手をつないでキスして



「逃げるんじゃねェ」
「だ、だって…」

やっと捕まえて二人きりになれたというのに、ナマエは見られてしまったらと、びくついて逃げ腰になっている。
その体を逃さぬよう腰を強く抱き寄せ体を密着させると、後頭部を掴んで顔を上げさせた。

「ルフィ君たちに見られちゃいますって」
「別に見られてもいい。セックスしてるわけじゃねェんだ」
「真昼間から卑猥な単語禁止です!」

煩い口を早々に塞いでしまえばこっちのものだ。
そう思って腕に力を入れて無理やり唇を奪おうとしたが。

「おーい!トラ男ー!」
「はーい!ここだよー!チョッパー君!」

寸前のところで避けられて盛大に舌打ちをした。

ここはおれ達の船ではなく、麦わらの一味の船の上。
妙に馴れ馴れしい麦わら一味は、わざとなんじゃねェかと疑うぐらいおれ達に構ってくる。
そうなると以前は当たり前だった抱きしめる事も手を繋ぐことも、キスも出来やしない。
自分たちの船でさえ人前でそういうことを嫌がっていたナマエは、本当におれのことが好きなのかってぐらいこの船では強く拒否してくる。
まだ自分たちの船の方が諦めておれに成されるがままだったというのに。

小さなトナカイの姿でちょこちょことやってきたのは、この船の船医であるトニー屋。
コイツに至ってはまだ幼いというのもあって、無邪気に邪魔をしてくるからこそ憎めないが。邪魔は邪魔だ。

おれから素早く身を離したナマエを睨みながら不満を隠さずトニー屋に応える。

「前も言ったが、おれ達はお前らの仲間じゃねェんだ。おれ達に構うな」
「ウソップが大怪我人を釣り上げたんだ!すぐに治療するからトラ男も手を貸してくれ!」
「…麦わら屋の船は何でそんな奇想天外なことばかり起こるんだよ…」

助ける義理もないし、そいつを治療したところでまたトラブルに巻き込まれるのは目に見えている。
おれが拒否しようとしたらナマエに先手を打たれた。

「キャプテンが手を貸さなければ私の能力で」
「すぐ行くから先に治療準備してろ」

言い終わる前にその言葉を遮っておれが言えば、トニー屋は嬉しそうに頷いて立ち去っていく。
それを何食わぬ顔で追いかけようとする女の腕をすかさず掴んで壁に押し付けた。

コイツはおれがそれを言えば止めると分かっていて言ったに違いない。
もう長い付き合いになるコイツの考えていることなど容易いが、それを分かってて協力してしまうおれ自身にも呆れる。

「てめェ生意気になったもんだな」
「キャプテンが意地悪なことを言おうとするからですよ」
「お前」「トラ男ー!!!」

再び大きく舌打ちをして、ほっとした表情になったナマエの顎を掴むと噛みつくようにキスをした。

「後で嫌ってほどキスしてやる」

生意気な文句を言ってくる前に、すぐにROOMを展開させると能力で医務室へ移動した。
医務室のベッドには確かに腹部から大量に出血している大怪我人らしき男。
まだ心停止には至ってないらしい。

「トラ男!出血が酷いんだ!」
「輸血しながらのオペだな。トニー屋、この船に血液はあるか」
「もちろん全種類準備してある!血液型はもう調べた!」

さすがドラム出身の医者であり、このトラブルだらけの船の船医なだけあって優秀だ。
能力で体内を調べると、徐々にその理由が明らかになってくる。

「…寄生虫だな。体内から食い破られたんだ」
「取り除こう!あれ?!ナマエは?!」
「そろそろ来る」

「うう…腹が痛い…」

男の唸り声にトニー屋が悲鳴のような声を上げる。
どうやら男は多少朦朧とはしているが意識があるらしく、おれとトニー屋の方に顔を向けてきた。

「助けてくれぇ…」
「おまたせしました!」

バタバタと廊下を走る音が聞こえてきた後、すぐに入って来たナマエ。
このまま3人でオペに入ろうかと思ったが、ナマエの姿を確認した後に男が目を見開いていきなり鼻血を噴出した。

「女あああ!」
「は?」

全く意味の分からない反応におれが困惑していると、トニー屋が男の視界を隠すように男の顔の前に立ち、鼻を押さえた。

「と、トラ男!これは2年後に再開した時のサンジと同じ症状な気がする!」
「意味が全く分からねェ」
「女を見ると鼻血を出すんだ!コイツのオペはおれとトラ男でやるしかない!」

どんな症状だそれは。
色々とツッコみたいことはあったが、今は仕方なく大人しくトニー屋の言葉を聞いていたナマエに視線をやると、ナマエは頭を下げて部屋を出ていった。
あいつが居ないとなればオペの介助はなしで、トニー屋と一緒に執刀するしかない。

「仕方ねェ。医者二人でさっさとオペするぞ」
「おう!!」





無事にオペは終了し、全身状態も落ち着いた。
血液のついた手袋を外し、溜息を零す。
後のトラブルは麦わら一味でやってくれと願いながらトニー屋に声をかけ、部屋を出ていく前にドアが開いた。

「あ、終わった?」
「ナミ屋。もうオペは終わりだ。後はお前らでトラブルを解決しろ。おれ達を巻き込むんじゃねェ」

そう言って部屋を出ようとしたらナミ屋が後頭部に片手を置いて、空笑いをしだした。

「あっはっはー…巻き込みたくはなかったんだけどお」
「…まさか…」

ここに居ない唯一のおれのクルーであり、恋人でもあるナマエの顔が頭に浮かぶ。
ナミ屋はおれの目の前に両手をパンと叩いて頭を下げた。

「ごめん!トラ男!!ルフィが大きなタコクジラみたいな海王類に食べられちゃって!」
「…で?」
「食べられる直前にルフィがナマエの腕を掴んで…一緒にね?」

一緒にね?じゃねェ。
語尾にハートがつきそうなぐらい可愛い子ぶってもおれには一ミリも響かねェ。
イラつく心を少しでも鎮めるために大きく息を吐いて、落ち着かせる。

幸い…というか元凶の元ではあるが麦わら屋が一緒に居るのなら無事だろう。
おれの手にあるナマエのビブルカードに変化がないということは、死んではいない。

仕方なく、ナミ屋と共に甲板に出れば麦わら一味がおれに少し頭を下げてくる。

「おれのクルーを勝手に巻き込むんじゃねェよ。てめェらのキャプテンの面倒ぐらいてめェらで見ろ」
「いやー…本当、面目ない」

黒足屋が煙草を咥えながらそう言ってくるが、全然反省しているようには見えない。
まあ、今更麦わら一味に文句を言ったところでコイツらの姿勢は変わらないのはもう分かりたくもないが、分かっている。

「一応、ウソップが眠らせてあそこで浮いてるタコクジラの中に居るのは確かなのよ」
「でけェな…」

最早、一つの島なのではないかと思うぐらいデカい体が海に浮かんでいる。
クジラのような大きな体と、大樹の根のような足が8本。確かにタコクジラだ。
こんな奴相手に立ち向かった麦わら屋は無謀なのか馬鹿なのか…どっちもか。
どちらにしろ巻き込むなら相手を選んでもらいたい。

「ふふふ。クジラなのかタコなのか、どっちかにしてほしいわね」

ニコ屋が愉しそうに笑いながらそんな悠長なことを言ってきたが、この一味はあの二人が能力者だということを忘れているのではないか疑う。
おれはROOMを展開させ、馬鹿デカいタコクジラの体内まで伸ばすが、もちろん限界まで広げたところでタコクジラの隅々まで見られるわけがない。
こうなったら自分が体内へ侵入して二人を連れ戻す。

「おれが体内に行ってくるから、電伝虫を繋いだままにしておけ」
「頼んだわ!トラ男!」
「頼まれてねェ。あくまでもおれはおれの意志で自分のクルーを取り戻しに行くだけだ」
「はいはい。じゃ、ついでにうちの船長も拾ってきてください」

ナミ屋の言葉に返事はせず、能力で体内へ移動した。
以前、図鑑で読んだことがあるが体内はクジラそのもの。
ところどころに海水が流れていて、気を抜けば自分も命を落としかねない。

『あー、こちらはサンジ』
「…」
『おれの可愛いナースちゃんは発見したか』
「黒足屋、いつからお前のになったんだ」
『うっせえ!お前のでもねェ!!』

おれのもんに決まってんだろ、と言い返そうとして口を閉じた。
まるで大きな洞窟の中に居るような体内の奥からわずかに声が聞こえてきて、電伝虫に向って「静かにしろ」と声をかける。
この声はおれが間違えようもない自分の恋人の声。

「もー、ルフィ君は何で私を巻き込むの!」
「ししし!悪ィ悪ィ!ロビンに助けてもらおうと思って手を伸ばしたらお前が釣れちった!」
「エサもないのに食いつかないよー、私は」

呑気なことを言い合っている声に呆れた。
そもそも、ツッコむべきとこはそこじゃねェだろ、ナマエ。

この船に乗るようになって日に日に麦わら一味と親密になっていき、距離が近すぎると何度注意をしたことか。
だが、当の本人は全くおれに従う様子は見られず、今だって麦わら屋と仲良く並んで雑談してやがる。

「そこのバカ二人」
「あ!キャプテン!」
「トラ男ー!!助けに来てくれたのかー!」
「麦わら屋。勝手にうちのクルーを巻き込んでんじゃねェ」

注意をしたところで無駄だが、本気で勘弁してほしいところ。
自分自身が巻き込まれるのは別に構わないが、ナマエを自分の知らないところでトラブルに巻き込むのは肝が冷える。
守れる距離に居てもらわなくては、いざという時に何も出来やしない。
そんな歯がゆい思いをさせられんのもごめんだ。

「いざとなったら守るぞ!仲間だからな!」
「お前の仲間じゃねェし、それはお前の役割でもない」

ぶーぶーと文句を言っている麦わら屋はほっといて、ナマエの腕を掴むと目の前に立たせ顎を掴んで顔を覗きこむ。

「怪我は」
「ありませんよ。キャプテン助けに来てくれたんですか?」
「…遊びに来たように見えるか?」
「い、いえ」

ほっといたらこの海王類の体内を探検しそうな麦わら屋を先に能力で船に戻すと、不思議そうな顔をしているナマエの頬を掴んで横に伸ばす。

「いひゃいれふ」
「お前も少しは自衛しろって何度言や分かるんだよ」

二人きりになれたこの空間でこのまま口煩く注意をしてやろうとしたが、それよりもやっと二人きりになれたのだから、船の上では出来ないことをしたい。
とりあえず抱きしめてやると、ナマエが両手をおれの背中に素直に回した。

「やっとキャプテンに抱きつけます」
「抱きつくだけでいいのか」
「…手もつなぎたいです」
「後は?」
「…手を繋いでキスしたいです」

素直に願望を言ってきた可愛い恋人の願いにくくっと笑い、少し体を離して指を絡める合うように手を繋ぐ。
額と額をコツンと合わせてやれば、ナマエは嬉しそうに笑って唇を寄せてきて啄ばむように唇を重ねる。

何度も触れるだけの戯れるようなキスをした後、最後にまた抱きしめ合ってから同盟相手の船へ戻った。

「お帰りー」

ナミ屋とニコ屋が笑みを浮かべておれ達を迎え入れる。
ニヤニヤと笑うナミ屋の手には小型の電伝虫の姿が見えて、そこでやっと二人の女の気味の悪い笑みの意味が分かった。
そういえば電伝虫を繋げたままで切るのを忘れていた。

「あたしたちの前だからって我慢しなくていいのよ?ナマエ」
「甘えるナマエ、可愛いわね」

顔を真っ赤にしておれの腕についている小型電伝虫とナミ屋の持っている電伝虫を見ると、口をパクパクをさせる。
面白い顔と反応に噴出したくもなったが、とりあえず女二人のめんどくさい絡みに巻き込まれないうちに能力を展開させて船内のキッチンへ移動した。

「キャプテンのばかああ!!」

そんな叫び声が甲板から聞こえてきたが、勝手にトラブルに巻き込まれたお前が悪い。と鼻で笑った。




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