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肌寒さを感じていつもより少し早めに目が覚めた。
ブルッと体を震わせてつなぎに着替える。
いつもはつなぎの下はタンクトップだけだが、今日はその上にベポからプレゼントしてもらったハートのジョリーロジャーが描かれているロングTシャツを着て防寒することにした。
もう痛みはなく、体を思いっきり伸ばし軽く体を動かして、薬棚と輸血パックの確認をした。
自分のカルテも取り出して使った薬品と血液パックの数を確認すると、F型の血液パックがもうない。

どうやって補充するんだろう。
町で買うのか?いや、クルーから取るって言うこともありえる。
ふと、キャプテンのカルテを作った時にキャプテンの血液型を思い出した。Fだった気がする。
血をとるならキャプテン以外にもF型はいるだろうし…もしかしてキャプテンのだったりして。
自分にキャプテンの血が流れているかもと思ったら不思議と嬉しく思えた。やだ、私変態だ。

カルテをカルテ庫にしまって、まだ寝ているだろうけどちょっとキャプテンの寝顔を見てしまおうとウキウキしながら隣の船長室へ向かった。
ノックをすると起こしてしまうだろうし、もしかしたら入ってきた気配で起こしてしまうかもしれない。
寝起きは大抵機嫌が悪いし、私以外のクルーは何度もキャプテンを起こしてバラされているのを見た。
ちなみにキャプテンの能力が無効な私にもバラそうとしたので、寝起きでバラすのは寝ぼけてやっていることが判明し、みんなはちょっと嬉しそうだった。

船長室で迷って佇んでいると中から「さっさと入れ」と機嫌の悪い声が聞こえてきた。
なんだ起きていたのかと思い、「失礼します」と入ると、布団にくるまって顔だけがこちらを見ていた。

「あ、れ?起きてなかったんですか?」
「お前が医務室出た時に目が覚めた」
「え、なんかすいません」
「まだ寝るからいい。何の用だ」

何の用だと言われても…顔が見たくて来ちゃいましたなんて言ったらぶん殴られそうだ。
かといって理由も思い浮かばない。

私が口を噤んでいると、布団の中から刺青の入った手が出てきて手招きされた。
ベッドサイドに座ると手を握られて恋人つなぎをしてきた。
私は握られた手をそのままにぎゅっと握り返した。

「それで、どうした?」
「…キャプテンの寝顔、見に来たんです」
「つまり会いたくて来たと」

直球にそう言われると言葉を詰まらせたが、用はそういうことだ。
肌寒いとひと肌が恋しくなる。きっとそういうことだ。
布団が少し開かれて「来いよ」と言われ、素直に布団の中にもぐりこませてもらった。
キャプテンの首筋辺りにすりすりと頭を摺り寄せて、「擽ってェ」と低く笑う声が私の体に響いた。

「そういえば、キャプテン。私が使った輸血パックの補充は町ですか?」
「いや、クルーとおれの血液だ」
「ふふふ」
「あ?」

やっぱりキャプテンの血が私に入ってたんだ。
つい嬉しくて笑みが零れると不思議なものをみるようにキャプテンが顔を覗き込んできた。
相変わらず、かっこいい。

「私の体にキャプテンの血が流れてるのってちょっと嬉しいですね」
「くくく、ならもう流さねェように気を付けるんだな」
「はい、心得てます」

リップ音をたてながら自分から唇をくっつけて、顔を離すとキャプテンが後頭部の髪に手を入れて啄む様なキスをした。

「んっ、ん、きゃぷ、てん、ちょ、んっ」

キスによって途切れる言葉に、顔を顰めてキャプテンがキスをしながら私の体の上に乗りかかってきた。
啄む様なキスは徐々に深くなり、キャプテンの舌が侵入してくると私も舌で応えた。
絡めて、吸って、キャプテンの唾液を奪い取るように喉を鳴らずとじじっとつなぎのジッパーを下ろす音が聞こえて目を開けた。
すぐにキャプテンの肩に手を置いて抵抗するように体を押した。

「は、はぁ」
「んだよ」
「んだよじゃなくてですね。今朝ですよ?」
「朝だからなんだよ」
「あの、この先は夜にするものですし…しかも、船の上ですし」
「煽ってきたのはそっちだろ」

私はキスをしただけで、という抵抗の言葉は再びキスで塞がれた口内に消えていく。
肩に置かれた両手をシーツに押さえつけられて、キャプテンの膝が私の股倉に当てられてびくっと体が震えた。
本当にこのままではキャプテンのペースに引き込まれそうだ。
蕩けるようなキスのせいで頭が混濁する。けれど、このままでは確実にヤられる。
首を振ってキスから逃れると、露わになった首筋を舐められて「ひあっ」っと甲高い声を上げてしまった。

「キャプテン!ほんとに駄目です!痛い!お腹痛いので!」
「…」
「まだ…まだ早いですよ!」

大きく舌打ちをされて私に跨ったまま体を起こしたキャプテンを見上げた。
不機嫌そうに顔を顰め、いつもの何倍も凶悪だ。手配書の顔のがまだマシだ。
乱れた呼吸のまま譲歩した提案を出してみた。

「はぁ、はぁ、な、ならですね。今晩、ここに来てその、口でするのでどうでしょう…?」
「…おれは今ヤりてェ」
「これから朝食ですし、そろそろみんな起きてくる時間ですし…」

大きく溜息をついたキャプテンは私から体を退けると、横に転がった。

「完治したら覚えてろよ」
「うっ…お手柔らかにお願いしますよぉ」
「さあな」

私は体を起こして、ベッドから降りると乱れた髪の毛を整えた。

「私、先に食堂行ってますね」
「おれはまだ寝る」

一応、傷の事を考えてくれたキャプテンの優しさに喜びながら私は船長室を出て行った。









朝食を作っているコックの手伝いをし、朝食を取っているとゾロゾロとみんなが起きてきた。
私の隣に眠気眼のシャチが座り、目の前に大きな欠伸をしたベポが座った。

「おはよう、二人とも」
「おはよー、ナマエ」

ベポの欠伸はいつみても迫力満点だ。
大きい体に鋭くとがった牙が見えて、知らない人が見たら絶対に自分が朝食にされると怯えるだろう。

「シャチ、体慣らしに手合せ付き合ってくれない?」
「ん?別にいいけど、お前もうそんな動いていいのか?」
「大丈夫だよ。むしろオペの後は動いた方が血流が良くなって治りも早いし、てかもう治ってると思うし」

食事を口に運びながら、シャチを見ると欠伸を一つ。頷いてくれた。
食後に少しベポとシャチとお喋りしながら、食休みが済むと私たちは揃って甲板に出た。
素早くて、体術が優れているシャチの動きは勉強になるし、楽しい。
小さいときから喧嘩慣れしていると言っていたシャチはベポとペンギンさんとキャプテンでハートの海賊団を立ち上げた初期メンバーだ。
戦闘経験もかなりあるし、気さくな性格は話しやすい。

「お前さ」
「なに」

拳をつくって先ほどからシャチに向かって繰り出しているが、軽く受け流されている。
その中で話しかけられるが私はすでに少しばかり息が上がっていた。

苦し紛れに返事をすると、シャチがニッと笑ってきた。

「キャプテンとなんかあったりしないの?」
「はぁ、ふんっ、何って?」

一度、距離を取ってから呼吸を整えようと深呼吸を繰り返す。
シャチの問いかけに動揺しかけたが、すぐに切り替える。

「もしかして、シャチまで変なこと考えてるの?」
「もって?」
「他の仲間にも言われたけど、みんな恋愛小説の見すぎだよ。ドクターとナースが必ずくっつくなんて、妄想しすぎでしょ」
「はー?医者っつってもあのキャプテンだぞ?お前何とも思わないのかよ」
「いや、確かにキャプテンはかっこいいよ。でも、私がキャプテンとなんて身の程知らずにも程があるでしょ」

淡々と返したが心臓はばっくばくだ。
手合せによる頻脈だけではない。体は動揺しきっている。
けれども、目の前のシャチにはそんなこと分かりやしないし、私の顔は手合せと寒さによって顔がすでに赤かったから誤魔化しきれる環境だ。

じんわりかいていた汗が冷えて、ぶるっと体を震わせた。

「さむっ」
「はー、もったいねェな。お前意外と胸あるし、女らしい体つきしてんのに、ぐわっ!」

喋ってたシャチの首がスパッと切られて、突然登場したキャプテンがその首を持ってボールのように投げて遊ぶ。

「ぎゃあ!キャプテン!」
「楽しそうじゃねェか、シャチ」
「おれの頭、返してくださいよー!視界がぐるぐる回って気持ちわりー!」

胴体が正座しながら懇願しているが、本当にいつみても肝が冷える光景だ。
私が二人の傍まで行くと、キャプテンがこっちを見て鬼哭をベポに渡した。

「キャプテン、起きたんですね」
「腹いてェんじゃないのか?」

ハッと口を開けてやってしまった顔になった。
腹部が痛むから朝のあの行為を逃げたのだが、普通に手合せしているのはまずかった。
目を泳がせて言い訳を考えているとシャチが私とキャプテンの顔を生首のまま見合わせた。

「…まあ、いい。今日はここまでにしておけ。あんま体冷やすな」
「あ、はい」

シャチの頭は体に返されて、本日の手合せは終了し、シャチと一緒に船の中に入った。











入浴が終わり、医学書に夢中になっているとふと時計を見ればだいぶ夜は更けっていた。
何かを忘れている気がしたけど、再び思考は医学書に戻った。
ノックもなしに医務室のドアが開かれて顔を上げると、そこには不機嫌そうにしているキャプテンの姿。

「あ、キャプテン。どうかしました?」
「起きてんじゃねェか」
「?ちょっと本に夢中になってました。あ、コーヒーでも飲みますか?」
「…ああ」

医務室には医療器具の煮沸消毒用に一応、お湯が沸かせるように一口だけコンロがある。
マグカップを二つ出し、お湯を沸かしてコーヒーを入れると、デスクに寄り掛かって立っているキャプテンに渡した。
そのカップをデスクに置いて、「ちょっとこっち来い」と一言。
大人しく自分のマグカップを持ちながら行くと、キャプテンがその長い足を開いてその間に挟み込む形で立たされた。
腰を掴まれて額をくっつけられる。

「昼間、手合せしてたな」
「そうなんです。ちょっと体を動かしてみたくて」
「もう痛みもないのか」
「はい」

にっこりと笑ってお腹を擦った。
本当にキャプテンが腕のいい船医で良かった。
今度、自分でない他の人のオペが楽しみだ。その技術を目にすることが出来るのだから。

「私、船長のオペに立ち会うの少し楽しみなんです」
「おれのオペ?」
「私の島には外科医の先生は居なかったので、オペの経験もなければ外科処置している場面も卓上でしか知りませんから」

キャプテンの片手が腰に置かれたまま、私たちは会話を続けた。
私のコーヒーのはたっぷりのミルクと砂糖が入ってて、香りがキャプテンに届いたのか「匂いが甘ェ」と眉間に皺が寄って額が離れた。
腰に置かれているキャプテンの手にドキドキしたが、密着したこの体勢は暖かかったのでそのままにして再び口を開いた。

「初めて助手に付くときは使えないかもしれませんね」
「回数をこなせばすぐ慣れる。お前飲み込みいいからな」
「え、本当ですか?」

まさかキャプテンがそんな褒めてくれると思っていなかったので、嬉しくて「へへへ」と照れ笑いをした。
温かいコーヒーをまた一口いれると、キャプテンの刺青の入った手が私の頬に触れた。
そのまま近寄ってくるキャプテンに、自然と目が閉じた。

ちゅっというリップ音の後にキャプテンがもう一度、唇を重ねて、今度は長かった。
いつもだったら舌が入ってきてもおかしいのに、くっつけたまま長い。
頬にあったキャプテンの手が離れて、何かをした後にゆっくり唇が離れた。
その後に後頭部をぐいっと引っ張られて、私の視界は暗くなった。胸に押し付けられてる。

「?キャプテン?」
「…くくく、タイミングいいな」
「?」
「いや、何でもない。にしてもお前キスが甘ェ」
「コーヒー甘くしてますから」

そこで唐突に私は思い出した。
朝のやり取りを。
そして、キャプテンが最初に入って来た時の不機嫌な表情の理由も。

「すいません!」
「は?」
「私、今晩キャプテンのところに行くって約束してたのに!」
「やっと思い出したのかよ」

そうと思えばすぐに実行しなければ寝る時間がどんどん削られる。
二つのマグカップを持つと、私はキャプテンから体を離して意を決した表情でキャプテンを見た。

「では、船長室に出陣しましょう」
「くくく、お前はこれから戦闘しに行くのかよ」

心境的にはそのつもりだ。




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