17

 クリスマス休暇にも戻って来なかったハリーが学校で倒れたと聞き卒倒しそうになる。それでもなんとかホグワーツまでやってくると不思議なことが起こった。
 柔らかい風が僕の頬を撫で、たっぷりの赤毛を揺らす女の子が目の前に現れたのだ。

「……名前?」
「ふふ、他に誰に見えるの?」

 姿形の変わらない名前が半透明の体でそこに立っていた。名前を抱き締めようとした腕は彼女の体をすり抜け、氷水に突っ込んだかのように冷たくなる。――彼女は、ゴーストになっていた。

「……ゴーストになっていたのかい?」
「ええ」
「なんで今まで教えてくれなかったんだ」
「ごめんね」

 クスクス笑う名前を見ていたら、何故だか涙が溢れてきた。触ることの出来ない名前の頬に指を滑らせる。

「ゴーストになっても綺麗だ」
「ありがとう。ジェームズも変わってないみたいで安心したわ」

 僕の首に腕を巻き付ける彼女に温もりなどないはずなのに、じんわり体が温かくなってくる。感触のないキスを交わすと、名前は離れていった。

「ほら、ハリーに会いに来たのでしょう?」
「……ああ、早く会いに行かないと」

 名前との再会をもっと喜びたい気持ちもあるが、ハリーの居る医務室に走る。
 ベッドに横たわるハリーを確認した瞬間、全身から血の気が引いていった。もしハリーまで居なくなったらと考えると死ぬより恐ろしい。
 ふわりふわり浮いている名前が僕の頭を撫で、困ったように笑ってる。もしかしたら彼女は、この未来も知っていたのかもしれない。

「ハリーは、これからもっと恐ろしい経験をするわ」
「……なんとかならないのか?」

 ハリーに視線を向けながら問うと、名前がゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。

「……ジェームズ……あなた、それ、本気で言ってるの? ……そう。あなたは、変わってしまったのね」

 悲しそうに目を伏せた名前は、それだけを言い残してどこかに消えてしまった。

120519

 右手と左手を重ね合わせることは出来るけれど、それでも体は透けていた。死んでから十年近くが経っているが、今この場に私が存在しているということは状況が良くないということだ。
 ダンブルドア先生にかけてもらった魔法のおかげでこの世に再び還ることができたが、今の私にはなんの力もない。――協力者が、必要だ。

「ハーマイオニー・グレンジャーさん」
「? ……貴女は見たことのないゴーストね」
「新米なの。よろしく」

 ついクセで手を差し出してしまったけれど、もう触れることはできないのだと思い出し腕を下ろす。

「ハーマイオニーは、ハリーの友人で間違いないかしら?」
「ええ。……あの、ハリーがどうかしたの? もしかして……」

 瞳を輝かせるハーマイオニーに「ハリーはまだ目を覚ましてないわ」と言うと、とても残念そうな顔をする。こんなに心配をしてくれるなんて、ハリーは素敵な友人を持ったようだ。

 それから少しお喋りをして、私がハリーの母親だと告白するとハーマイオニーは目をまん丸にして驚いた。クスクスと笑うと「からかわないで」と怒られる。

「ごめんなさい、笑ってしまって。でも、ハリーの母親というのは本当よ」

 今度は騙されないぞ、という顔をしているハーマイオニーにクスクス笑うとますます怪しむような顔をする。「ハリーに似ていないかしら?」と問うと、即座に似てないと言われ少し寂しくなった。小さな頃は私にそっくりだと思っていたのだけれど、育っていくうちに変わってしまったのかしら。

「それに、もし貴女がハリーの母親だとしたら、十年近く前に亡くなったはずよね。新米ゴーストのわけないわ」

 この歳の子どもにしては頭の回転の早いハーマイオニーに、やはり彼女を選んで正解だと思った。

 全てを小さな女の子に託そうとしている私は、残酷だろうか。

120521

 ハーマイオニーに私の記憶の全てを聞かせた。ハリーがあの人と戦う運命にあること、私が異世界からきた人間だということ。そして、イレギュラーの私が参加したことで物語が歪んでしまったことを。

「ジェームズはね、変わってしまったの。彼ならハリーを見守って、あの人に抵抗する助けになってくれると思ってた。でもね、ジェームズはハリーを助けたいんですって。ハリーを手助けするのではなく、危険そのものをなくしてしまいたいんですって」
「……それはいけないことなのかしら?」
「そうね、危険はなくていいこともあるのかもしれないわ。でも、全てを助けてしまっては人は成長できないのよ。困難を乗り越えて人は成長するの。……私は、ハリーがあの人と戦うことを望んでるわ」

 ハーマイオニーの瞳が歪み、貴女の考えはおかしい、と非難する。そんな彼女にそっと微笑みかけていると、慌ただしい足音が鳴り響きジェームズが現れた。
 私の姿を確認して安心したように息を吐き出すジェームズが抱きついてきたが、当然のように体をすり抜け彼は地面と衝突した。「大丈夫?」と声を掛けて落ちたジェームズの眼鏡を拾い上げる。するとキャッとハーマイオニーが悲鳴を上げた。

「貴女、いま、眼鏡を……ゴーストはものを触れないはずよ」
「……。……名前、今までのことも含めて全てを話してくれるかい?」

 私の前ではいつもニコニコしているジェームズが真剣な表情をしている。思わずクスクスと笑い、ゴーストならば鳴るはずの音を響かせて地面を蹴った。私の体はゴーストであってゴーストでない。有機物に触れることはできないけれど、無機物ならば触ることが可能なのだ。

「ジェームズには教えてあげない」

120523

 私と同じグリーンの瞳以外は、まるでもう一人のジェームズがそこにいるかのように父親そっくりな息子を見つめる。ハリーは戸惑うように私を見て、視線を落とした。

「私があなたの母親よ。もう死んでしまってるけどね」

 透き通る手で頭を撫でると、ハリーが弾かれたように顔を上げるので私の腕はハリーの顔にのめり込んだ。ひんやりとでもしたのか驚いたように目を見開いたが、それでもハリーは逃げなかった。

「あ、あの! 夏休みになったらあなたも家に来てくれるんですか?」
「残念だけど、ホグワーツの外には出れない体なの。……そんな顔しないで、来年になればまた会えるから」

 ハリーが目覚めてからすぐに様子を見に来たのだが思ったより元気そうで安心する。
 私の隣で落ち着きなく足を揺らしてるジェームズをチラリと見ると、ついに我慢が限界まできたのか私に飛びかかってきた。当然私の体をすり抜けていき地面とキスしているこの男は、先ほどから何度も今と同じ行為を繰り返している。ハリーも若干呆れ顔だ。

「息子の前で恥ずかしくないの?」
「怒る名前も素敵だ! もちろん笑ってる顔が一番だけどね」
「…………」
「……あの、慣れてるんで」
「父親だからって遠慮しないで文句は言いなさい」

 次々と褒め言葉を並べていくジェームズに溜息を吐くも、懐かしい雰囲気に口元が綻んだ。
 時間を惜しむようにハリーもジェームズも口々に喋る。二人同時に話すものだから内容はさっぱり頭に入ってこなかったが、二人が幸せに暮らしていることがわかり満足した。

120525
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