お前はおれだけを見ていればいい


なぜか新人が仕切り始めて、目の前に酒とつまりが出されると、隣で悠長に飲み食いを始めた名前に笑みが溢れた。
ターナーに興味がないのは本当らしい。目も合わせようとしないし、先ほど電車でどんどん好きになっていくとか可愛い言葉を聞いたばかりだ。今のおれは気分が良い。
まあ、キスに関しては、今日帰ったらそんな事も忘れさせるほど口内を犯し尽くせばいい。

おれは名前と同じくビールを喉に流し込んだ。
ついでに名前が爪楊枝に唐揚げを刺して、口に入れようとした手を掴み、おれの口に持っていった。

「…トラファルガー先生。自分で食べて下さい」
「自分で食べただろ」
「私が食べようとした唐揚げでなく」
「お前の手から食べたかった」
「ひゃー!!ラブラブですね!!」

新人のいきなりの声で名前が肩を揺らせて驚いた。
それにくくっと笑い、目の前のターナーを見ればジッと名前を見ている。

「照れたりしないんだね」
「コイツがそんな簡単に照れたりするかよ」
「キスした時も赤くなったりしなかったしなぁ」
「…」

その話をてめェが堂々とするのはおれへの挑発か?
おれは名前の顎を掴むと触れるだけのキスをした。
新人が興奮したようにきゃー!さすが男らしいですぅ!とか騒いでいたが、ターナーは口を開けて唖然とした。

名前の顔を覗き込めば…無表情。
おい、空気読んで赤面しろよ。

「場所を考えてと言ったはずです」
「…怒ってんのか」
「多少」

不機嫌そうにそっぽ向いたが、ターナーはそれすらも驚く。

「名前ちゃん…怒るんだ…」
「先輩の色んな感情を引き出せるのはトラファルガー先生ということですね!」

それはおれも気が付かなかったが、確かにターナーにキスされたことは全く気にしてないというか、無かったとでもいうぐらい。

肩を抱き寄せれば名前はため息をついた。
だが、それだけだ。そのままおれに肩を抱かれたまま、酒を飲んで気にせず追加で注文している。

「お前、酒強いな」
「そうですかね。トラファルガー先生には負けます。私にはウォッカは強すぎて無理ですし」
「少し飲むか?」
「いただきます」

おれの飲んでいた酒に口をつけると名前は顔を顰めて数口で返してきた。

「お酒ほんと強いですね、先生」
「おれだって酔っ払う時もある」
「見てみたいですよ。ベロベロに酔っ払った先生」
「お前の酔っ払った所も見たいけどな」
「私は先輩の酔っ払い姿見たことありますよぉ!」

新人が店員に声をかけ、日本酒を頼むと名前に差し出した。

「はい、先輩の苦手な日本酒です」
「ちょっと、酔っ払うじゃないの」
「酔っても先生が面倒見てくれますよ。どうせ明日も休み何ですからこの際酔ってターナー先生に本音をドーンと言えばいいんです」
「ええっ?!おれに本音?!」

ターナーの顔が引きつり、名前がターナーを見て、おれの方を見てきた。

「ターナー先生。私、トラファルガー先生とお付き合いしています。二股とかいう器用なことは出来ませんのでどうか諦めてはくれませんでしょうか」

随分と直球で言ったな。まあ、名前らしいっちゃらしいが。

「お前が入る隙間もねェよ」
「…そうみたいだね。トラファルガー先生がこんなにイチャイチャするなんて驚いたし。名前ちゃんもだけどね」
「そうなんですよぉ。この2人、一見すると冷たい者同士ですが、熱々なんですぅ」
「まあ…トラファルガー先生に飽きたら僕を相手にしてくれよ?名前ちゃん」

新人が頬を染めながらおれと名前を見て、おれは顔を顰めた。

「コイツほど冷たくねェよ」
「そっくりそのままお返しします」
「おれはお前ほど冷たい事言わねェ」
「こっちのセリフです」

確かにおれもよく冷たい男だの、言い方がキツいだと言われるが、おれからしてみりゃコイツが男に言うセリフのが冷たいと思う。
患者や同僚には優しいのだが。
いやでも、誰にでも優しかったらそれはそれで気苦労が絶えなくなりそうだ。しかも、そんなんだったらこの容姿でフリーな訳ねェよな。男が居たところで構わず奪うが。

名前はトイレに行くと立ち上がったので、以前同様逃げないように「ちゃんとこの席に返って来いよ」と釘を刺しておいた。

ターナーは完全に諦めたのか違う席へと移動し、おれと新人2人きりになると整形の看護師たちがやってきた。

「トラファルガー先生お疲れ様です」
「ああ」
「先生と苗字さんはお付き合いされてからどのくらいなんですか?」
「…」

あっという間に囲まれた。
よく見たら看護師意外にも、外科病棟の他職種まで近くに居た。

「…さあな」
「どっちが告白したんですか?」
「おれ」
「ええー!意外ですねー!!」

意外、か。
おれもこんな歳にもなって女一人に必死になると思わなかった。

「私、トラファルガー先生狙ってたんですよ」
「…」
「あー!マリさんそんなん言ってもトラファルガー先生は苗字先輩にベタ惚れだからダメですよぉ!!皆さんも色目使っても効きませんからね!!」
「バーキンさんはトラファルガー先生の何なのよ」
「先輩を大切にしよう同盟の仲間です」

いつの間にそんな同盟組まされていたのか。
別にいいけどな。同じ病棟におれたちの味方がいた方が何かと都合がいいし、こうして勝手に牽制してくれるし。

「とかいいながら、バーキンさんが一番狙ってるんじゃないのー?」
「そ、そんなわけないですよー!!」

酒を飲み干すと、おれはトイレに名前の様子を見に席を立った。
今回の飲み会の居酒屋ではトイレに行くために狭い廊下を進んだ奥にある。
名前がトイレから出てきて、おれの顔を見た途端に嬉しそうに笑った。

「ロー、来てくれたんだ」
「は?」

こんな笑っている名前にも驚いたが、名前を呼び捨てで呼んだし、敬語もない。
壁に手をついて進路を塞ぐと、名前が顔を赤くして涙目で見上げてきた。

この顔はやばい。
どうやらトイレに行った後で酔いが回ってきたのか、完全に酔っているんだろう。

「壁ドンだね、ふふ。ドキドキしちゃう」
「もっとドキドキさせてやる」
「んっ」

誘うように艶のある唇を塞ぐと、名前の方から舌を差し出してきた。
アルコールが口内に染み渡るように夢中になって貪る。
いつ誰が来てもおかしくないこの場所で、普段のコイツなら有り得ないことだし、おれでも理性が働けば触れるだけのキスで終わるところ。
だが、あんな顔で名前を呼ばれ、久しぶりのキスに、理性は吹っ飛んでいった。

息継ぎの為に少し離してもすぐに塞ぎ、ずり落ちそうな名前の体を足の間におれの膝を入れる事で支えた。

「わわ!すいません!」
「っ!いや…わりィ」

新人の声が聞こえて我に返った。
すぐに離すが崩れ落ちそうになる名前の体を抱きとめた。

「…名前?」
「あー、先輩酔ってますね。トイレ行くって言った時に怪しいとは思いましたが。様子見に来たんです」
「んー、ん?バーキンさん、2軒目行こぉー!」
「いつもこうして先輩のペースに巻き込まれちゃうんですけどね。ほらほら、先輩。今夜も付き合いますので」
「わぁーい」

おれの体を引き剥がし、名前は新人に抱き付いた。
抱き付く相手が違ぇだろ。

「どこで飲む気なんだ」
「うーん、いつも私の寮の近くで飲んでるんですけど…今夜って先生との予定ありました?」
「…ならうちで飲めばいい。部屋はいくらでもあるし、お前も泊まっていけばいい」
「ええ?!いいんですかぁ?!」
「そいつはお前から離れる気ねェし」

本当は2人きりで過ごしたかったが、こうなってはしょうがない。
席に戻ろうとしたら新人が自分の唇を指差しながら顔を赤くした。

「先生、グロスついちゃってます」
「…ああ」






飲み会がお開きになり解散すると、何人かの看護師やリハスタッフが誘ってきたが断り、いまだに新人の腕にしがみ付いてボーッとしている名前を見てため息をついた。

「おれが預かるか?」
「バーキンさんと離れたくないよぉ」
「…だそうですぅ」
「…」

クソっ。甘える相手も違ェんだよ。


家に着くと、初めて名前が来た時同様、新人も感嘆の声をもらした。

「さ、さすが医者…」

すでにうとうとし始めている名前を新人から引き剥がし、抱えるとソファに横にさせた。
毛布を寝室から持ってきて、かけてやると名前はすぐに眠りに入ったらしい。

「あ、先にシャワーお借りしていいですか?」
「ああ」

新人が浴室に入るとすぐに名前のソファに乗り上げた。
こっちは久しぶりの名前をまだ堪能していない。
顔にかかった髪の毛を払うと、寝顔が見えて思わず口角が上がった。

そういえば、寝顔を見るのは初めてだ。
長い睫毛に整った顔、肌も綺麗で酒でほんのり赤くなった頬が可愛い。

やべェな…どんだけ好きなんだよ。コイツのこと。

触れるだけのキスをしようと顔を近づけた途端にリビングのドアが開いた。

「せんせぇ、電話鳴って…わわ!またまた失礼しましたぁ!」
「…」

新人の絶妙なタイミングでの登場はわざとなのかと疑いたくなるぐらいだ。
名前から体を離して、赤くなっている新人から携帯を受け取るとすぐに電話に出た。

「何だよシャチ」

『キャプテーン!今家に居ます?!』

「居るけど…何だよ」

『今から酒持参してお邪魔します!おれの話しを聞いてやってくださいよー』

「あ?今日は無理だ。名前もその後輩も来てるし」

『なら丁度いいッスね!2対2になりますし!』

「よくねェ」
「私はいいですよ!ぜひぜひきて下さい」
「…」

『うおー!!いい子!すぐ行きます!」

「あっ!おい!…切りやがった」

舌打ちをして携帯を置くと、新人が嬉しそうに手を叩いた。

「私すぐにシャワー浴びて来ますね!大丈夫ですよ!先輩もそろそろ起きて、また飲み直しますから。いつもそうなんです」
「起きるのか?」
「酔いが完全に醒めた状態で起きます。では、シャワーお借りします」

頭を下げて浴室へと戻っていくと、背後で起き上がった気配がした。

「…おはようございます」
「…起きたな」
「水…下さい…」

冷蔵庫からペットボトルの水を渡すとゴクゴクと飲んで、名前は両手で顔を覆ったままソファに倒れ込んだ。

「バーキンさんにキス見られた…死ぬほど恥ずかしい…」

半分以上おれのせいだが、コイツ酔った記憶も覚えているタイプか。
いや、そんなことよりも。

ソファに乗り上げて、名前の両手を掴んだ。

「顔見せろ。その恥ずかしがってる顔を」
「嫌ですよ、勘弁して下さい…」

おれの加虐心を刺激させるのやめろ。
そう思いながら両手を無理やりソファに押し付けると、顔を真っ赤にして涙目になっている名前を力一杯抱きしめた。






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