「そうなのかー!ナマエもありがとな!ジンベエから色々聞いた!おれもジンベエもお前がつきっきりで看病してくれてたって!」
「看護師としてキャプテンの補助しただけだよ。執刀したのはキャプテン」
「でも、お前ら二人とも命の恩人だ!本当にありがとう!」
先ほどから何かを考えているのか静かだったキャプテンが私の頭に片手を乗せて、ルフィ君を見た。
「よく生きてたもんだな、麦わら屋。だが、あの時のことを恩に感じる必要はねェ。あれはおれの気まぐれだ。おれもお前も海賊だ。忘れるな」
キャプテンの言葉にルフィ君は気にせずしししっと笑った。
「そうだな。ワンピースを目指せば敵同士だけど…2年前のことは色んな奴に恩がある。ジンベエの次にお前らに会えるのはラッキーだ!本当ありがとな!」
ルフィ君がこうして何度もお礼を言うなんて、本当に盛大に感謝されているようだ。
ちらっとキャプテンを見れば、また何かを考えているようでルフィ君を見つめていた。
「スモーカーさん!!」
叫ぶような女海兵の声が聞こえてきて、私たちはそちらに体を向ける。
女海兵さんは白猟屋さんの心臓がなくなっているのに気が付き、キャプテンに向かって刀を構えて突進してきた。
「よくも!」
「おいおい…よせ。そういうドロ臭ェのは嫌いなんだ」
鬼哭を振り上げて能力を使って二人の精神を入れ替えると、キャプテンは盛大にため息をついた。
海軍に気が付いたルフィ君たちは慌てて立ち去ろうとし、思い出したようにルフィ君がキャプテンに声かける。
「おい!トラ男!ちょっと聞きたいことがあんだけど!」
「…研究所の裏に回れ。お前らの探し物ならそこにある」
ルフィ君が頷いて走り出すと、私はキャプテンに背中を押されて私たちも研究所内に入った。
「キャプテン!」
「てめェは何怒ってんだ」
「何で私にちっとも戦わせてくれないんですか!少しは私を信じてくださいよ!」
「お前には体力を温存しておいてもらいたい」
「…え?」
ただ単に私の力不足を言われるのかと思ったら、拍子抜けだ。
私の様子にキャプテンは顔を顰めて、グイッと腰を引かれて下半身がぴったりと密着し、もう片方の手が私の顎を掬い上げて固定する。
「さっきの生意気な態度といい…どっちが信じてねェんだ」
「…すいません」
「謝る態度じゃねェな」
このドアの向こうに海軍がわんさか居るというのに、ニヤニヤと笑いながら要求してくるのは恐らく仲直りのキス。
門番でもある研究員が気まずそうに私たちに背中を向けているのが見えて、一気に顔が熱くなった。
「へ、部屋でしましょう」
「お前からこの場で始めた喧嘩だ」
「うっ……わ、分かりました」
門番さんに心の中で謝罪して、背中を向けているのを確認すると顔を上げた。
それを合図にキャプテンが屈んで、私はその首の後ろに両手を回すと噛みつくようにキャプテンの唇にキスをする。
柔らかいそれを少しはむはむと自分の唇で挟むようにキスをして、ゆっくりと離れた。
舌舐めずりをしたキャプテンが色っぽく、かっこよくて、何年経った今でも初恋かのように胸を高鳴らせるのだから困る。
「よし」
「よし、じゃないですよ…」
「シーザーのとこ行くぞ」
首の後ろに回った私の帽子を私の頭の上にポスッと置いて、先に歩き出した。
何だか誤魔化されているのか、本音なのか分からないが…。
ルフィ君と出会ったことが動き出すきっかけになるかもしれない。
彼はいつも台風の目だ。
今度こそ、本格的に戦闘準備だ。
一人、意気込んで私はキャプテンを追いかけていった。