海賊と海兵の奪い合い
「あ、お帰りなさいキャプテン」
「用事は済んだ。潜って逃げるぞ」
「アイアイ」

甲板で時間稼ぎをしていたベポたちと能力で自分の船へ一緒に戻り、おれはすぐに船内に入った。
久しぶりに会ったナマエは変わらず煙草の匂いを身に纏い、キスだけで蕩けた顔をしておれを煽る。
自分の部屋に戻ったら一度抜くかと、足を進めていたら後ろからパタパタとシャチが追いかけてきた。

「キャプテン、こっちの船に乗っかった海兵たちは命令通り浮き輪と共に海に放り投げたらしいっす」
「波も穏やかだから溺れることもねェだろ」
「そうっすけど…本気であの海兵と恋人になったんすね…」
「ああ」
「ペンギンが怒ってましたよー。よりによって何で海兵なんだって」
「くくく、言わせとけ」

仲間にはつい最近、伝えたばかりであった。
海兵の船を見つけるたびにおれが乗船している海兵を確認していることをペンギンが察して、問いかけられたため「海兵におれの女が居る」と伝えたのだ。
その場所が食堂だったため、その場に居た仲間全員がその声を聞いてデカい叫び声を上げていた。

海兵を女にして何か問題あんのか、と問いかければペンギンが問題しかありません!と声を荒げて、結局最後まで小言を言われ続けたな…。

「おれらにちゃんと紹介してくださいよ」
「…考えとく。頭の固ェ奴だからお前辺り捕まえそうだな…」
「ええっ!キャプテンのクルーってことで免罪符にはなんないんすか?!」
「んな可愛らしい女でもねェよ」

恋人となってからも堅苦しい言葉遣いは変わらないし、おれのことをたまに貴様だのお前だの呼んでいる。
名前で呼べと言っても慣れるまでには時間がかかりそうだ。

海兵側に見つかれば最悪、アイツは海賊と縁があるということで処刑させる可能性もあると警戒はしていたというのに、ナマエを目の前にしたらその体を抱きしめて、欲望ままに口づけをしてしまっていた。
冷静で居たいのにナマエを目の前にすると冷静になれない自分が居て、自分が思っているよりも意外と恋愛脳なのだと自嘲気味に笑う。認めたくねェが。

運よく新しい上司とかいう男が何故か理解して、しかもあれは完全にナマエを守ろうとしているのが伝わった。
掴めねェ男だが、海兵のほうでも理解のある味方が居るのはいいことだ。
今後、会うときにもそんなに警戒せずに会いに行ける。

いや、問題はその上司でもナマエ本人でもねェ。
あのナマエの同僚とかいう男だ。
双眼鏡でナマエとその同僚を見ていると、双眼鏡を取り合いした後にその同僚の男がナマエを見る目で全てを悟った。
あの男はおれと同じ感情をナマエに抱いていると。

厄介な恋敵だ。
おれよりもナマエと一緒に居て、これからもおれよりもナマエと居ることが多くなるであろう男。
恐らく、あの男はおれとナマエの関係を知ったところでナマエを処刑に貶めることはしないだろう。
だが、おれとの関係には絶対に協力することはない。
その矛先がおれだけに向いてくるだろう。
あのキスマークが牽制になっていればいいんだが。







甲板に出ると同僚の姿を見つけて、私はほっと胸を撫で下ろした。
恋だの愛だのに気を取られて忘れていたが、自分とトラファルガーは敵同士なのだ。
トラファルガーだって仲間を守るためなら、きっと私の仲間を切り捨てる。
もちろん、その反対だってあり得る話。

全身ずぶぬれの同僚にバスタオルを上からかぶせると、私は煙草に火をつけた。

「風邪引かないでよ」
「引くかよ!あいつら腹立つ奴らだな…遊ぶようにおれらの相手をした後、海に落としただけでなく、ご丁寧に浮き輪まで落としたんだぞ!それも人数分!!」
「……」

ズキッと胸が痛んだ。
そんな悔しい思いをしているルーイにかける言葉も見つからない。
何しろ私はそのころにはトラファルガーとキスをして、抱きしめられて呑気に喜んでいたのだから。
……やはりトラファルガーに別れを告げよう。
全てを捨ててトラファルガーと一緒になるなど、私には出来ない。
好きになってしまったこの気持ちを押し殺すのは…だいぶ苦労するかもしれないが。

タオルを頭にかぶせたままルーイは私の隣に立った。

「なに神妙な顔しちゃってんの?」
「いや…そんな顔してた?」

へらっと笑うとルーイが私の方をちらっと見て、何度か瞬きをした後に両肩を掴まれてガン見される。
な、なんだ一体。

「お、おま、お前…そ、それ…」
「な、何?ちょっと、煙草の火がルーイの腕に落ちちゃうよ」
「まっ、え?違うよな…え?いや、は?」

今度は私の両肩から手を離し、膝をつけて座り込んで頭を抱えだした。
突然のルーイの行動と言動に首を傾げるばかり。
問いかけようと手を伸ばしたところで部下に声をかけられた。

「ミョウジ中尉、ルーイ中尉。大佐がお呼びです」
「あ、うん。今いくよ。ほら、ルーイ行くよ」
「…今行く」

隣を歩きながらルーイは相変わらず私を見ては顔を赤くし、目を逸らしては青ざめるというのを繰り返していた。
トラファルガーの仲間と戦っているうちに頭を強くやられてしまったのだろうか。
そのぐらい様子がおかしかった。
まぁ、大佐の話しが終わった後にゆっくり訳を聞いてみよう。
そう思いながら私たちは大佐の部屋へと向かった。

小さくノックをして部屋に入ると、大佐はアイマスクを額にズラしてベッドから起き上がった。

「明日の昼には次の島につくよ。駐屯地があって、ドリン少将という奴が任されてんだけど…どうやらちょーっとばかし気になる噂を耳にしてな」
「噂…ですか?」
「その島で暴れまわっている海賊と手を組んでいると。その海賊は1億の賞金首である男」

一枚の賞金首を目の前に出されて私は手に取った。
そこには見慣れたトラファルガーの顔。

「ん?あれ、間違えた。さっきまで眺めてたから、ほれこっち」
「…バジル・ホーキンス…」
「あー、そっちもさっきまで眺めてたから。んー」
「麦わらのルフィ…ユースタス・キャプテン・キッド……」

次々渡されるのは今、あちこちの海で騒がせている海賊の手配書ばかり。
というかテーブルの書類を少しは整頓すればいい。
今朝届いたという手配書の束があちこちに散乱している中、大佐はやっと目的の手配書を見つけて渡してきた。

渡された手配書をルーイと共に眺めて、同時に唸った。
なんというか…ずいぶんと顔の整った男で手配書でウインクをしているのはあまり見たことはない。バラを口に咥えている手配書なら見たことはあるが。

「かっこいいっしょ?まー、ファンの多い海賊のようでね」
「海賊にファンですか…」
「トラファルガーといい勝負っしょ?あー、でも、自分の男が一番か」
「……」

ぽろっと大佐がつい先ほどした約束を堂々と破ってきた。
私が口をパクパクさせているとルーイがショックを受けながらも「やっぱりか…」と呟く声が聞こえてくる。
やっぱり?どういうことだ。

「あれ?君たち仲いいからてっきり知ってるのかと…こりゃ悪いことしたなァ」
「い、いえ。おれも何となくは…知ってましたし、そのことでコイツを上にチクろうとかは全く思ってないんで」
「ははは、おれもおれも。いや、海兵と海賊カップルなんて面白いし…何よりトラファルガー相手ってのがおれとしても安心だ」

今更だが、改めて大佐がここまでトラファルガーを信用しているのはどういうことなのか分からない。
あんなたったの数分話したからといって何が分かったのだろうか。

「…でも、大丈夫です。トラファルガーとは次の島で決別します」
「何で?」
「何でって…大佐は別れてほしくないんですか?」
「うーん…君たちが幸せであればおじさんはいいよ。ただ、君が自分以外の何かのためにその決断をしたというのなら…よーく考えて結論を出した方がいい。後悔しないようにな」
「………」

私は口を閉じた、頭ごなしに否定すると思っていたルーイも思わず口を閉じた。
大佐だけが笑って私たちの頭をポンポンと軽く叩いて笑顔を見せる。

「たくさん悩んで恋しろよ。お前たちは海兵である前に一人の人間なんだからなァ」
「はい…ありがとうございます…」






部屋に戻ってからも大佐から言われたことがグルグルして眠れなかった。
ベッドの上で何度も寝返りを打ち、気分を落ち着けるために煙草を片手に甲板に出る。
ニコチンを体内に補充して、ポケットからトラファルガーの手配書を取り出す。

手配書のトラファルガーは相変わらず余裕の笑みを浮かべており、昼間にあんな熱い口づけを交わしたのが嘘のようだ。
この手配書の海賊を私は好きになってしまったのだ。

別れてしまえば、もう私のことを愛おしく見つめ、抱き締めてくれなくなる。
楽しく飲んで話しをして、笑うこともしてはくれなくなる。
そして、あの思わず蕩けてしまいそうになるキスだって…

「なぜ…アイツは海賊なんだ…」

思わずポツリと呟くと目がカッと熱くなった。
簡単に考えていた数か月前の浮かれた自分を罵りたい。
というか出会ったころのあの時に戻って、奴とは関わるなと罵りたい。

忘れるにも忘れられないほど、こんなにも…自分はトラファルガーのことを好きになってしまっていたなんて。思いもしなかった。

「げほっ、吸い過ぎだろ。スモーカー大佐かよ」
「あ、ルーイ…ごめんごめん」

慌てて目元の涙を拭い取って煙草の火を消した。
考えながら次々と吸ってしまっていたらしい。
私の悪い癖だ。考えごとをしている時に煙草を吸うといつの間にか吸い過ぎてしまう。
甲板に座り込んでいる私の隣にルーイが座り、私の手から煙草を奪い取る。
すぐに火をつけて吸い込むが、思った通りゴホゴホと咳き込む背中を摩ってあげた。

「煙草吸えないのに何で…」
「ゴホゴホっ…いやー、お前と同じ匂いをさせてやろうかと」
「なんでよ」
「牽制返し」
「?」
「それよりよ、捕まえないって約束すっからおれもトラファルガーと話がしたい」

トラファルガーと話し?
私は戸惑いを隠すことなくルーイを見れば、ルーイはニカっと笑い私の数本残っている煙草の箱を奪い取った。

「おれはお前を泣かしたいわけじゃないし、できればずっと笑っててほしいんだよ」
「なっ、泣いてなんか」
「お前が何で悩んでんのかもよーく分かってるし、そのためにどうしようとしてんのかも分かる。けどな、今のお前を見ればその行動が最善だとはおれは思えないんだよな。それに、悩むんならアイツの方を大いに悩ましてやろうじゃねェか」

そう言ってまたルーイは笑って、私の頭からルーイの正義のコートをかぶせられた。

「コート、羽織ってろ。風邪引くぞ」
「あ、うん。ありがとう」

同僚の心使いに感謝して、私はそのコートを借りて遠い海を眺めることにした。
海の音が心地よく、この海のどこかにいるトラファルガーも同じ音を聞いていると思うと、何だか心が落ち着いた気がした。




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