エースと喧嘩をしたのは些細なことだった。ルフィ海賊団の誰かが言った「ヘンリーの両親は?」という言葉がきっかけでいつぞやのように喧嘩をしてしまい、思わず彼らのもとを飛び出した私は途方に暮れ、木々溢れる森の中で獣の影に怯えている。エースのもとに今すぐ帰りたい気持ちはあるが、今エースに会うには頭の整理が追いついていない。

「ヘンリーの両親は、海賊に殺された」

 いい機会だというように真実を暴露したエースを恨んでいるわけでも両親の死を受け入れられないわけでもない。ママとパパが生きていないことは薄々気づいていた。だからあの日から、二人を懐かしむことはあっても会いたいと駄々をこねたことがないのだ。

「でも、ママとパパがしんだなんて……にどとあえないなんて、しんじたくない」

 二人は惜しみなく私に愛を注いでくれた。瞼を閉じれば浮かぶ両親の姿を一生忘れることなんてできないし、時々聞こえるような気がする両親の声の幻聴も一生消え去ることはないのだろう。
 太い木の枝に腰を下ろして自分の体を抱き締めると少しだけ気分が落ち着く。早くいつもの自分に戻ってエースに会いに行きたい。――まさかあんなことになるのなら、今すぐこの場を飛び出していたというのに。





 あれきりエースと会えることのなかった私が彼の行方を知ったのは、海軍による処刑がなされるという紙切れによってだ。処刑という文字を見てもうろたえなかったのはエースを救い出すと決めたからであって、根拠はないが可能であると信じている。
 エースが処刑される日、マリンフォードへ訪れた私は久しぶりに見るエースの姿に興奮していた。小さい私の姿をエースが発見できるとは思っていないが私の目はしっかりとエースをとらえたのだ。マリンフォードへ来る道中に鍛えた体は思った以上に頑丈になっており、肉体の小ささも幸いした私は処刑台の近くまでくることが叶った。
 そして、私がそうしたわけではないけれどエースは解放され、目的を終えた海賊たちが潔く撤退していく中、私は足が動かなくなる。エースが、死んでしまったのだ。

「エース!」

 悲痛な声が響き渡る。だが、悲劇は終わらない。

「オヤジ!」

 私のパパが、またいなくなってしまったのだ。
 石のように固まった足が再び動き出したのはシャンクスという男が現れたときで、エースの遺体を持ち去ろうとする彼についていく。チラリと私を見たシャンクスは不思議そうに目を瞬きながらも私を邪険にすることはない。

「お嬢ちゃんは、二人の知り合いかい?」
「うん。ねえシャンクス、これからみることは、こうがいしないでほしいのだけどいいかしら」
「?」

 シャンクス海賊団しかこの場にいないことを再度確認してからエースの胸に手をかざす。いち、に、さん。胸に開いた穴が消えた瞬間エースの口から大量の血が吐き出され、苦しそうに咳き込んだ彼は体を起こした。血が足りないのか青白い顔をしているエースの額に手を乗せると少しずつ彼の頬はピンク色になり始め、ホッと息を吐いて手をおろすと後ろから肩を掴まれる。

「いったい、何者だ?」
「そうきかれたのははじめてね。――りんねをみてしまったにんげんっていえばいいのかしら」
「?」
「しんだらにんげんはうまれかわるでしょう? ふつうはうまれかわるときのことをわすれてしまうけれど、まれにおぼえているにんげんがいるの」
「……」
「だからわたしはふつうとはちょっとちがうのかも」

 小首を傾げる私を抱き締めたのは懐かしい温もりで、さっきまで死んでいたはずなのにもうピンピンしているエースに笑みを零し背中に腕を回す。けれど私の腕はエースに触れることなくすり抜けてしまった。
 いったいどうしたのだろうと自分の手を見ると透けてしまっていて、手だけでなく全てが透けて、消えかかっている。

「ちからをつかいすぎたのかしら? それとも、ひとをいきかえらせるのはきんきなのかしら?」

 足の先から消えていく自分の体を見てもう長くはないことを悟り口を開く。

「エース、にげてごめんなさい。わたし、ママとパパのしをみとめたくなかったの。でも、いまはもうへいきよ。だって、わたしをこんなにたいせつにおもってくれるひとがいるのだから」

 ポロポロと大粒の涙を流すエースの頬を一撫でした私は、消えた。

130615
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