以前となにも変わったところはないというのに、喋ることだけができなくなってしまった。……いや、厳密に言うと、わたしは元々喋ることができなかった。体に満ち溢れる不思議な力のおかげで難なく会話をしていたが、喋ることができるのは赤子特有の意味を持たない奇声だけである。 「ヘンリー、エースって言ってみろ」 「え、ぁっ……、あーぁす」 「アースじゃない、エースだ!」 エースの名前を呼びたくないわけではないけれど、先ほどから何回も繰り返されるやり取りに疲れたわたしはエースに背を向けて四つん這いで逃げる。簡単にわたしを捕まえたエースが同じことを繰り返そうとするので嫌悪感丸出しの顔をするとほっぺたを引っ張られた。そんな顔をするんじゃありません! と叱るエースを無視してわたし用にいつも準備されているミルクを取ろうとするとわたしの手が届くよりも早くそれは奪われてしまう。なにをするのだと睨もうとするもエースが自分の炎でミルクを温め直すのを見て口を閉じる。冷たいミルクを無理やり飲ませようとしてきたエースがよく成長したなと感心していると口にコップがあてがわれた。 「なんでヘンリーは喋れなくなっちまったんだろうな?」 「んぐ、んぐ……」 「おいしいかー?」 「あいっ。ぁーす、あぃあとー」 「おー?」 お礼を言ったのだが首を傾げてニカッと笑うエースには伝わっていないらしい。 「あーす、すき」 口角を上げニッと笑って言うと一瞬面食らったような顔をしたエースは嬉しそうに笑ってわたしの頬に唇を押し付けた。 130327 目次/しおりを挟む [top] |