間違いなく、名前を呼んだ
埃がフワッと舞って、思わず咳き込むと低い声で笑う声が聞こえてきた。

「煙草吸い過ぎて肺やられてんじゃねェか?おれが見てやろうか?」

どうやら幻聴が聞こえているらしい。

「それともここがあの世か…」
「残念ながら、現実だ。お前を死なせるわけにはいかねェ」
「………」

顔を勢いよくあげて、目の前に立つ男を見上げた。
無駄に身長が高すぎて首が痛くなったが、間違いなく“死の外科医”トラファルガー・ローだ。
パーカーに細身のジーンズ、靴は身長高いくせに少しヒールのあるお洒落な靴。こいつ、改めて思うが、海賊のくせになんだこの格好は。
いや、そうじゃない。そうじゃないだろ。

「き、貴様、なぜここに…」
「あ?分からねェのか?助けに来たんだろ」

口をパクパクさせながら驚いた。
た、たすけ…は?

「名前、呼んだろ?おれの」
「…呼んでない。呼ぶわけないだろう」

しゃがみ込んで顔を覗き込まれるが…近い。

「おい…近いぞ…」
「助けたら何してくれる」
「は?」
「労力を提供すんだ。それなりの褒美が必要だろ」

海賊が海軍相手に何を言っているんだ。
そもそも、本当に助ける気なのか?
相手は10人で、恐らくライマン少佐だって近くで待機しているに決まっている。
この男がいくら強いと言ってもこんな人数と海兵相手ではさすがに…

「…助けはいらない。さっさと逃げればいい」
「へェ。優しいな」
「は?」
「おれの心配してくれてんだろ?どうでもいいなら、勝手にやって勝手に捕まれと放置すればいい。それを逃げればいいって言ってんだからな」

本当に嫌な奴だな。わざわざこちらが逃げろと言ってやってるのに。素直に帰れよ。

私はトラファルガーに顔を自分から近づけて、もはや息のかかるくらいの距離で睨みつけた。

「いいか、恨まれたくないから言っておく。これはライマン少佐が仕掛けた罠だ。仲間であるはずの海兵に売られたことは事実。この間、お前に酒場で言われた通り海兵が間違いを犯した。だからお前が捕まると気分が悪い」

くそ。言ってて悲しくなってきた。
私は裏切られたのだ。
悔しいが、トラファルガーが言った通りだったし、私のせいで捕まられてもハートの海賊団に恨まれそうだし。

「そういう意味であれを言ったわけじゃねェが…」
「…は?」
「まあいい。とりあえず、報酬はそのうちもらう」
「いや、ちょっと待て!」
「そろそろ奴らが来る。映像電伝虫におれの姿が写ってるからな」

トラファルガーの言葉とともに、ドアが大きく開かれて中には銃を構えた仲間の姿。

「ミョウジ!今助けてやるからな!さあ、トラファルガー覚悟をしろ!」
「今撃ったらこいつにも当たるぞ」
「ええい!海兵なら身を挺して海賊を捕まえるぐらいで」
「へェ。てめェの掲げる正義ってのは仲間も差し出す正義なのか。そういう正義もあるんだと勉強になった」
「戯言を!」

コツコツとトラファルガーが歩き始め、私から距離を取った。

「止まれ!」
「追い詰めたつもりなのか?甘ェな」
「黙れ!」
「“ROOM”」

トラファルガーが手を翳すとその中心から薄い膜のようなものがどんどん広がり、ライマン少佐が剣を振り上げる前に口角を上げたトラファルガーが消えた。
そして、ライマン少佐は驚愕の表情に変わる。

トラファルガーが目の前に消えたという出来事ではない。
部屋を囲むように居た海兵の姿が、何故か全てハートの海賊団になっていたからだ。

血の気が引いて、足がガクガクしている上司の姿に私は心の底から失望した。
いや、すでに相当失望している。私を捨て駒のように扱った時点で。

「“メス”」

トラファルガーの手がライマン少佐に伸び、信じられない出来事が目の前で起こった。
奴は、少佐の心臓をくり抜いたのだ。
パタリと倒れる少佐の体を呆然と立ち尽くしながら眺める。
何が起こったのか理解が出来ないのだ。私の頭では。

「シャチ」
「おわっと!」
「外の仲間が締め上げた海賊にでもくれてやれ」
「アイアイ」

ハートの海賊団の数人が外で海賊を縛り上げているらしい。ゾロゾロとハートの海賊団が出て行くが、私の横を通るたびに頭をポンポンとされる。

「ええい!やめろ!海賊ども!」
「つい撫でたくなる位置にあんだよな。頭が」
「あ、分かるー」
「ご利益あるかもよ?キャプテンのお気に入りだし」
「頭を触るな!うるさい、ハートの海賊団!お前たちは私が絶対に全員捕まえてやる!礼など言わないからな!!」

怒鳴りながら言えば、クルーを引き連れて立ち去ろうとするトラファルガーが最後に、いつものように余裕のあるスカした顔で私を見た。

「おれたちを追いかけてこい、ナマエ」
「臨むところだ、トラファルガーとハートの海賊団!」

助けられて感謝はしないが、せめてこの私が直々に捕まえてやる。そして、お礼にインペルダウンへご招待してやる。


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