5 亜城木くんのアシスタントにいい人がいないかと服部さんに尋ねられ、先日アシスタント募集したときに応募してきた折原くんと連絡をとる。彼の応募してきたカットはまずまずのもので、なにより年齢が低いのが決め手となった。年齢が近い方が亜城木くんもやりやすいだろう。一応、自分の目で確かめてから服部さんに紹介しよう。 服部さんに恩を売るいい機会だとほくそ笑みながら彼と待ち合わせしたカフェに入る。すでに待機している折原くんに紙を渡し簡単な背景を描かせ、ベタとトーンをやらせた。 「うーん……まあ、合格かな。新妻くんじゃなくて亜城木くんのアシスタントになるけど、いいのね?」 「はい!」 「よしよし。じゃあ私の顔を潰さない働きをしてくれるよう祈ってるわ」 少し作業は遅いが真面目で明るい性格は評価していいだろう。早速服部さんに連絡をとり、アシスタントが確保できたことを報告する。 「せっかくだし、新妻くんの仕事場行ってみる? ここから近いし、勉強になると思うわよ。もちろん無理にとは言わないけど」 「新妻先生の!? ぜひ行きたいです!」 「よし、じゃあ行きましょ」 領収書を手にして会計をすると折原くんが「ごちそうさまです!」と頭を下げる。書類だけではわからない彼の良さを見れて良かったと新妻くんの家までの道のりを歩く。道中いろいろな質問をしてくる折原くんに答えているも、歩いて二十分もしないうちに新妻くん宅に着いた。 新妻くんに折原くんの紹介をし、一応見学の許可をとると「お好きにどうぞー」と気軽に返事をしてくれ、折原くんはしっかりと頭を下げてから新妻くんの手元を覗き込む。 「彼、亜城木くんのところでアシスタントするのよ」 「亜城木先生のですか?」 「はい! あの、お手伝いできることがあったらします!」 「じゃあ、ベタお願いします」 「私は帰るわね」 「え!? ヘンリーさん帰っちゃうんですか?」 「ん? なにか問題ある?」 「か、帰り道が……」 「ああ……今日はアシスタントもいないし、どうしよう」 「ヘンリーさんもここにいればいいです」 「……うーん、そうしようかな。暇だしご飯買ってくるね」 鞄は置いて携帯と財布を手に持ち、すぐ戻ると言葉を残して部屋を出る。弁当を買おうと思っていたのだが、それでは新妻くんが食べてくれないと思い直し、簡単な料理ができる材料と飲み物を購入して戻ると部屋のなかは異様に静かだった。ガンガン音楽を鳴らす新妻くんが珍しいと作業部屋に顔を覗かせると、二人とも真剣に机に向かっている。折原くんが煩いとでも言ったから音楽止めたのかなと首を傾げるも、二人に声をかけることはせずにキッチンでパスタを茹でた。ミートソースとボンゴレの二種類を大皿二つによそい、小皿とフォークを三つずつ用意して食事の準備は終了だ。栄養が偏らないようにとサラダとデザートのフルーツヨーグルトもあるし、即席にしては完璧だろう。 「新妻くん、一段落つきそう?」 「はい、原稿はもうできてますし」 「じゃあ後で原稿もらうわね。パスタ作ったからキリがいいとこで切り上げてちょうだい。折原くんも」 「りょうかいです」 「はい!」 二人の返事に頷いて、買ってきた缶チューハイのプルタブを開ける。今日は仕事ではないしと言い訳しながら一本分の酒を胃に流し終える頃に、ようやく二人は現れた。 ほんのり酔いが回ってきたのか瞼が重くなるも、大した量は飲んでいないので大丈夫だろう。小皿にパスタをよそい、三人で簡単な夕食をとる。 「お酒飲んだですか? 珍しいですね」 「ふふー。新妻くんも飲む?」 「まだ未成年です」 「冗談よ、もうお酒ないもの。でも、新妻くんが成人したら一緒に飲みにいこーね?」 「はい。それまで担当よろしくお願いします」 「まっかせなさい!」 ニコッと笑ってみせると二人も笑い返してくれる。なんだか嬉しくなって終始笑みを浮かべていると不気味がられたが、気にせずに笑みを浮かべた。「酔ってますか? 大丈夫です?」と声をかけてくれる新妻くんに首を振る。久しぶりに飲んだからか少し口にしただけで本当に酔いが回ってしまい、思考回路が鈍い。 「泊まっていきますか?」 「いやいや、それは駄目よ」 「でも、その状態で帰れるですか?」 「う、うーん……でも折原くんが」 「折原さんには地図あげます。これで帰れます」 「ありがとうございます……って、地球儀じゃ無理です!」 「冗談です。はい、地図です」 折原くんに地図を渡してからちょこんと私の隣に座る新妻くん。体を支えるのもだるくなって彼に寄りかかるとわしゃわしゃと髪を撫で回された。 送れないことを折原くんに謝罪し、なにかあったら電話するようにと名刺を渡す。お辞儀をして帰って行く折原くんを見送り溜息を吐いた。 「なんでお酒なんて飲んじゃったんだろー」 「疲れてたですか?」 「うーん……そうかも。迷惑かけてごめんなさい。暫くお酒は飲みません」 さらに新妻くんの方に倒れ込み完全に彼に体重を預ける。優しい手つきで髪を梳かれ心地よさに瞼が下りてきた。 「ヘンリーさん、愛って気持ちわかったかもです」 「ん? 誰かに恋した?」 「はい、ヘンリーさんといると幸せです」 「私も新妻くんといると幸せよ」 「両想いってことですか?」 「ふふ、そーね」 私の体を抱き締める新妻くんの胸に擦り寄りながらクスクス笑う。自分でもなにが楽しいのかわからないが、次から次へと笑みがこぼれる。 ひとしきり笑い終えると、睡魔が襲ってきて完全に目を閉じた。耳をくすぐるように甘く囁く新妻くんの言葉を聞くことなく、深い眠りに落ちていく。 181209 目次/しおりを挟む [top] |