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 今日は、ジェームズの卒業式だ。ずっと前から卒業式に参加すると約束していたのに、私は仕事が休みにも関わらず、自宅でのんびり過ごしていた。――どう行動するのが正解かわからなくて、考えることを全て放棄した結果がこのざまだ。



 今すぐ、ジェームズに会いに行きたい衝動にかられるが、しかし、昨日も散々悩んで卒業式に参加しようと決心したにも関わらず、それが行動に結び付くことはない。ううん、結び付けては、ならないのだ。私はもうジェームズに会う資格はないのだから。

「ヘンリー・マルフォイ」

 今の私を示す、名称だ。そう、私はルシウスと婚姻を結んでいた。それは勿論私が望んだことではなく、気が付いたら無理矢理そういうことになっていた。恐らく、私がルシウスとの結婚を拒んでいることに気付いた両親の仕業だろう。こういったことは、昔からよくあった。私はいつもレールを歩かされてきて、それを不満に思ったことなどなく、反抗したのはこれが初めてだ。
 婚姻を結んだと知らされた日に姿を眩ませた私を、両親はどう思っているのだろう。ジェームズは、私が結婚したことを知っているのだろうか。ルシウスには、申し訳ないことをしたな。とりとめのないことを考えては、瞼を伏せる。
 家を出た時に持ち出したお金で借りた部屋はこじんまりとしていて、一つだけ小さな窓がついている。その唯一の窓へ寄り、枠に右手を乗せた。もう日は落ちており、群青色のキャンパスにキラキラ輝く金色の星たちはまるでジェームズの瞳のようで、胸をキュッと締め付ける。ジェームズが卒業するということは、私の中で大きな意味を持っていた。彼が卒業したら、待つこともできなくなる。

「ヘンリー・ポッター」

 唇からそっと零れ落ちた言葉が耳に届く前に、大きな溜め息を吐き出す。少し前までそうなることが当然だと思っていたのに、現実とはなんて非情なのだろうか。しくしく傷む胸を無視しようと頭を振ると、胸元にひんやりとした冷たさを感じる。鎖骨に手を乗せると冷たさの正体に気付き、小さく笑みが零れた。細いチェーンの先には薬指にピッタリ嵌まる輪がついていて、これはジェームズが去年の誕生日にプレゼントしてくれたものだ。チェーンから指輪を外して指に嵌めてみると少しだけ緩くて、そういえば最近ろくに物を口にしていないと思い出す。買い物に行こうかしらと鞄に目を向けた瞬間――――バチンと弾けるような音と共に現れたのは、間違いなくジェームズ・ポッターだ。目を見開く私の目の前まで歩いてきた彼は大人びてみえる。……ううん、彼は私の記憶にあるよりも、ずっと大人になっていた。
 再会の挨拶も忘れて彼にしがみつくと、ジェームズは慌てた様子もなく腰を支える。

「ごめん、待たせて」
「ジェームズ、」

 金色の瞳が私を射ぬく。

「あの時の約束を覚えているかい?」
「ええ、勿論よ。でも、私、」
「僕の気持ちは変わらない。ヘンリーは?」
「私もよ。でも、」
「じゃあ、約束を果たそうか」

 ジェームズは私の唇に人差し指を乗せてパチンとウインクをする。その顔は悪戯をするときのように楽しそうで、つられて顔が緩む。

「ジェームズ、ちょっと腕が痛いわ」
「ごめん。でも、ずっと我慢してたんだ」
「ふふ、相変わらずね。そんなに私が好き?」
「当たり前さ」

 相変わらずの調子のジェームズに、笑みが溢れ落ちる。ジェームズの掌が頬に添えられ、私たちの唇は重なった。

150627
end
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