露天風呂で深まるおれたちの仲


カラカラと戸を開けると、景色を楽しんでいるのかこちらに背を向けている名前が温泉に浸かっていた。
髪の毛をアップにしているため、濡れたうなじが最高にそそられる。

「あ、お水持ってきてくれる?」
「これでいいか?」

おれが笑いを堪えながら水の入ったペットボトルを持ち上げて言えば、勢いよく名前が振り返って目を見開いた。

「トラファルガー先生…」
「バーキンなら水着持ってくるの忘れたからここは入らねェって」
「…やられた…しかも前隠してくれます?」
「隠す必要ねェだろ。今更」

片手で額を押さえながら深く溜息をつき、おれに背中を向けておれから離れるようにして奥に進んでいく。

おれの部屋についている露店風呂は源泉かけ流しの風呂になっていて、絶えず温泉が流れており檜の浴槽に大人が4人ほど入れる大きな風呂だ。
目の前には広大な自然が広がっており、今の時期は紅葉が綺麗で風呂にも紅葉が落ちてくる。

シャワーで体を流した後、温泉に足をつけると熱くもなく長く入れるようないい温度。

「結構広いな」
「本当。先生って贅沢ね」
「まぁ、その分参加費は多めに取られてる」
「え?無料じゃないの?」
「他の職種はな。ドクターだけ参加費とられる」

そうは言っても普通にこのホテルに泊まればもっと取られるだろうが、ドクターは部屋が豪勢な分、自費も出てくるのだろう。
ナースや他の職種と違い、部屋も一人部屋。

名前は体を隠すように浴槽に胸を潰すかのようにくっつくいており、檜の浴槽の縁に両腕を置いて、おれの方へは顔だけを向ける。
おれは名前とは逆にその浴槽に背中を預けて両腕を縁に置いた。
もちろん、片腕は名前の体を抱き寄せるようにして。

「…逃げねェのか」
「逃げてほしいの?」
「いや、出来ればおれの膝に来てほしい」
「それはダメ」

おれの腕を抱き寄せて、まるで甘えるように頬を摺り寄せてくる。

「悪ィ女だな。分かってて煽ってんだろ」
「ふふふ。ローがどこまで我慢できるか」

たまにこうして悪戯っ子のようなことをしてくるから参る。
おれが手を出せない状況の時にわざとだ。
普段クールな分、こうした茶目っ気のある行動はおれの加虐心を煽る。

柔らかい頬に触れている指を動かして、指先で艶のある唇を撫でた。

「我慢できなかったら襲っていいっつーことか」
「まさか。両隣にはターナー先生とフランシス先生。聞かれたくは、ないでしょ?」

ぱくっと唇を撫でていた指先を咥えだし妖艶に微笑む名前に、下半身が反応してしまうのは仕方のないことだろう。
むしろ後ろ姿とはいえ、明るい中で裸を見ただけで少し反応してしまったというのに。

「バスでは散々振り回されたからね」
「仕返しか?」
「ローは私に振り回されてればいいよ」
「そりゃァ無理な話だ」

柔らかい唇でおれの指を弄び続けている名前に、口角を上げてもう片方の腕で名前の後頭部を逃げられないように固定した。
警戒するような顔になったが、もう遅い。

「おれをその気にさせるんだったらこんくらいやれよ」
「んんっ」

二本の指を名前の口内に突っ込み、上顎を撫でる。
舌がおれの指を押し出そうとしてきたが、逆にその舌に絡むよう指を動かした。

名前の唾液がおれの手を伝い、ゾクゾクと腰が疼いた。
涙目になっている名前がおれを見上げてきて、目が合うとおれはニヤリと笑う。

「んっ、んっ」
「離して欲しいか?」

コクコクと小さく頷く名前の耳元に唇を寄せて、囁くように言った。

「なら、おれに跨って座れよ」
「…」

眉間に皺が寄って嫌々そうな顔をしながらも、小さく頷いたのを確認して、後頭部と口内から手を離してやった。
名前が逃げ出す前にすぐに抱き寄せて向かい合うように座らせる。
諦めてくれたのか、素直におれの首にきゅっと両腕を巻き付けて、体を密着してきた。

口内を指で散々弄んだから少し呼吸が乱れている。
それを整えるためか、おれの耳元で深い息を吐き出したのが聞こえてきた。

「強引ね」
「噛みつかなかったな」
「……噛みつけばよかった」
「口内にナニか突っ込まれると、歯を立てない癖でもついたか?」
「どんな癖よ、それ」

ぴったりと体をくっつけているから名前が笑うと、その振動がおれの体に伝わってくる。
拗ねるかと思ったが、温泉のおかげか機嫌はいいらしい。

温泉の効果なのか背中を撫でれば、何となくいつもより滑らかな気がする。
折角だから滑らかな肌を楽しむために、そのままお尻を撫でようと手を持っていくと耳に噛みつかれた。

「っ!」
「それ以上は触っちゃダメ」
「ケツは」
「痴漢です」

おれの下半身の変化に気が付いているだろ。
と言いたくもなったが、どうせここでは先ほど名前が言ったように何も出来ないのだから諦めるしかない。
声や音を耐えたとしても、静かなこの環境では耳を澄ませば聞こえてしまうかもしれない。
まあ、今のところターナーもフランシスも風呂に入って居る気配はないが。

「温泉…気持ちいいなぁ…」

嬉しそうにそう呟いている声を聞いたら、ちょっかいを出して邪魔する気にならなくなった。
前から温泉好きなのは知っていたし、今回もこの温泉を目当てにあんなに渋っていたおれの部屋へ来たのだから。
しかも、この温泉を楽しんでいる
時間を邪魔したら今夜来てくれなくなりそうだ。

「夜も入りに来るか?」
「いいの?」
「もちろん。つか、おれの部屋で寝ろよ」
「それはダメでしょ」
「別に修学旅行で来てる学生じゃねェんだ。問題ねェよ」

恐らく、両隣の医者も連れ込む気満々だろう。
そうでなくとも、職員旅行とはいえせっかく旅行へ来ているのだから夜だって一緒に寝たい。

…あわよくば欲も満たしたい。

「なんか悪いこと考えてる」

少し体を離したかと思えばぐいっと前髪を掻き上げられて、顔を覗きこまれる。
そのままおれの髪をじっと見つめ、お湯で髪を固め始めた。

「オールバックもかっこいい」
「そうか?」

家の風呂に一緒に入ることはあるがこんなにゆったりと戯れるように入るのは初めてだ。
おれの髪を撫でながら楽しんでいるところ悪いが、おれの目の前には触ってほしいと言わんばかりに揺れる胸。

揉みてェ。かぶりつきてェ。

そんな欲望が沸き起こり、片手を上げた瞬間に再びぴったりと体をくっつけてきた。
そのお陰でおれの胸に柔らかい胸が当たる。
おれは揉みてェんだが。

「そろそろ出ようか」
「…キスしてェ」
「ん」

触れるだけのキスをされて、名前はすぐに体を離して背中を向けた。

「生殺しだな」
「ここじゃダメ」

浴槽から上がった名前を追いかけるようにおれも出ると、露天風呂への戸を閉めて部屋で体を拭いている名前を抱き寄せた。

「あ、ロー、ちょっ、んんぅ」

濡れた体のまま腰と後頭部を掴んでキスで口を塞ぐ。
舌を口内に侵入させ、そのままバスタオルを奪い取った。
我慢していた分、キスだけでも気持ちがどんどん昂るのが分かる。

裸で密着していてこんなキスをすれば、まるで行為の最中だと錯覚させられそうだ。
腰にある手を胸の方に移動させようとしたらその手をはたき落とされた。

「Don't touch me」
「… I want to touch it, so let me touch it」
「え、ちょ、待って。なんて言ったの」
「触りたいから触らせろ」
「英語の発音が、ものすごくいい。びっくりしちゃった」

英語で言われたから英語で返してやっただけだが。
感動した名前は興奮したようにおれの腰に両手を回して密着したまま話し続けた。

「私、英語すごく苦手で」
「まあ、発音聞けば分かる」
「あ、やっぱりぎこちなかった?」
「カタコトだった」

何でもそつなくこなす名前の意外な一面におれも驚きだ。と言っても可愛いだけだが。

「なんか英語喋ってよ」
「Want to have sex」
「……なんか不穏な単語が聞こえた」
「どの単語だ、言ってみろ」
「…も、もういいわ」

グイッとおれの胸板に両手を置いて突っぱねられ、仕方なく開放するとブツブツと先ほどの英語を解読し始めた。

「wantって欲しいだっけ?うーん…ハブってなんだっけ…」
「くくく、本当に英語が苦手なんだな。通りで字幕で映画を見ねェわけだ」
「学生の頃から英語だけはどんなに勉強しても理解出来なかったの。ローは何でそんなペラペラなの?」
「海外に学会で行くこともあったし、慣れればそんなに難しくねェよ。日本語のがもっと複雑で難しい…っておい、待て」

水着を着ながらチラリと名前を見て、その格好に思わず声をかけた。
おれの知っている水着じゃねェ。

名前は上下とも下着かと思えるほどの水着、黒いビキニを着ている。
家で準備をしていた時はそんな水着は見ていない。
というか見ていたら絶対に止めていた。

こんな下着とも区別がつかないものを大勢の男の前で見せられるほど、おれは寛容ではない。

「何」
「何、じゃねェよ。その水着は何だ」
「ああ、これね。どう?」

腰に両手を置いて背筋を伸ばす姿はまるでモデル。
白い肌に黒い水着がよく映えて、美しい谷間とくびれが強調されていて、最高。

「綺麗だ」
「ありがとう」
「そうじゃねェ。いや、そんなんだが、そうじゃねェ」

あまりの綺麗さに危うく流されるところだったが、そう言うわけにもいかない。
そのままパーカーを着ようとする名前の手からパーカーを剥ぎ取る。

「ちょっと」
「その水着はダメだ。持ってきた水着はどうした」
「それが後輩がね、ダイエットに成功した時用にこの水着を持ってきたみたいだけど失敗したみたいで」
「それで何でお前が着てるんだよ」
「交換して欲しいと懇願されたの。断るのも可哀想で」

いや、そいつの事情とかどうでもいい。
しかもダイエット成功してから準備して来いよ。

交換し直して来いと言おうとしたら先手を打たれた。

「今夜、ここで寝るから見逃して?」
「…………おれから離れんなよ」
「ふふふ。はい、トラファルガー先生」

ダイエット失敗したとかいう後輩を見つけたら、嫌ってほど揶揄ってやる。

そう思いながら、おれたちは揃って混浴温泉の方へと向かっていった。





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