お前との日常

それはナマエが夜勤明けでおれが日勤の日。
仕事が終わり、家に帰るとテレビの目の前に見慣れないものが置いてあった。

「…ゲーム機?」
「あ、気が付いた?ふふふ、懸賞でたまたま当たっちゃって」
「へェ」

ゲームなどかなり久しぶりだ。
高校生まではよく妹や友人とやっていたものだが、大人になるにつれ忙しくなりやることもなくなった。
ゲーム機を眺めれば最新式のゲーム機。
その隣にあるソフトを手に取り確認してみれば、なんだか3D感が出てリアルだが、昔にやっていたようなゲームのキャラクターとパッケージ。名前もそのままだ。

「マリオカートか。懐かしいな」
「ローもやってた?私も弟とよくやってたんだ」
「もうこれやったのか?」
「ううん、セットだけしたの。ローと二人でやろうかなって思って」

嬉しそうに笑い、「明日は二人とも休みだし」と呟いたが…おれとしては彼女とイチャイチャして過ごそうかと思っていたのだが。
ナマエの笑顔を見ると今のところは諦めて、彼女の欲求に付き合ってから自分の欲求に付き合ってもらうことにした。

夕食も終わり風呂も入り、いつもだったらこれからイチャイチャする時間であったが、今日は2人してソファに並んで座りコントローラーを握っている。

「コントローラーすら形が変わるんだな」
「慣れるまで大変だね。あれ?知らないキャラクターいっぱい居る」
「へェ…車のタイプまで選べるのか」

とりあえずは操作性に慣れるまでオーソドックスな普通のカートを選択し、キャラクターはキノピオ。
おれがキャラクターを選択するとナマエは笑い出した。

「なんでキノピオ?」
「可愛いだろ」
「私はクッパ。かっこいいでしょ?」
「…そんなニヤニヤしながらこっち見ても、ゲームキャラにまで嫉妬しねェよ」
「残念」

ナマエもオーソドックスなカートに決めたらしい。
コースもまずは初心者コースからだ。
説明書を読むのは互いにめんどくさがり、とりあえず走って慣れていくことにした。

「うわぁ…懐かしいけど…難しい…」
「3Dだと目がなれねェな……」

おれはチラリと横目でナマエを盗み見た。
一生懸命、真面目にゲーム画面を見つめながら少し体が倒れたりしている。
どうやら曲がる時に自分の体も倒しちゃうタイプらしい。
ものすごく可愛い。

一周回るころには操作にも慣れて、アイテムのことも分かってきた。

「あっ…ロー、いつの間にかトップじゃない」
「お前がバナナに滑ってる時にな」

何度もバナナに引っかかってくるくる回転して、「あっ!」と声を上げた。
やべェ、可愛い。

「あー!!もうゴールしたの?!」
「お前がカミナリ当てられて踏まれてる間に」
「もうっ!私の画面すごい見てる余裕なんなの!」

やっとゴールした時にはナマエは5位。
彼女も操作には慣れたらしく、アイテムも大体理解したようだ。
おれのほうに体を寄せて悔しそうに唇を尖らせる。
ゲームよりもゲームをしているナマエをみている方が愉しい。

「もう一回」
「おねだりしろよ」

片膝を立てて挑発するように言えばナマエはおれの肩に両手を置いて耳元に唇を寄せた。

「ね、もう一回シたい」
「っ!」

ゾクゾクと腰が疼いて反応する体にため息が溢れた。

「…違う方のヤる気が出たんだが」
「ダメよ。今夜はレースしまくる予定だから」
「…小悪魔」
「はい、コントローラー。次のレースはノコノコカップでやってみましょう」

諦めてナマエの腰を引き寄せておれの足の間に座らせると、おれもコントローラーを握った。

「一度もお前に抜かれなかったら明日は一日中、おれに付き合ってもらう」
「いいわ。逆に私が一度でも抜いたら明日は一日中、私の我儘に付き合ってもらうから」
「喜んで」

ナマエの我儘に付き合うのなんて、なんの苦痛にもならない。
おれの目の前で真剣に画面を見つめるナマエ後ろから包み込んで、後ろで緩く縛っているサラサラの髪の毛に近寄ればおれと同じシャンプーのいい香りが鼻を擽った。

「今度は私もキノピオにする」
「別にキャラクターで勝ったんじゃねェと思うが」
「キノピオが早いのかもしれない」
「なら、おれはマリオにするか」

今度は乗り物も変更してバイクにしてみた。
昔やったマリオカートはキャラクターの選択はあっても乗り物を選択することは出来なかったはず。
しかし、このコントローラーに慣れて仕舞えばあとはルールも同じだし、アイテムも新しいものもたくさんあるが大体は同じだ。

1周目は手を抜いて彼女の後ろを走ってみる。

「ふふふ、このまま私が一位よ」
「一位だと、あまりいいアイテムあたらないだろ」
「いいの。アイテムに頼らずテクニックで勝つから」

言うほどテクニックもないだろと言いたいところだったが、気分良く走らせているナマエに茶々入れるのはやめた。
ナマエの後ろから追いかけてくるCPキャラクターをアイテムを使いながら蹴散らせ、最終レーンでおれは口角を上げる。

「このレースはもらった!」
「そりゃあ、良かったな」
「ん?え、ああっ!」

後ろからアイテムでガンガン攻めるとあっという間にナマエの順位は最後になり、おれは一位でゴールをする。
ナマエは涙目になりながら、おれの方を振り返ってきて睨みつけてきた。

「性格悪いわね」
「策略家だろ?」

涙目で悔しそうにする顔はものすごくイイ。
この顔が見たかった。

逃げないように後頭部を掴んで柔らかい唇に自分のそれを当てて、小さくリップ音を立てる。
一度キスすれば、おれの体はもっともっとと求め、目の前の極上のエサを貪りたくなる。

欲望のまま求めようと口を開けて喰いつこうとしたところで、おれの唇をナマエの人差し指が止めた。

「勝利のご褒美。一回につき一度」
「へェ…。なら、さっさと次のレース始めるか」

再び2人して画面の方へ向かい、その後もおれが負けることはなくご褒美のキスを何度も何度もする。

「んっ」

この口付けも何度目か分からないが、ここまでくるとわざと負けてるのではないかと思ってきた。

「キスしたくてわざと負けてんのか?」
「むぅ…悔しい…」
「ほら、今のレース分のキスさせろ」

ゲームにも若干飽きてきたが、悔しがったり涙目になる彼女を見るのは飽きないし、愉しい。が、そろそろ本格的にイチャつきたい。
彼女の体に自分の欲を伝えるように口内を舐め尽くしても、唇が離れた瞬間から、男らしく口角から流れる唾液を腕でグイッと拭いとってすぐに画面と向き合う。
それぐらい、ナマエはやる気に満ちているようだ。
おれとしてはそのやる気を少しはおれとのイチャつきにも偶にはむけて欲しい。

「さあ、続けるよ」
「…もう勘弁してくれ…」
「ダメダメ。勝ち逃げなんて」

せめて時間制限を作ればよかった…。

もうわざと負けてしまおうかと考えているとそれを読んだかのようにナマエが振り返っておれと目を合わせた。

「わざと負けたら許さないから」
「…眠くねェのか」
「うん。きっと交感神経が優位の状態なんだわ」
「おれは副交感神経が優位になってる」

ベッドへ誘導させるために眠そうに言ったが、全く効果はなかった。
結局、朝方になりナマエが諦めてくれてベッドにやっと横になれたが、横になってすぐに穏やかな寝息と共に健やかな寝顔が見えて、おれは深い深いため息をつく。

まあ、今日は色んなナマエの顔が見れたし、キスも何度も何度もしたし…。

今のところは諦めて、ナマエを逃さないように抱きしめて、起きたら今度はおれが満足するまで付き合ってもらう気で眠りについた。

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