8 新妻くんの部屋を訪れた私は楽しそうにペンを動かす新妻くんの手が止まるのを待っていた。床に転がっている原稿はいつも通り素晴らしいできをしていて、アシスタントも熱を持って仕事をしており、笑みが浮かぶ。新妻くんの仕事が順調ということは、私の仕事が順調ということでもあるのだ。 数時間もしないうちに仕事を終えた新妻くんがようやく私に気づき、ひょこひょこした足取りで近づいてくる。 「お疲れ。今回の話も上出来ね」 「ありがとうございます」 「これから、寝るつもり?」 「いいえ、せっかくヘンリーさんもいますし起きてます」 「そう。ねえ、奢るから外で食事でもどう?」 外を嫌う新妻くんが誘いに乗ってくれるかは不安だったが案外すんなりとオーケーを出してくれたことに安堵し、一番近くにあるファミレスで食事をすることになった。 相変わらずスウェット姿をしている新妻くんを横目に見ながらウエイトレスに注文をしていく。コンビニ弁当を食べない新妻くんが外食をするのかと疑問に思うも、普通に自分の分も注文する彼は外食をしないわけではないらしい。 「お店でなら食べるのね」 「?」 「いつもコンビニ弁当食べないから、こういう安い店は嫌いなんだと思ってた」 「そう思ったのにここを選んだんですか」 酷い、というように視線を寄越してくる新妻くんに、スウェットで他の店に入れるわけないでしょ、と反論する。 まだ不満そうな顔をしている新妻くんが口を開こうとしたとき、頼んだメニューが届いた。平日の昼間だからかいつもより早く来た料理をスプーンで掬っていると、新妻くんが喋りだす。 「コンビニ弁当も食べれないわけじゃないです」 「前に買って行ったら、食べなかったじゃない」 「食べなかったから、ヘンリーさんの手料理が食べれるんです」 勝ち誇ったように言い放つ新妻くんに首を傾げるも、少しずつ言葉の意味を理解していき眉間に皺が寄るのを感じた。 「つまり、私に料理させるために食べなかったの?」 「違います、あのときは嫌いな食べ物があったので食べなかっただけです」 「……ふーん」 クリーム色のドリアを口に運びながら怪しむように新妻くんを見る。いつの間にか食事をほとんど終えた新妻くんはスプーンをくわえながら小脇に抱えていたスケッチブックを広げなにかを描き始めている。なにを描いているのか気になって覗き込むと、初めて見る内容の漫画だった。 「面白いわね、これ」 素直な感想を言ったのだが新妻くんの耳には届いていないらしくひたすらスケッチブックに向かい鉛筆を走らせている。こうなったら暫くは戻ってこないだろうと、頭の中で話そうと思っていたことを整理していく。 ……新妻くんとは付き合うつもりはないって直球に言うべきかしら。それとも遠回しに……―― 「なに考えてるですか?」 「書き終わったの?」 「ヘンリーさんが食べ終わるまでの時間潰しのつもりだったんですが、手が動いてないみたいなので」 「ああ、ごめんなさい。……うーんと、新妻くん、私と新妻くんは仕事仲間よね」 「仕事仲間は亜城木先生や福田先生のことです、ヘンリーさんは漫画描きませんし違います」 「でも、仕事のパートナーでしょ」 そう言うと、新妻くんの目つきが鋭くなる。比較的温厚な彼の珍しい表情に思わず怯むと、乱暴に食器をどけた新妻くんがテーブルに手を乗せて顔を近づけてきた。 「ヘンリーさんは恋人です」 「で、でも……」 「なにが不満ですか?」 「不満というか……十も年が違うのよ?」 「気にしません」 「ええと……」 他にも言いたいことはあるはずなのに新妻くんの目を見ると言葉が続かなくなる。もう一度「恋人です」と言い切り再びスケッチブックに書き込み始める新妻くん。どうするべきかと頭を悩ませながら残りのドリアをつつくもいいアイディアは浮かばなかった。 190720 目次/しおりを挟む [top] |