金色の女神
わたしの正体はなに  [ 58/83 ]


白骨の前にしゃがみ込む名前を横目にセフィロスは床を踏みしめながら歩き始める。
ぎしっと音を鳴らしながら焦げ目のついた床が軋む。
家具は燃え尽きたのか、骨組みだけが残る家。

「…?」

歩き回っていると、ふと床の音が違うことに気が付いた。
手袋をした手でその床板を剥がすと、そこには一切傷がついていない小さな金庫が出てきた。
その金庫を持ち上げ、しゃがみ込んだ名前の横に静かに置いた。

「向こうに隠されていた。恐らく、お前の母親が残したものだろう」
「!そ、そんなのあったの?!」

すぐに金庫を見てその鍵に戸惑う。
全く見たこともなく、数字を合わせるものでもなく、鍵穴もない。

「貸してみろ」
「うん…」
「…これは生体認証でロックできるタイプのものだ」
「せいたい…にんしょう?」
「…ここのケースの中に…」

セフィロスの手が優しく髪に触れると一本だけを引っ張りぬいた。
ケースの中に入れると電子音が響き渡る。
すると小さな音でロックの外れる音が聞こえた。

「私が解除の鍵だったの?」
「そのようだな。ほら」

小さな金庫を渡されて、中身を恐る恐る確認する。
中には書類と、手紙だ。

真っ先に手紙を取り出すと、封筒には自分の名前が書かれており、それは幼い頃に見てきた母の字であった。
ギュッと握りしめて、セフィロスを見上げた。

「一緒に見てくれる?抱きしめててほしい…なんて甘えてもいい?」
「ほら」
「ありがとう」

両手を広げてくれたセフィロスの胸元へ行き、背中を向けた。
後ろからセフィロスの逞しい腕が腹部に回り、名前の顔のすぐ隣から手紙を覗き込まれる。
震える手を握りしめて一呼吸置くと、手紙を開いた。



名前。
これを読んでいるということは、私はもうこの世にいないのでしょう。
語れなかった貴女の出生について真実を綴っておきます。

私は神羅カンパニーに勤めていた科学者。
毎日目の前で行われる酷い実験に耐えられずに逃げ出した先で、貴女の父親と出会いました。

貴女の父親は時の神。
クロノスといわれる神様なのです。
それは時間を司り、美しい容姿は見た者の時を止めてしまうほど美しく輝くといいます。
生まれてきた名前は父親と同じ金髪の、息を呑む様な美しさで、それは育ってきてから更に際立って目立っていました。

私の愛しの娘、名前。
一緒に共に生きられなかったことをどうか許して。
きっと反逆者として殺される。でも、貴女だけはどうか逃げて、生きて、幸せに…。

私の死に縛られないで。貴女は特別な子。
どうか、私のように、貴女を大切に思ってくれる人が現れる様…祈ってます。
私の分まで幸せに、穏やかに、笑顔で過ごせますように…。

貴女を守るため、貴女の出生のことはどうか絶対に漏らさないよう。
最後にはこの手紙も処分して、絶対に神と人間の混血という事実は誰にも言わないよう幸せに過ごして下さい。




ポタポタと涙が床に落ちては消えていった。
手紙をギュッと抱きしめ、炎のマテリアをかざして、放った。
手紙は一瞬で燃えていき、セフィロスに向き合って笑った。

「すごいね、私。まさかの神様って」
「…信じられん…が、少しばかり納得させられる部分もある」
「神様っぽい?」
「いや…お前の能力の高さとその容姿だ…だが…神とは…」
「ねえセフィロス」

名前は声が震えた。
この事実は別に自分の中でショックだったりもしないし、神様だからって何の変化もないのだから。
ただ、人間ではない異色な存在として、セフィロスに受け入れてもらえるのか。
今一度、確認しておかなければならない。

「私…もう一緒に…」

「いられないのかな」という言葉はセフィロスキスによって阻まれた。
ゆっくり離れていく唇に名前は涙を再び零した。

「お前が何であれ…離れる気はない」
「セフィロス…」
「俺はお前を離す気はない」

嬉しさと不安で心がおかしくなりそう。
でも、人間じゃなくなったら?
神様ってどんな姿になっちゃうの?

名前は何も言わずにセフィロスの翡翠色の瞳を見つめ返した。

「どんな姿になろうと、神だろうと、お前はお前…名前は名前だろう?」
「…でも…」
「もう何も考えるな。お前が考えることはいつもろくな事じゃない」
「何それ」

セフィロスの言葉につい吹きだしたように笑ってしまう。
そのまま背中に両手を回し、腕に力を入れてセフィロスに抱き着いた。

「ねえ、こんな私のこと愛してる?」
「どんなお前でも…愛してる」

涙が止まらない。
こんな優しい人が私の傍に居てくれていいの?
こんな幸せな気持ちで居てもいいの?


暖かい腕の中で幸せを噛みしめながらセフィロスに微笑んだ。
その表情とは裏腹に、ずっと渦巻いていた気持ち。

自分のせいでセフィロスは不幸になってしまうのではないか。
こんなよく分からない出生を持つ自分よりも、セフィロスにはもっともっといい人がいっぱい居る。
狙っている女、地位のある女は山ほどいるのは知っている。

一つの考えが過った。

身を引こうか。

過去に聞いていた。セフィロスは女を追いかけはしない。去る者は追わず。
今は…この休暇中は最後の思い出つくり。

戻ったら距離を置こう。
出会った時のように、距離を置くことは簡単だ。

今だけは、この人を独占させて…。

「ここ数日間、魘されてたのはね。暗殺任務で過去の自分と重なって…。自分が生きたいがために家とお母さんと燃やした…」
「…」

優しい手が静かに涙を掬い取って、頭を撫でながら耳を傾けてくれている。

「お母さんの死に縛られていることで罪悪感から逃れようとしてたけど…手紙読んで…、お母さん私のこと、愛してくれてた」
「だろうな。じゃなきゃ、神羅から何十年と逃げることなど出来ない…しかも化学部門から」
「化学部門か…科学者だったんだ…」

セフィロスは手紙とともに入っていた書類にも目を通した。
それは神羅の機密情報であった自分の成長記録が1枚。

「…」
「ん?あれ?何この可愛い子ども?名前が…セフィロスって…」

書類には小さく《この子にも幸せを》と書かれている。

「…俺はお前の母親に会っていたのかもしれないな…」
「そっか…なんかちょっと運命感じちゃうね」

セフィロスはその書類を燃やし、くくっと笑った。

「そういえば、うっすらと記憶にある科学者が宝条とかなり言い合っていたのを覚えているな」
「宝条と?」
「ああ。たまにそういう科学者が居たが…まあ、そういう科学者は数日のうちに姿を消すことが多かったから」
「殺されるか…逃げ出したか」
「そういうことだな。お前の母親は逃げ延びたらしいな」

いい気味だと宝条を毛嫌いしているセフィロスは嬉しそうだ。
そんなセフィロスを見ているからか、宝条のことは好きになれない。
宝条はねっとりと絡みつくような気持ち悪い視線と、まるで人間と思っていないような目と口ぶりで話してくるあの姿は確かに嫌悪感がうまれる。







しっかりと泣いた後にセフィロスから離れて、金庫に入っていた写真を取り出す。
母とまだ幼児の頃の自分が笑っている写真だ。

「お前は変わらないな」
「ふふふ、そうかな」

その写真を大切に仕舞い込み、骨をまとめて布で包み込み、床の板に固定した。

「これでとりあえずはお墓の完成」

手を合わせて、持ってきた花を添えた。
手を合わせると、隣にセフィロスがしゃがみ込んで同じように手を合わせた。

「セフィロス、ありがとう」

セフィロスと立ち上がると、再び腕に抱き着きながら家を後にした。


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