「しばらくは名前ちゃんのところは行っちゃダメよ」
欠伸をかみ殺しながら、おにぎりを頬張って首を傾げた。
「なんで」
「インフルエンザにかかっちゃったみたい」
「インフル…」
「ローにうつったら名前ちゃんも悲しんじゃうでしょ」
「…」
可愛そうに40度も熱があるみたいで。なんて言っている母親に俺は咽こんだ。
「40度?!」
「そうなの。まあ、今日と明日あたりはつらいだろうね」
内科の医者である母親が淡々と言っているが、俺は聞いたこともない温度に驚きしかない。
脅威だなインフル菌。
自分は予防接種をしていたが、名前はしなかったのか?
つらそうに寝込んでいる名前の姿が目に浮かんで、目の前の母親に詰め寄った。
「飯食えてんのかな」
「食べれてないみたい」
「…フルーツ買ってきておばさんに渡すのも駄目かな」
「そのくらいならいいわよ」
おにぎりを食べるペースを早めて、ごちそうさま!と両手を合わせた。
すぐに階段を駆け上り、財布を取り出すとフルーツを買いに家を飛び出した。
いらっしゃいませー。と店員の声が聞こえフルーツコーナーへ一直線に駈け出した。
本当は会って直接食べさせたり、顔だけでも見たかったけど、確かに自分にうつったら間違いなく自分を責めるだろう。
バナナ、りんご、梨、イチゴ、メロン、スイカ…
色とりどりの果物がある中で自分の財布を覗き込む。
瑞々しくて喉の通りが良さそうなのは梨やリンゴ。
でも、名前が一番好きなのはメロンだ。
値段を見て落胆する。
あと150円足りない。
母親におこずかいを前借しておくんだった…。
「あれ?ローじゃねえか」
「キッド」
赤毛の幼馴染が俺と同じ様に財布を握りしめて後ろから声をかけてきた。
もしかして、と思いながら果物を眺め始めたキッドに声をかけた。
「名前のお見舞いか?」
「もしかしてお前も?」
「うん」
「へへへ。母ちゃんに聞いてビビったよ。菌になんか負けねぇって家行こうとしたら殴られたけど」
「それは殴られる」
まあ、コイツの頭ではインフルの菌がどうなのかなんてよく分かってないだろ。
たぶん重い風邪ぐらいにしか思ってない。
「インフル菌っつー風邪ってそんなやべーの?」
ほらな。
「…かなりやっかいな菌だ。高熱に関節痛、風邪とは全然違うぞ」
「ええ?!風邪の種類とかじゃねえの?!」
「…」
どう説明してやればコイツの頭で理解するか悩んだが、結局コイツに説明しても理解するか不明だ。
そう思うと説明するのも面倒になった。
「…メロン高いな」
説明が面倒になった俺は話題を変えることにした。
するとキッドは「そうなんだよー!」とか、呆れるほど変えた話題に便乗してきた。
「あいつメロン好きなんだよな…買ってやりたいけど…金が全然たりねー」
「お前いくら持ってる」
「んー、151円!」
相変わらずおこずかいをもらったらすぐに使ったな。
しかも、その金額だと明らか帰る果物も制限されるだろ。
つかよくその金額で買いに来ようと思ったな…。
「なあ、お前貸してくんない?」
「断る」
「ひでー。ゆいいつむいちの幼馴染に向かって」
「唯一無二だ、馬鹿」
唸っているキッドを無視して、目の前の果物に再び視線を戻した。
確かに明らか自分のお金のが多いが、キッドのおこずかいを全財産使えばメロンを買うことができる。
不本意ではあるが、名前の喜んでいる顔が浮かんでくると項垂れた。
「…キッド、メロン買うぞ」
「ええ?!お前そんなお金持ってんの?!」
「お前の全財産で足りるぐらいだ。二人からってことでさっさと買うぞ」
「おお!お前めっちゃいい奴!」
買ったメロンはずっしりきて、もちろんキッドに持たせて二人は名前の家へ向かった。
「名前、大丈夫?」
「うー…いたいよぉ…」
「メロン食べれる?」
「メロン…?食べたい…」
喉も体も痛いし、起き上がるものしんどいけど瑞々しいメロンが目の前に置かれると自然と笑みが零れた。
こんな時にしか大好物は食べられない。
切り分けられて、一口サイズになったメロンを一口入れると、果汁の甘さが喉を通って「美味しい」と呟いた。
「実はこのメロン、キッド君とロー君が買ってきてくれたの。二人のおこずかいでね」
「キッドとローが…」
「優しいね」
「うん…あ!ママ、二人にこれ渡して!」
机から可愛いお気に入りのメモを取り出すと、2枚に「ありがとう。治ったらいっぱいお礼するね!」と書いて渡した。
「早く治して二人に直接お礼言いたいな」
「ふふふ、本当に仲良しね」
「うん。私ね、キッドもローも大好き」
二人で買い物に行ったのかな。
私のことを思って悩んでくれたのかな。
そう思うと嬉しくて温かくて、ポカポカした気持ちで眠りにつくことができた。
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