おまえの家族


ゴソゴソと腕の中の温もりが身動いだ。
目を薄っすらと開けてみればおれを起こさないようにそっと腕を外そうと、真剣な表情でおれのことを見つめている。
寝たフリを続けながら腕に力を入れて更に引き寄せると、大人しく引き寄せられて動かなくなった。

そのまま様子を見ていれば、今度は頬をおれの胸元にすりすりと寄せておれの顎髭に触り始めた。

くすぐってェ…。

でも、甘えてくる仕草にまだまだ見ていたくてグッと我慢する。
顎髭を触っていた指が今度は唇にやってきて、おれの唇を撫でた。

その指をパクッと食べると「ひゃっ」と可愛らしい声が上がる。

「起きてますね、先生」
「くくく、もうおれの顔で遊ぶのは終わりか?」
「…終わりです。早く離してください」
「嫌だと言ったら?」
「キスします」
「なら嫌だ」

おれが即答するとクスクスと笑った名前が、先程触れていた唇に触れるだけのキスをしてきた。
後頭部を掴んでおれからもキスをして、胸をとんとん叩かれてから名残惜しげに解放した。

「朝食作ってきます。先生はまだ寝てていいですよ」
「いや、おれも起きる」

名前が先に降りて、寝室のドアを開けた途端に「わあっ!」と驚くような声が聞こえてきた。

「何でこんなとこで寝てるの?!」
「あ…姉ちゃんおはよ…いやー、ちゃんと既成事実作るための行為はしてんのかなって盗み聞してたら、そのまんま寝ちったらしい」
「もう馬鹿過ぎて何も言えない。お父さんに電話しないと」
「今日、ローさんも連れて来ればいいじゃん」
「しません」「いいな、それ」

どうせ弟を車で送ると考えていたおれは、両親の挨拶も考えていた。
結婚前提で付き合っていることと、同棲も考えていることを伝えておけばスムーズに事も進められる。

おれの発言に困惑気味の名前だったが、否定的なことを言って来ない。
ということは少しはおれとのことも前向きに考えているのだろうか。

「いいか?」
「…」

おれが名前へ問いかけると、困惑した顔で名前が見上げてきて何かを言う前に弟が割り込んできた。

「姉ちゃん、もう30になんでしょ?若くないんだから迷ってる時間がもったいないとおれは思うけどなあ」
「…この歳だから慎重になるのよ。直前で捨てられたら」
「捨てないっつってんだろ」
「ほら、ローさんも言ってんだし。姉ちゃんは兄ちゃんみたいに結婚に失敗したくないのかもしれないけど、捨てられたら捨てられたで次いけばいーじゃん」
「若いからそう言えるの」
「だあー!我が姉貴ながら頭かてーの!父さんそっくり!!ローさん、この際別の女のがいいっすよ!」
「もうあんたと話してると頭くる!お母さんたちに電話してくるから」
「へーん。姉ちゃんの臆病者ー」

弟が名前に呆れた視線を送りながらも、名前は何も言わずに携帯を片手に寝室へ向かった。
親に連絡すんのか。
おれは弟と2人になると、ため息をついてソファに腰掛けた。

「別の女ねェ…」
「ローさん、ぶっちゃけ他の女はどうなんすか?」
「眼中にねェよ。おれはアイツしか考えてない」
「…姉貴のやつ、こんなローさんが思ってくれてんのに何が不安なんだかなあ…」

それはおれも聞きたい。
誰がどう見ても、おれが名前に夢中になっている事がもろ分かりなのに、本人が一番自覚がない。
それともまだ結婚とかまで考えてねェのか。
それが一番あり得る。まだ付き合ってから数ヶ月…。
おれはだいぶ前からアイツのことが好きだが、アイツがおれを好きになったのはもっと後だ。

「まあ、ローさんハイスペックですから逆に不安なのかもしれないっすね」
「…どうにも出来ねェじゃねェか」
「おれも過去に彼女に言われたんすよ。コウ君はカッコよ過ぎて女の影が常にチラついて不安になるって。どうにもなんないっすよね」
「…」

それを言うならおれだって不安になる。
美人で看護師、今までだって他に男が出来んじゃねェかと不安に思ったし、実際に口説かれてるし。

寝室から出てきた名前が、おれと弟を見て口を開いた。

「…コウ、帰る準備しなさい。そして、ローさん…一緒に実家に行ってもらってもいいですか」
「もちろん」
「おお!おおー!!ローさん!おれのことはコウって呼んでください!やりぃー!」

弟が鼻歌を歌いながら支度を始め、おれも着替えようと寝室へ向かうと名前も着いてきた。

「ローさん…その…一度、確認なのですが」
「ん?」
「私との付き合いってどう考えてます?その…将来的に」

不安そうに俯く名前の手を引くと、ベッドに腰掛けて抱き寄せる。
唇に触れるだけのキスをして、抱き寄せたまま、おれは名前の頬を撫でた。

「おれは結婚を前提に付き合ってる。前も言ったが、早く同棲もしたいし、結婚も子どももお前としか考えてない」
「…ローさん」
「お前が思ってるより…おれはお前が好きだ」

頬を撫でていた手を握られて、名前は微笑んだ。
その笑顔に心臓が鼓動を早めて、顔がカッと熱くなった。
誤魔化すように名前の体を引き寄せて、顔を名前の腹部に埋めた。

おれの後頭部を撫でるように名前の手が動いて。
やべェ。ほんとコイツが好きだ。

「私、ローさんを信じようと思います。こんな気持ちも初めてですし、私もローさんと生活をしてみたいです。なので、今日は両親に同棲の話しをしようと思ったんです」
「ああ」
「同棲…いいんですか?」
「当たり前だろ。もう今日からでもしたいぐらい」
「ふふふ、今日はローさんちにお泊まりですから」
「くく、逃げんのかと思ってたが」
「腹は括ってますよ」

そう言いながら顔を上げれば、名前と戯れるようなキスを繰り返し、弟が覗いているのにおれが気がつくまで続けた。






手土産を途中で買って、服もその時に買っていった。
名前も弟もそこまでしなくていいと言っていたが、こういうのは初対面が重要だと思っている。
スーツまでとはいかないが、ジャケットとシャツに着替えてピアスも外しておいた。

「ローさん、真面目な格好してもきまってますね!おれもローさんみたいになりたいなあ!あ、モデルやりません?」
「…お前モデルなのか?」
「読者モデルなんですけどね、姉貴も一回雑誌に載ったんですよ。うち来たら見ます?」
「見せないでいいから」
「見たい」
「絶対見せないです」
「姉貴のアルバムとか今頃母ちゃん出してると思うけど」
「もう!すぐに帰るよ!」

家の前まで来ると、さすがのおれも緊張してきた。
駐車場に入り、車から降りれば家から美人な女性が出てきて、すぐに名前の母親だと分かるくらいの容姿。
どうやら美人の遺伝子は息子娘にしっかりと受け継いでいるらしい。

「初めまして、トラファルガー・ローです」
「…」

母親はおれの顔を見るなり指を指しながら口をぱくぱくし出した。
なんだ。この顔芸は。弟と同じようなリアクションだな。
おれが頭を少し下げると母親は名前の肩を掴んでおれに背中を向けてヒソヒソと話し始めた。

「あんた騙されてんじゃないの?!」
「母ちゃん、それおれも言った」
「…騙されてないから。先生、すいません。中に入りましょう」
「あらごめんなさいね!中でゆっくり話しましょう」

嫌味なわけじゃなく、こんなに顔が整っていることを引け目に感じたのは初めてだ。そんなに騙しそうな人相をしているだろうか。
いや、まあ、確かに人相は悪いかもしれねェが…

名前に手を引かれて家の中に入り、リビングへ案内されるとソファに座らされてその隣に名前が座った。

「コウ、あんたお父さん呼んできて」
「はいはい」
「えーと、ロー君はおいくつ?」
「お母さん、子どもじゃないんだから…」
「30です」
「まあ!あんたと変わらないの!」

どうやら性格は弟が母親似らしい。
ということは、父親はコイツ似か?

母親からどんどん質問がきたが、それに答える前にすぐにすらっとした男性が入ってきて、その顔もスタイルも間違いなく名前と親子だと思えるぐらい整っている。

向かいのソファに腰掛けておれを真っ直ぐ睨み付けてきた。弟のようにはいかないらしい。

おれは父親を真っ直ぐ見つめ直し、口を開いた。

「名前さんと結婚を前提にお付き合いさせていただいてます。トラファルガー・ローです」
「…結婚を…」
「やったー!でかしたわ!娘!こんなイケメン捕まえてくるなんて!どこで知り合ったのかしら?」
「か、母さん」

父親が母親の反応に戸惑いながら、咳払いをすると再びおれの方に向き合った。

「どこで知り合ったんだ」
「同じ職場で働いてます」
「ん?君は看護師か薬剤師か?」
「外科医をしてます」
「!!!」

父親の驚いた顔にこっちまで驚きそうになった。
母親は飛び跳ねて喜んでいるし、隣で名前が盛大なため息をついている。

「き、君は医者なのか」
「はい」
「玉の輿よー!」
「何でうちの娘なんだ」
「娘さんは一緒に働いていて、真面目で、でもたまに面白くて…一緒に居て安らげて…」
「も、もういいですよローさん」

今まで黙っていた名前がここに来て口を開いた。
顔を真っ赤にしておれの手を握って、父親の方を見る。

「お父さんお母さん、だから今日は同棲の許可をもらいに来たの」
「いいじゃないの!父さん!!」
「う、うーん…」
「いつも名前はいつ結婚するんだって心配してたじゃない!」
「それはそうなんだけど…こんないきなり…」
「ロー君のご両親にもご挨拶しないとね!ご両親も先生?」

戸惑っている父親を他所に、母親の方は興奮しながらおれに詰め寄ってきた。

「はい」
「あらー!大丈夫かしらこの子」
「母さんはお昼の支度をしていてくれ。名前も」

母親に連れられておれは父親と二人きりになった。
どうやら父親はまだ迷っているように見える。
リビングには名前と父親が楽しそうに笑っている写真があちらこちらにあったし、父親から溺愛されているようだ。

「君はあの子のこと真剣なんだよね?」
「もちろんです」
「その…あの子が君にしつこくしてしまったり…」
「いえ」

むしろこっちがしつこく言い寄りましたというのは伏せておいた。
強引に迫ったのかと言われれば否定は出来ない。

おれの言葉に父親は少し頭を下げてきた。

「娘の年齢的にも口煩く言うつもりはない…娘をよろしく頼みます」
「こちらこそよろしくお願いします」

おれも頭を下げれば、父親はまた驚いたように顔を上げた。

「医者というともっとお高く止まっている感じだと思っていたが…君は違うな。ははは、ご両親の育て方がいいんだな。ご両親とお会い出来るのを楽しみにしているよ」
「はい。ありがとうございます」
「あ、先生。お昼の準備もうすこしかかるみたいで、よければ私の部屋に行きませんか」

名前に頷くと、父親に挨拶をして休憩のためにおれは名前の部屋に行くことにした。

こんなに緊張したのは初めてだったが、父親とも問題なく話を進めることも出来たし、母親ともうまくいきそうだ。

おれは心の底から喜びを噛みしめながら、名前の部屋へ入って行った。






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