青森の天才のために用意した部屋を下見にきた。アシスタントが入っても充分な広さであることを確認して、念のため部屋の写真を撮ってメールで新妻くんに送信する。あっさりと出たオーケーサインにより、私の仕事が一つ片付いた。


 入居の日――新妻くんが青森から上京してくる日、東京駅まで彼を迎えに行き、新居まで案内をする。

「どう? ここなら住みやすいでしょ」
「よくわかりませんが、漫画描ければそれでいいです」
「ふふ、やる気満々ね」
「まんまんです! 早速思いついたネタ描きます、シュピーン」

 鼻息荒く拳を握り締めた新妻くんはとても頼もしい。

 新居にはすでに家具は運び込まれており、早速机に向かう新妻くんを満足げに見てから部屋のチェックをする。いくら担当作家であっても本来ならプライベートな空間には立ち入らないのだが、この新妻くんは漫画以外のことでは少し頼りないので念のため、だ。
 キッチン、バスルーム……まだ引っ越したばかりなのだから調理器具やシャンプーがないのは仕方がないのかもしれない。だが――

「新妻くん、ベッドは?」
「ベッドですか? 僕はずっと布団で寝てましたけど」
「いや……布団でもいいけど、どこにあるの?」
「実家からは持ってきてないです。こっちで買えと親に言われました」
「え!? そういうことはもっと早くに言いなさいよ! そしたら来る途中に買ってこれたのに。……仕方ないわね、今から買いに行くわよ」

 ソファーもないこの部屋で寝具がないのはキツい。ガリガリとペンを走らせる新妻くんの肩を叩くも、彼は嫌だと首を振って手を動かし続ける。今漫画を描かないと死んでしまうという表情をしている新妻くんを無理矢理連れ出すこともできず、どうしたものかと悩む。勝手に買ってくるのは流石にまずいだろうし……考えるだけ時間は過ぎていき、日は落ちていった。新妻くんの手は相変わらず元気に動き続けている。

「新妻くん、今日寝れなくなるわよ」
「もうちょっとです。待ってください」

 カリカリ……シュピッ。華麗なポーズをきめて新妻くんはペンを置いた。床に投げ捨てられた原稿を拾い上げて目を通す。文句のつけようがないくらい面白いそれを見て、やはり彼は天才だと実感する。
 顔を上げて外を見ると闇に包まれ始めており、今から家具屋にいくのはいかがなものだろうか。

「……とりあえず、腹ごしらえでもしましょうか」
「賛成です! お腹空きました」
「デビューのお祝いに奢るわよ。なにがいい?」
「なんでもいいですか?」
「ええ。高級な店でもいいわよ」
「じゃあ!」

 ふんっと鼻息荒く近づいてくるので思わず仰け反るも新妻くんは特に気にした様子なく「ヘンリーさんの手料理食べたいです」とのたまった。私の、手料理……?
 担当している作家がデビューした時に食事を奢るのが今例となっているが、今まで手料理を作れと言った作家などおらず、予想外のできごとに思考が飛ぶ。料理……できないことはないが、人様に出せるほど上手いわけでもない。他のものはどうかとすすめてみるも新妻くんは譲らない。

「そうね……うーん……仕方ない」
「いいですか?」
「よくはないけど、それ以外は嫌なんでしょ? 私の家で作ってあげるから、ついでに泊まっていきなさい。ここじゃあ寝れないわ」

 やったー! と喜ぶ新妻くんを引き連れてタクシーを呼び寄せるため電話をかける。タクシーが来るまで何件か必要な電話をして、タクシーが到着したと連絡を受けてから新居を後にした。新妻くんの家から私の家までは車で十分程で着く。これはわざと家を近くしたのであり、まだ若い新妻くんになにかあったときのためである。
 新妻くんとは別の担当作家の漫画キャラクターのキーホルダーがついた鍵で家の錠を外す。カチンと音をたてて開いた扉の奥に新妻くんを招き入れた。

「和風と洋風どっちがいい?」
「どっちも捨てがたいです」
「そう。じゃあ両方作るわね、少し時間かかるけどいい?」
「かまいません」

 遠慮なくソファーに座り、持ってきたスケッチブックに鉛筆を走らせる新妻くんに少し感心しながら料理にとりかかる。本当に漫画を描くのが好きなのね。
 この魚と……後はハンバーグでいいかしら。うん、なんか新妻くんって子どもっぽいしいいわよね。
 家に帰ってから十分くらい経った頃、玄関のチャイムが鳴った。

「ヘンリーさん、こんなとこに呼び出して……緊急事態ってなんですか」
「いらっしゃい、服部哲さん。実は新妻くんが……」
「新妻? ああ、あの天才高校生の。それがどうかしたのか?」

 不思議そうな顔をしている服部さんを家の中に連れ込み新妻くんと対面させる。ぎょっとしたように「なぜ新妻くんがここに?」と言う服部さんに事情を説明していくと、困ったように頭を掻く。

「食事はともかく……家に泊めるのはまずいんじゃないか?」
「ビジネスホテルに電話してもどこも予約いっぱいだったの。服部さんの家に新妻くん預けれない?」
「なぜ僕が……僕の家に二枚も布団はないし、無理だよ」
「じゃあこの家を二人に貸すから、服部さんの家を私に貸して」
「むちゃくちゃな」

 案外役に立たない服部さんに人選を間違えたかな、と溜息を吐く。それでも料理を作る手は動かし続け、着々とできあがっていった料理を小さいちゃぶ台に並べる。新妻くんはようやくスケッチブックから顔を上げ、今気づいたのか服部さんの存在に驚いていた。今まで気づかなかった新妻くんに私が驚いたよ。

「僕までいいのか?」
「どうぞ。夕飯はまだでしょう?」
「ああ、ありがたい」
「ヘンリーさんは服部さんと仲良しですか?」
「仲良し……まあ、そこそこじゃないかしら。新妻くん、ご飯粒ついてるわよ」

 頬の一番高い場所についているご飯粒をとってあげるとお礼を言われた。素直でいい子なんだけどね、とぼやきながら箸を進めていく。

「結局どうするんだ?」
「うーん、とりあえず、新妻くんはここに泊めて私は友達のところにでも泊まるわ」
「それが無難だな」
「新妻くんもそれでいい?」
「迷惑かけて申し訳ないです」
「ふふ、その分漫画返してくれればいいわ」

 ガツンとテーブルに頭をぶつけて謝罪をする新妻くんの頭をくしゃりと撫でる。頑張ります! と意気込む新妻くんに満足して笑みを浮かべると服部さんに笑われた。
 ご飯を食べ終えるなりまたスケッチブックに向かいだした新妻くんが早くヒットすることを祈りながら食器を洗い流す。そういえば福田くんは次のネームはできたのかしら、などと考えているうちに一日は終わってしまった。

151010
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