居酒屋
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煙草の匂いが充満し、ガヤガヤと煩い店内で名前は友人と生ビールをぐいっと飲み干した。
「ザックスの驕りだとお酒も進むねー!」
「給料日前で助かるぞ、と」
「レノまで奢るなんて言ってねーし!」
ザックスに戦いを挑まれ、飲み代を約束させ、見事に勝ち取った。
いや、今まで何度も挑まれてもザックスに負けたことはなかったが。
その訓練室に、私宛のタークスの書類を持ってきたレノが便乗してきたのだ。
「てか、二人とも友達だったんだねー」
「まあ、歳も一緒だしな」
「任務でたまたま一緒になってな、と」
おつまみの枝豆を摘まみながらレノが笑った。
二人の任務の話しを二杯目のビールに口つけながら聞く。
漫才のような二人のやり取りは、腹筋が痛むほど笑ってしまう。
「なあ、そういえばレノは知ってんの?」
「?」
「名前の恋人」
「知ってるぞ、と」
名前は溜息をついていきなり自分の話題になったことに口を噤んだ。
何も言う気のない名前は、レノの胸ポケットから煙草を奪い一本、ニコチンを体に入れ込む。
いつもながら慣れているレノは何を言うまでもなく、ザックスに視線を送ったまま話す。
「さすがの俺もびっくりしたぞ、と」
「だよな…驚かない奴は居ないと思うぞ」
「キスマークのことすら知らなかった奴が…」
「ええ!キスマークつけられんの?!」
そりゃあ、キスマークという意味を知ってから隠すようになりましたから。
ザックスは私がキスマークを体中についていることを知らないはずだ。
レノが煙草に火をつけ、煙をはきだしながら笑った。
「こいつが制服をきちっと着てる時は大抵ついてるぞ、と」
「へ?!だから着崩してるときとちゃんと着てるときがあったのかー」
「…」
もう毎回ちゃんと着ようかな。
心の中でそう思いながら短くなってきた煙草を灰皿に押し付けた。
「セフィロスってどうなの?」
「どうって?」
「夜もあんな感じで俺様なの?」
口に含んだビールを盛大に吹きだした。
咳き込む私を横目にレノが笑い出した。
「そりゃあ、あんだけ征服欲の強い英雄さんだからな、と」
「一晩で何回くらいヤんの?」
「言う訳ないでしょ。あー、この高級ステーキも注文しちゃおうかな」
「ん?こ!こんな額払ったら俺の給料じゃ足りねえよ!セフィロスに奢ってもらえ!」
「だからいちいちその名前を出すな!」
ザックスの頭を叩いて、溜息をついた。
「お金ねぇ…レノっていくらくらいもらってんの?」
「たぶんお前よりはもらってないぞ、と。まあ、ザックスより多いのは確かだけどな、と」
「この中で一番金ないのに俺に奢らせるとか…」
「セフィロスは私の10倍以上らしい」
「だろうな…英雄だしな、と」
「俺も英雄になりてー!」
お金も地位も名声も女も欲しいー!と叫ぶザックスに笑みが零れる。
「女なんてそこらじゅうに居るじゃない」
「俺はちゃんと選ぶの!」
「レノもザックスを見習ったら?連れてる女が毎回違うのもどうかと思うよ」
「俺は平等に愛してやるんだぞ、と」
「女泣かせな男だねぇ」
「啼かせるのは得意だぞ、と」
「…なんか言葉のニュアンスが少し違う気がするのは気のせいかな…」
だいぶ進んできたお酒だったが、閉店を告げられて外にでる。
とりあえず、公園へ行き、話しの続きをし始める。
「でもさ、ザックスはどういう子がいいの?」
「うーん…おしとやかで、でも芯の強い子で…やっぱ可愛い子だな!」
「じゃあ、名前は除外だな、と。おしとやかのおの字もないもんな、と」
「…こんな男に引っかかる女の人に同情するわ。クソ男」
「俺もなんでこの女にあんな容姿も力も全てが備わった英雄さんが夢中になるのか理解できないぞ、と。クソ女」
「お前ら仲がいいのか悪いのかわかんねえな…」
睨み合っている二人の間にザックスは体を入り込ませ、笑った。
「まあ、喧嘩するほど仲がいいってことだな!」
否定しようと口を開けば、このタイミングで携帯が鳴り響いた。
名前のポケットの中にある携帯が画面を光らせ、取り出した。
その画面にある名前にザックスとレノがニヤニヤした。
「さっさとでろよ、と」
「こんな時間まで飲んでるな!とか?」
「でも、セフィロスもアンジールとジェネシスと飲みに行くって言ってたよ」
「もしかして合流するとか?」
「それいいな、と。無料で高級酒が飲み放題だぞ、と」
確かに高給取り三人組が安月給の三人と割り勘とか考えそうもないけど。
てか、男として別の男の財布を頼るとか…。呆れて溜息を零す。
「二人は男としてのプライドとかないの?」
「ん?いやー、女の子に財布を出させるのは気が引けるけどなぁ」
「え!私に奢らせるときあるじゃない!」
「お前は女にカウントされないぞ、と」
「このやろ!」
立ち上がり、遊具の上に三人で座っていたため、レノの背中を蹴り飛ばし下へ落とした。
「っ!乱暴女!」
「そ、それより名前!電話出ろよ!」
「あ…」
すでに名前の携帯は振動を止め、そのあとすぐにザックスの携帯が鳴る。
「アンジールだ。もしもし?」
『お前達、どこで遊び歩いてるんだ』
「店閉まっちゃったから5番街にある公園でくっちゃべってる」
『…5番街らしい』
電話の向こうで三人が話している声がする。
すると、アンジールが携帯を取り上げられたようだ。
『名前はそこに居るのか』
聞こえてきた声は不機嫌そうに聞こえる、自分の憧れる英雄だ。
「あー、居るけどレノと掴み合いの喧嘩中」
ザックスが電話に出た直後に刀とロッドをぶつけ合って対峙し始めた二人。
じゃれているようにしか見えなかったため、止めることもなくザックスは遊具の上で座って電話をしている。
『全く…。そこを動くなよ』
「りょうーかい」
電話を切られ、ザックスは携帯をポケットに仕舞い込んだ。
目の前では未だに戦っている二人の姿。
「初めての任務の時の言葉を覚えてるわよ」
「俺は忘れたぞ、と」
「私を見て勃たないって言ったわね」
なんつーことを女に向けて言うんだ。
ザックスはそんなことを思いながら赤毛の友人を見た。
レノは思い出したのか、笑いだした。
「顔よくても胸のボリューム…どわっ!あっぶないぞ、と」
名前がレノの前髪を数本切り落とした。
「ちょこまかと…赤毛のねずみ!」
「貧乳女」
「だー!殺す!」
再び始まった戦いにザックスが背中にあるロングソードを抜き取って、二人の間に入った。
「もうやめろって」
「さすがアンジールの子犬だな。やることがアンジールと一緒だ」
ジェネシスの声が聞こえ、三人で遊具の上を見上げた。
名前は後ろから抱きしめられ、刀を奪い取られた。
「俺の電話を無視して、随分じゃれあいに夢中になっていたな」
「ちょっと、刀返してよ」
「俺が代わりに痛みつけてやろうか?」
セフィロスの姿に焦り、レノはすぐにロッドを仕舞い両手を上げた。
「それは勘弁してほしいぞ、と」
「アンジール!もうこの二人止めても止めても喧嘩すんだよ!」
「本人同士もじゃれてるだけだ」
いつもセフィロスとジェネシスの宥め役になっているアンジールは溜息をつきながら言った。
でも、私とレノの喧嘩を止めるより、そっちの喧嘩を止める時のが命がけだと思う。
アンジールってすごいな…。
そんなことをしみじみと思っていると、奪われていた刀が鞘に納められた。
「まだ飲み足りないか?」
「どうかなー」
「飲みたりないぞ、と」
「飲みてー!」
名前の後ろから先程まで一緒に飲んでいた二人が身を乗り出してきた。
無料で高級酒が飲めると顔に書かれた二人を横目にぷいっと顔を背けた。
「私はもういいや」
「ノリ悪いな、と」
「なー、名前、この際朝まで飲もうって」
「もー!二人とも1st三人組の財布目当てでしょ!」
それを言えば、三人の笑い声が聞こえてくる。
「じゃあ、行くぞ」
「ちょ、ちょっとセフィロス」
「よっしゃー!」
セフィロスに強引に連れられて、アンジールの大きな車へ乗せられる。
全員で乗り込んで、車内でも盛り上がり、未だに笑いながら名前の肩に腕を回している恋人を睨みつけた。
「帰りちゃんと送ってよ」
「ああ。どうせ帰る家は一緒だ」
「寮に帰してってば!」
「却下」
「却下すなー!」