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重い瞼をゆっくり開けて、ぼやける視界の中見えてきたのは愛おしい彼の顔。
私の恋人でもあって、頼れる自慢の船長であって、尊敬できる医療チームのトップである彼。

油断しきったこんなぐっすり眠っているあどけない顔は恐らく私しか知らないはず。
何度か瞬きを繰り返して視界をクリアにした後は、じっくり寝顔を堪能してやろうと思ったが少し体を動かして感じた体の鈍い痛み。主に腰辺り。

昨夜のことを思い出し、さーっと血の気がひいた。
すぐに起き上がりベッドの下に散乱した服をかき集める。
ここは宿でもなく、自分達の船でもない。

自分とキャプテンの服を集めたらすぐに浴室へ。
シャワーで色々と流し、ふと鏡に映る自分の体を見て目を見開いた。
胸元、首、鎖骨付近、背中、よく見たら内腿にまである痕。

「内出血!」
「色気のねェ言い方すんな」

私の言葉にツッコミをいれて、いつの間にか起きていたキャプテンが浴室へ侵入してきた。
自分が裸で向こうも裸。羞恥心よりも今は文句だ。

「キャプテン!!」
「あんくらいキツく吸えば残るんだな」
「人の体で実験しないでください!」
「仕方ねェだろ。お前の能力が実験しねェと分からねェ能力なんだから」

しれっとそう言って真横でシャワーを浴び始めたキャプテンに、もう何も言う気になれず諦めて深いため息をついた。

「へェ」
「何ですか」
「いつもだとこんなとこでとか、こんなに痕つけてとかうるせェのに学習したな」
「まあ、キャプテンに言っても無駄…ごほんっ、キャプテンに言っても仕方ないので」
「今いっぺん無駄っつったな」
「言ってませんっ」

声の低くなったキャプテンに慌てて修正する。
危ない危ない。
今は互いに裸。無防備な上にキャプテンなら一回も二回も一緒だろと、ここで襲ってきそうだ。

逃げるように浴室を後にしてすぐに服を着た。





身体中についた内出血と噛み痕を隠す為に部屋にあった服を拝借する。
男性物のトレーナーを着ようとしたら舌打ちと共に奪い取られた。

「あっ!何するんですか!」
「知らねェ男の服着るんじゃねェ」
「服ないんだから仕方ないじゃないですか!しかも、こんな痕つけられたらロビンさんの服も着られませんし!」

ロビンさんのショートパンツでは大腿部にあるキスマークや噛み痕は全て見られてしまう。
ここは自分達の船ではないのだからつなぎはないし、私の服などあるわけがない。かといって下着姿で出て行くわけにもいかないのだから、さすがのキャプテンにもどうにもならないだろう。

キャプテンは大きく舌打ちをした後に私に自分が着ていた黒いコートを投げつけてきた。

「うぶっ」
「それ着て錦のとこに行くぞ」

仕方なくキャプテンの上着に腕を通し、出て行こうとするキャプテンについていく。
しかし、キャプテンはいきなり立ち止まり後ろを振り向いた。

「…いや、やっぱりアイツをここに連れてくる」
「へ?」
「また変な服を着せられたらあんだけ大勢の前で披露することになる」

想像して血の気が引いた。
キャプテンは私の過度な露出を危惧してそう言っているのだろうが、私は自分の肌の露出よりこの身体中についた情事後の痕跡を見られたことの方がよっぽどまずい。

大きく頷き、連れてきてもらうのを待つことにする。
私は大人しくキャプテンから離れ、ベッドに腰掛けようとしたがキャプテンは私をじっと見て動こうとしない。
一体なんだというのだ。

「何ですか?」
「いや…お前を部屋に一人にしておくのは…」

そう呟くといきなり能力を展開させ、小さなテーブルに乗っていた羽ペンを掴むと部屋の中心に放り投げた。

「“シャンブルズ”」
「ほげっ!!な、なんでござるか?!」

能力で入れ替えた錦さんの登場に私も驚いたが、私より驚いたのは錦さんだ。
能力を使ってまで強制的に呼び出したのだが、何故そこまでしたのか理解できない。
ここは危険な島でも船でもないのに、先程キャプテンは私を部屋に一人に…と何か不安を感じていた。
一体何だというのだ。

と、私が考えているうちにキャプテンが錦さんに事情を説明したのか、いつの間にか隣に立っているキャプテンが私の頭の上に紙を置いた。

「また変な服にしやがったら切り刻むからな」
「ロー殿は冗談が通じないでござるな」
「やっちゃいけねェ冗談だろ。さっさとやれ」

頼んでおきながらなんていう態度のでかい人。
まあ、確かに私もあの時の恨みがあるので口は出さずドキドキしながら待った。

「“ドロン!”」
「わっ、おおー!つなぎ!!」
「これでいいでござるか?」
「いいでござるいいでござるぅ!ありがとうございますでござるー!いでっ」
「つられんな」

笑いながら私の頭頂部にチョップをいれたキャプテンもどうやら満足の仕上がりのようだ。
錦さんが部屋を後にした後、改めてキャプテンに言いたいことを先に言っておいた。

「キャプテンも分かってると思いますが、これ脱いだら消えちゃうんですからね」
「分かってる」
「あと、なんで私を部屋に一人にさせとくのがダメなんですか?」

ベッドに腰掛ける私の横に座り、キャプテンは長い足を組んで私の方に顔を向けた。
私の顔を見ながらじっと見ている顔が良すぎてときめいてしまうが、こうして私を見ながら考えている時は誤魔化すための何かを考えている時が多い。

「何考えてます?」
「…お前を脱がさずに抱く方法」
「また嘘つきましたねー!!てか、まだヤるつもりですか?!いやいやいやいやそうじゃなくて!誤魔化されませんから、正直に私を一人にしたくない理由を教えてください」

真剣な私の顔に諦めがついたのか、いきなり私の頭を乱暴に撫でながらキャプテンは口を開いた。

「居なくなんのが怖いんだよ」

ポツリと呟いた言葉で色々と思い返す。
思い返せばパンクハザードからずっと一緒で、ドレスローザでもずっと一緒だった。
キャプテンは大切な人を失うことにものすごく臆病だ。
いや、誰もが大切な人を失いたくないと思うだろうが…何度も経験してしまっているからこそ更にその臆病が加速してしまっているのだろう。

臆病だと言ったら怒るだろうが、そんなに心配しなくても私はキャプテンから離れないしこの先ずっと側に付き添われてもそれは過保護だし、キャプテン自身も常に緊張状態になる。

かと言ってどう伝えればいいのかと私が考えていると、キャプテンがこれまた察したのか深いため息をついた。

「分かってる。考えすぎだってのは」
「…」
「だが、お前だけは本当に失いたくねェんだよ」
「キャプテン…」

今はまだ、精神的に落ち着かないのだろう。
やっと過去を精算にして次に進めたのだ。これから先、あとは幸せになるだけなのに。
せっかく本当の自由を手に入れたというのに、今度は私が枷になっているような気分だ。

「キャプテン!」
「っ!」

肩を押してベッドに押し倒したキャプテンに乗り上げると体を跨いで、両手をキャプテンの顔の横へ置き閉じ込めた。
ベッドの上に突然押し倒されたキャプテンは戸惑いながらも、しっかり私の腰に手を回すところがいつも通りで少し安心する。

「だいぶ前に言ったこと、また言います」
「?」
「私が死ぬ時はキャプテンが死ぬ時です。私はそれまで絶対に死にません。だから、キャプテンは安心して自由奔放に生きるべきです。私なんかに振り回されないで」

真剣に伝えたはずなのに、キャプテンはキョトンとした後にすぐに笑い出した。

「な、何ですか」
「懐かしいな」
「へ?」
「カイとイッカクを仲間にしたあの島で話した」

腕がつらくなってきて、とりあえず身体を起こそうとしたらぐるっと視界が変わってドサっとキャプテンと体勢が交代する。
あまりの早業に何も出来ないでいると、キャプテンは私を眺めながら話しを続けた。

「あの時、抱き潰した」
「ほんとですよ。あんな惰眠を貪ったのあの時はあれが初めてでしたからね」
「ペンギンに馬鹿正直に抱き潰したって言ってねェかってお前一人で焦ってたな」
「それはほんと焦りましたよー!キャプテンが意地悪でしたね、あれは。今も意地悪ですけど!」

私たちは笑いながらこれまでの話で盛り上がり始めた。
色んな航海もして、何回も死にそうになって、何回もさよならをしそうになって…でも、ずっと一緒にいる。

話していくうちにキャプテンも気が付いたのか、私の横に転がると片手で目元を覆った。

「お前、ほんと死なねェな」
「やっと気がついてくれました?実はものすっごく頑丈なんです。あと、運もいい方です」
「うちの船でトラブル起こすのは大抵がお前だけどな」
「なっ?!そんなことありませんよ!シャチとかベポの時だって多いです!」

チラッと目元を覗き込めば、悪い笑みを浮かべてた。
腕で目元を隠していたので泣いているのかと思ったのに。
泣いてるのではない、これは悪いことを考えている顔。やられた。

「あの約束をした時の様に、抱き潰してやるよ」
「頼んでません!」
「まァ、お前の意見はハナから聞いてねェ」
「…なんかさっきのキャプテンのがしおらしくて良かったです」
「残念ながら、お前が望んだ結果だ」

嬉しそうに言うキャプテンに呆れながらも安心する。
安心したらお腹空いてきた。

「そろそろご飯食べに行きません?」
「ほんとお前は色気より食い気だな」
「キャプテンが望んだ結果です」
「望んでねェよ。ドヤ顔決めんな」

キャプテンが起き上がったため、私も起き上がると強引に後頭部を掴まれてキスをされた。

「ありがとな」
「へへ。イイ女でした?」
「昔も今も、お前はイイ女だよ」

嬉しい言葉に私の心もほんわか暖かくなる。
少しはキャプテンの心を軽く出来たかな。

嬉しそうに笑うキャプテンのこの笑顔はクルーでもあまり見た事がないだろう。
申し訳ないがこれも私の特権だ。







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