いたい

 トムはてきぱきした人だった。
 わたしが上手く食事をできないと怒るし、部屋を汚くしても怒る。
 それでもきちんと面倒は見てくれ、パパやママ、親戚のおじさんおばさんのようにいなくなったりはしなかった。

 どんどんトムを好きになっていった。

「ヘンリー、着いてこないでくれるかい」
「でも、」
「教育係りだからといって、いつも一緒にいる必要はないだろ」

 施設の生活に慣れたころ、そうトムに言われた。
 そんなトムを非難するように「なんて酷いことを」「ヘンリー、そいつといてもつまらないだろ。こっちにおいで」「絵本を読みましょうか?」とみんなが声を掛けてくれる。
 みんなのことはとっても好きだけれど、もっともっとトムが好きだった。

 どうしていいかわからなくて零れてきそうになる涙。グッと堪えて我慢していると、トムに腕を引かれる。
 驚いた拍子に涙は引っ込み、引き摺られるようにトムに着いていく。

「君、とっても不細工な顔をしているよ」
「ぶ、さいく?」
「変な顔ってこと。……ほら、泣くなら泣きな」

 ぽんぽん頭を撫でるトムに促されるようにわんわんと泣いた。もう悲しくはないはずなのに涙は次から次へと溢れてくる。ぎゅっと抱き締めてくれるトムの腕はあたたかい。


「落ち着いたかい?」
「ぐずっ、」
「……ほら、鼻をかんで」

 鼻にティッシュを押し付けられ、チーンと鼻をかむと、また頭を撫でられた。

「トム、トム」
「なに?」
「トム、わたし、トムと一緒にいたいわ」

 顔を逸らそうとするトムのほっぺたに手を当てじっと見つめる。
 昔ママがしてくれたように瞼にキスをして顔を離すと、トムは顔を赤くした。

「君は、馬鹿だ」
「わたし、馬鹿じゃないわ」
「いいや、馬鹿さ。……何故、僕なんだい?」

 怪しげな顔で問うてくるトムに「理由が必要なの?」と聞き返すとまた馬鹿だと言われる。

「子どもたちだけでなく、マザーでさえ僕を避けているのに」
「トムは危ないからだって、みんな言っていたわ。何故かしら?」
「……知りたいのかい?」
「知りたいわ」

 少し考えるような素振りを見せたトムは、両手を上に掲げぼそぼそと呟く。
 すると、驚いたことに、部屋にある家具という家具がふわふわと浮きだしたのだ。
 「凄い!」と手を叩くと、浮いていた本がわたし目がけて飛んできた。顔の真横を通り過ぎていった本に目をパチクリさせる。

「凄いだって? ヘンリーを傷付けることも出来る力なのに?」

 ニヤリと笑うトムが近付いてくる。彼が右手の人差し指をくるくる回転させるのに合わせ本が浮遊した。

「痛いのは、いや」

 首を振るわたしに、満足したような、悲しそうな、複雑そうな顔をしたトムは体を反転させて背を向ける。何も言い残すことなく彼はドアの奥へと消えていった。

120503
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