暫くして体に力が入るようになってくると、すっかり冷めてしまった料理を口に運ぶ。食事時でもないのに人が賑わうツイン店は立派な人気店といえるだろう。しかし、閉店時間である十六時が訪れると、来客したばかりの人も、それまで長々とお喋りをしていた人も席を立ち上がる。ヘンリーたちがなにを言うでもなく人はいなくなり、扉にcloseの札がかけられた。

「お疲れ様、ヘンリー」
「お疲れ」
「ありがとう、二人とも。――それで、今日はどうしたの? 今まで店に来たことなんて一度もないじゃない」
「君の仕事風景を覗いてみようと思ってね」
「へえ。それで、店のお客様に魔法をかけようとするのがあなたたちの礼儀なのね」
「ちょっとしたジョークさ」

 パチンとウインクをすると、ヘンリーは呆れたような視線を向けてきた。

「あのね、フレッド。ヴォルデモートの恐怖は今でも人々の心に根付いていているわ。誰かに狙われているのではないかって被害妄想に襲われる人はたくさんいるの。だから、少しでも安心できるように、この店では一切の魔法を禁止にしているのよ」

 だからもう魔法を使おうとしないで、と眉を吊り上げるヘンリーに、魔法を使いたくても使えないじゃないかと言うと睨まれた。いつの間にかジョージとパドマのいなくなった店には僕たち二人きりで、折角二人きりだというのに喧嘩をするのは面白くない。仕方がないので今回は僕が折れることにして、もうツイン店では魔法を使わないと固く約束した。

「でも、君が誰かに口説かれるのを見て平然としてれる男じゃないんだ」
「ん……まあ、うん。私もあなたが他の女に口説かれていたら嫌だわ」
「僕は君一筋だから、心配することなんてないさ」
「……ありがとう。私もよ」

 頬を赤く染めたヘンリーは、髪の毛先に指を絡めながら視線をそらす。僕にしか見せないその顔に表情が緩んだ。右手を伸ばして彼女の頬に添え、そっと額に唇を押しつける。はにかむように笑うヘンリーはとびきり可愛くて、愛しくて、思わず唇に噛みつく。一瞬目を見開き、それからさらに顔を赤くしたヘンリーは、キスを続ける僕の胸を叩いた。

「ごめん、ヘンリーがあまりに可愛いから我慢できなくて」
「違うわ、キスが嫌なわけじゃないのよ。ただ――フレッドが、泣いてるから」

 ヘンリーの細い指が僕の頬を撫でる。そこで初めて、自分が涙を流していることに気がついた。自分がなぜ泣いているのかわからずに動揺すると、ヘンリーの両手が僕の顔を包み込む。

「あなたは、人一倍怖がっているわね」
「え……なにを?」
「ヴォルデモートのことよ。平気なフリをしようとしてるけど、泣いてしまうくらい怖いのでしょう? ……怖いと思うことは、悪いことでも情けないことでもないのよ。生きている、証拠だもの」
「……」
「だから、一人で抱え込まないで、フレッド」

 ヘンリーの声が脳髄にまで響き、再び涙が溢れ出した。次から次へと流れていく涙に戸惑う僕をヘンリーが包み込み、彼女から伝わってくる温もりがひどく僕を安心させる。トクン、トクンと伝わってくる鼓動に目を伏せ、縋るように背中へ腕を回した。

「ヘンリー、」
「ん?」
「君の言う通り、僕は、怖いんだ。でもそれは、ヴォルデモートを恐れているんじゃない。……あの戦いで、君に万一のことがあったらと考えると、死ぬほど怖い」

 情けなく吐き出した言葉に、ヘンリーは抱き締める腕を強めて耳に唇を寄せた。

「あなたらしくないわね」
「ああ、そうだね。でも、怖いんだ」
「私はここにいるわよ」
「いなく、ならないでくれよ」
「うん、当たり前でしょう。あなたは、私が大好きね」
「いいや、愛してるのさ」

 顔を上げてしっかり彼女の顔を視界に映すと、ヘンリーは一瞬面食らった顔をした後、真っ赤になる。それをからかうように頬をつつくと、今度は怒り出した。コロコロ表情を変える彼女は間違いなく生きていて、僕の目の前に存在している。……あれ、おかしいな。幸せなはずなのに、また、涙が溢れてきた。

130319
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