私は自分の部屋のベッドの上でのんびりと雑誌を読んで過ごしていたところだった。
夕食も終わり、ローは自分の家に帰った後にキッドだけが戻ってきて、私の目の前にチケットを見せてきたのだ。
「で?」
「一緒に行くぞ、名前」
「何のチケットなの?」
「プロ野球の観戦チケット」
プロ野球。以前は興味が全くなかったのに、キッドに何度も説明されたり、見せられてから少しだけ好きになってしまった。
何より、野球をしている選手がカッコいいというのもあるが。
「実はプレミアムシートっつーのが当たっちゃってな」
「プレミアムシート?」
「テーブルと悠々と観覧できる個室みたいな席」
「なにそれ最高じゃん!!」
今までテレビで見てきた席は隣と近くてガヤガヤして、席によってはトイレに行くのも大変になる。
そんなとこにこんな柄の悪い凶悪犯面の人と座ってたら、柄の悪い人に絡まれるかもしれない。
いや、逆に近寄らなくなるのか?でも、私たちはただの中坊だ。
それが悠々と観戦できる席だと。
行くしかない。間近でぜひ観たい。
「私を連れてって下さい、キッドさん」
「決定だな!」
ニカっと笑った笑顔は久しぶりにキッドが可愛いと思えた。
コーラとポップコーンとホットドッグをテーブルに乗せて、来場者プレゼントのユニフォームを着ながら2人で見合った。
「なんだかお揃いの服着たバカップルみたいだね」
「だな。まあ、ここの球場に来てるやつは全員着てると思うぞ」
キッドに言われて周りを見渡すと、確かにほぼほぼ全員が着ている。
むしろ着ていない人のが少ない。
こういうところにいると、人間の一致団結というのが本当に素晴らしいものだと思う。
キッドから借りたチームの帽子をかぶって、いざ、プレイボール。
「あー!キッドみた?!守備めっちゃ上手かったよね!今のボール取れたのすごくない?!」
「あははは!確かにスゲーけどそんな興奮することかよ」
「することだよ!あ!ダブルプレーでチェンジだー!イェーイ!」
キッドと両手をパンっと合わせて、掠れた喉を潤すためにジュースを飲み干した。
「それにしても、ローと来た方が良かったんじゃないの??」
「あいつと来てもつまんねェよ。全く興味ないことにはとことん無関心なのはお前も知ってるだろ」
「確かに…」
プロ野球をたまに一緒には見るけど、こんなに白熱するのは私とキッドだけだ。
どちらかというと私もそんな白熱しないと思っていたけれど、いざ球場で観戦すると思っていたよりずっと楽しいし、白熱してしまった。
まさか声が掠れるほど大きな声で応援してしまうとは思わなかったが、一体感が気持ち良かった。
ローにはお互いの秘密にして、今日は楽しむことに決めたのだ。
「誘ってくれてありがと!キッドと来れてすごく楽しい!また来ようね!」
「くくく、ほんっとに可愛いやつだな」
ちょうど歓声が盛り上がり、キッドが何を言ってるのか聞こえなかった。
聞き返しても「大したこと言ってねェよ」と言って教えてくれなかった。
試合は見事に勝ち、私たちは上機嫌のまま帰りの駅まで向かった。
試合終了後の駅は人でごった返していたため、気を抜くと安易に人波に攫われてしまいそうになる。
ギュッとキッドが手を握って来てくれて、「逸れんなよ」と言ってくれた。
いつもだったら、人前でやめてと言いたいところだが、今回は本当に逸れそうなぐらい人混みだったので、思わず両手でキッドの逞しい右腕に抱きついた。
「ほんとに逸れそうだからこうしていい??」
「当たり前だろ、そうしてろ」
なぜだか満足そうに笑うキッドの、人混みが嬉しいのかと呆れた。
電車に乗ると満員電車どころの騒ぎではない。
ドアが閉まらずに駅員さんが押したりしている。私はキッドの体に包まれて、息苦しさから顔を上に向けた。
「苦し…」
「んな顔してこっち見んな」
「キッド近い」
「これは不可抗力だろ」
息のかかる距離で話すと勢いで唇がぶつかりそうだ。苦しくなるが仕方なく俯くと、キッドが舌打ちをした。
「ちょ、なんで舌打ち」
「何でもねェよ」
「何でもねェのトーンじゃないじゃんか」
駅に到着すると、やっと人混みから解放されてあとは家を目指すだけだ。
夜道をキッドと手を繋ぎながら歩く。
「名前、さっきみてェにくっつかねーの?」
「?人混みじゃないのに密着する必要なくない?」
「…はぁ…そうだよな…お前はそういう奴だよな…」
キッドが片手を額に持っていって首を左右に振ってため息をついた。
私はキッドと繋いだ手をぶんぶんと振りながら、応援歌を口ずさんだ。
家に着くと、玄関の前でローが腕を組んですごい形相で睨んできた。
「ひぃっ!」
「なんでおれに言わなかった」
「デートだ、デート。デートにヤロー2人はいらねェだろ」
「てめェ…」
「今度は3人で行こう?ねっ?」
もの凄く機嫌の悪いローと上機嫌のキッドが話すとあっという間に喧嘩になるのは予測済みだ。
強制的に話題を終わらせて、「おやすみ」と伝えると2人はお互いに見合ってから大人しくそれぞれの家に帰って行った。
ローに告げ口した弟には私からしっかり報復した。
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