狭い小屋の中をみんなが一斉に身支度をし始める。
私も鬼哭を抱えて、帽子をしっかりと被り直す。
「ベラミー立てるか?!」
「もう走れもする!」
「そうか良かったな!」
ルフィくんとその友人さんの言い合いを横目に私とキャプテンは小屋を出ようとしたが、その友人に私の腕を掴まれた。
「トラファルガーなぜおれを見殺しにしなかった。おれは死に場所を失った!」
私は仕方なく足を止めたが、隣に居るキャプテンはその掴まれた私の腕を見てため息をついた。
「麦わら屋がダチだと言ってたんで一応運んで治療した。死にたきゃそこで死ね」
相変わらず辛辣だ。
医者が死ねって言ったぞ。
私は困惑してルフィくんの友人の顔とキャプテンの顔を交互に見た。
なかなかイカつい顔のルフィくんの友人は顔をさらにイカつく顰め、私を指差して声を荒げる。
「あの小人とこの女のお蔭でバカみてェに回復しちまった!なぜおれが海軍相手に死ななきゃならねェ!」
「そこを何とか死ね…バカ。礼の一つも言えねェんならな」
「何だと?!」
「それとさっさとそいつを離せ」
掴まれている反対の腕をキャプテンに握られ、グイッと引っ張られる。
結構強い力で引かれたため、ルフィくんの友人は予想外だったのか腕は離されたが勢い余ってキャプテンの胸元に突っ込んだ。
「うぎゃ」
「ふらついてんじゃねェ」
「よォよォ!考えてるヒマはねェべ。とにかく走れ戦友!」
二次災害だと文句を言おうとしたが、そんな場合ではないようだ。
小屋を出ればものすごい海軍の数で、鬼哭を抱えながら走り出した。
ロメオさんがバリアを張っていてくれているおかげで銃弾を弾いてくれているのが、とても助かる。
だが、やはり私の体は完全に回復してくれていないのかかなり呼吸が乱れ始めた。
そんな私をチラッと見たキャプテンが、私から鬼哭を奪い取った。
「あっ!」
「少しでも、おれから距離が離れそうになったら担ぐからな」
「そ、それは困ります!」
「ならしっかり走れ!」
喝を入れられて私も真剣に走り出す。
息が苦しいがこのままでは本当に担がれてしまう。
キャプテンも本調子ではない筈だからこそ、私を担いで走るなど身体に負担がかかり過ぎてしまうだろう。
ルフィくんが離れて、しばらく走った後キャプテンが突然私の腹部に腕を回し小脇に抱えた。
「え、ちょ」
「移動するぞ」
いつもの膜が展開されると景色が瞬時に変わる。
ゆっくりと降ろされた場所から顔を上げると、にっこりと笑った海軍。
その顔を見た瞬間、驚愕に目を見開いた。
「センゴクさん…」
「ミョウジくんの娘、元気そうだな。おかきをどうだ?」
「あ、はい」「いらねェ。早く話せ」
緊張で心臓がバクバクいっている。
今はもう現役ではないとはいえ、海軍のトップだった人。
お父さんの上司であり、私たちの敵でもある人のはずだ。
キャプテンがその名前を聞いた時の反応から何かあると思ったが、まさか対話する予定だったとは思いもしなかった。
遠くで騒がしく追いかけられている音が聞こえてくるが、私は静かにキャプテンたちの話しに耳を傾けた。
パリッとおかきを食べながら、センゴクさんは話し始める。
「ある日、海兵が一人…死んだんだ」
ポツリポツリと話し始めたセンゴクさんの話を、キャプテンは黙って聞いている。
一体何の話しか私にはサッパリだが、キャプテンの顔つきからは知っている話らしい。
「そいつは私にとって特別な男だった。ガキの頃に出会い、息子のように想っていた…。正直で人一倍の正義感を持ち、信頼のおける部下でもあった。だが…生涯に一度だけ私にウソをついた」
おかきを食べる手は止まっており、周囲はうるさいはずなのにセンゴクさんの声だけがやけに耳に残る。
それが誰かなんてセンゴクさんがキャプテンに話す時点で1人しかいない。
キャプテンの恩人。コラさん。
彼が親ともいえる人を裏切るくらい、大切な人。
キャプテンのことをどれだけ大切にしていたのか、他の人の口から聞く事で改めて感じた。
「私は…裏切られたんだ…。しかし理由があった筈」
ガサゴソとこのタイミングでおかきに手を突っ込みだしたセンゴクさん。
私と目が合うとおかきを差し出されて私は一ついただく。
「あの日の事件で消えたものは4つ…“バレルズ海賊団”“私の部下の命”“オペオペの実”…そして当時ドンキホーテファミリーにいた“珀鉛病の少年”」
珀鉛病という単語ですぐにキャプテンを見た。
過去の話を聞いた時にキャプテンの既往歴を知り、驚いたのだ。
何しろその疾患はとても珍しく、とある島でしか発症していない。
そしてその島の生き残りは居ないとも言われていた。
キャプテンは顔を上げて真っ直ぐセンゴクさんを見ると、小さく頷いた。
「ああ…おれだ」
はっきりとそう告げたが、センゴクさんは驚くこともなくおかきをまたばりっと噛み砕いた。
「やはりか…ロシナンテが半年間任務から離れたのはお前のためか」
「ああ…病院をたらい回しにされた」
淡々と答えるキャプテンの手をそっと握ったら、振り払われずに握り返された。
コラさんの気持ち、親のような存在であったセンゴクさんならもう分かりきっているだろう。
「それでオペオペの実に手を伸ばし、お前を生かすためにロシナンテは死んだんだな?!」
「…」
「あいつの死因をはっきり知りたいんだ!」
センゴクさんが苦しそうに言うとキャプテンは少し声を荒げて答えた。
「ああそうだ。本当は二人で逃げる筈だった!おれはあの人から命も心ももらった!大恩人だ!だから彼に代わってドフラミンゴを討つためだけに生きてきた!」
私の手を強く握り、キャプテンは何かを思い出すかのように苦しそうな顔をして、その横顔を見ただけで涙が滲む。
ドフラミンゴに対する憎しみや怒りは分かってきたつもりだったが、キャプテンのコラさんへの思いをこうして直接聞くと改めて私自身も苦しくなる。
一呼吸おいたキャプテンはポツリと呟いた。
「だがこれがコラさんの望む“D”の生き方なのか分からねェ」
「“D”?」
その呟きを聞き逃さなかったセンゴクさんは眉を顰めて聞き返した。
「麦わらと同じように…おれにも隠し名がある。あんたは“D”について何か知ってんじゃねェか?」
「……さァな。だが、少なくともロシナンテは何も知らない筈だ…」
少しの間が何かを知っているかのように思えたが、それはキャプテンも同じだったようだ。
すぐにキャプテンが聞き返す前にセンゴクさんは続けた。
「つまりその為にお前を助けたわけじゃない。受けた愛に理由などつけるな!」
ハッとキャプテンは言葉を飲み込み、口を閉ざす。
受けた愛に理由などつけるな。
キャプテンは愛をちゃんと受けて育ってきたのに、色んなことがあったせいで無償の愛というものが分からなくなってしまったのではないだろうか。
特にドフラミンゴのもとにいた頃は更に捻れていたのだろう。
「私がまだ現役ならお前を檻にぶち込んでゆっくり話したが…ロシナンテの思い出を共有できる唯一の男が海賊のお前とはな!」
吐き捨てるようにセンゴクさんは言うと立ち上がり、私たちの方へ近寄ってきた。
「どうしても奴の為に何かしたいのなら…。互いにあいつを忘れずにいよう…それでいい…お前は自由に生きればいい…あいつならきっとそう言うだろう…」
キャプテンが奥歯をぎりっと鳴らし噛み締め、私の手を離すと帽子を深く被り出した。
私は見ては行けない気がしてセンゴクさんの方を見たら、しっかり目が合って、センゴクさんはニッコリと昔に会った笑顔と変わらない顔を見せる。
「君が自分で選んだ道なんだな」
目を逸らさず私は強く頷いた。
「私の意志で、キャプテンとともに居ます。これからも、ずっと」
「そうか…。ナマエは…ん?」
ぐらっと地面が揺れてふらついたところをキャプテンに腕を掴まれ、助けられる。
周囲のガレキがどんどん空へ上がっていく。
センゴクさんがぽつりと「藤虎か…」と恐ろしい名前を呟いている。
それを横目にふらつく足を倒れないように踏ん張っていたらキャプテンが私の腹部に片手を回し、持ち上げた。
「わわっ」
「もう行くぞ」
センゴクさんを見る事もなく景色がすぐに変わる。
何かを言いかけていたセンゴクさんが気になったが、そんな悠長に話している時間はなさそうだ。
キャプテンの能力を使いながら移動するが、呼吸が乱れてきた。
「っ!走るぞ!」
「はい!」
降ろされて両足が地面につくとすぐに駆け出す。
長い足のキャプテンについていくのはかなり大変だが、私も呼吸を乱しながら必死に走った。
まだ体のあちこちが痛むし、少し走っただけなのに息が苦しい。
日に日に回復はしていったと思うが、自分が思っているよりも回復はしていないらしい。
「っ!大丈夫か?!」
「はぁっ、ちょっと…大丈夫…」
乱れる呼吸の中、必死に答えるがキャプテンは私の様子に舌打ちをすると私の腹部に腕を回し、私の両足は地面から浮き上がる。
私を小脇に抱えたままキャプテンは尚も走り続けた。
「わっ、キャプテン!私、走ります!」
「黙って担がれてろ」
私と走っている時よりも速度が上がった。
これは本当に大人しく抱えられていた方がいいらしい。
港に近づくとやっと一緒に脱出する予定の海賊さんたちの姿が見え、キャプテンは速度を速めた。
「おい、お前ら!どこにいても同じだ!船を出せ!」
「君らを待ってたんじゃないか!トラファルガーロー!!」
キャベツさんの待っていたという言葉に喜ぶのも束の間、たくさんの船に繋がれた道に誘導されるがままキャプテンは走り続けた。
「これっ、ガレキ、落とされたらっ」
「黙ってろ!舌噛むぞ!」
未だに担がれている私はキャプテンにそう言われて口を閉じたが、このままでは本当に危ない。
それにこの走っているところはすでに海の上。
私たちだけでなくたくさんの能力者がいるこちらは落ちたら完全に終わりだ。
奇跡が起きるのを祈りながら私はキャプテンにしがみつく手に力を込めた。